9.試験の日3
「えっと、リーナ・ベリウスです。専攻は唱者です。よろしく、お願いします」
本日最後の受験者として試験場へと案内された女の子は、そう言ってペコリと御辞儀をする。
入ってきた女の子を見るなり、固まってしまった試験官達は、女の子の声に我に返り、トーマスが口を開いた。
「あ、えっと、すまないね。君によく似た子を先に見ていたから、少しびっくりしてしまって」
その言葉に、リーナは試験官達が総じて固まっていた事にどうやら合点が言った様で、首を振り、気にしないで下さいと続けた。
そして、トーマスの隣に座る女性、グレイス副学院長が少しの咳払いをした後、着席を促し、その言葉に従いってリーナはもう一度お辞儀をして木製の椅子へと腰掛けた。
「それにしても、よく似ているね。えっと、確か現在のベリウス家とシューゲルト家と言えば親族だったかな?」
「あ、はい、母同士が姉妹で、私達のコレも二人が・・・・・・」
「成る程。・・・・・・っと、雑談はこの辺にして早速試験に移ろうか。えっと、専攻は・・・・・・、唱者だったかな?」
「はい、よろしくお願いします」
先の受験者であるルゥーイと、リーナの双子に見紛う程の疑問の解消もそこそこに、試験の開始を告げられたリーナは立ち上がり、胸に手を当ててペコリとお辞儀をした。
リーナは数秒の間目を瞑り、息を吸い込む。
そして、茜色の光に照らされた部屋に、歌声が響きだした。
「喜びの光」
「輝く日を仰ぐとき 輝く光を眺めるとき
常闇は晴れ まことの御神を思う
我らが光 いざたたえよ おおいなる御神を
我らが光 いざたたえよ おおいなる御神を」
その透き通る様な歌声は、心地よい響きを持って試験官達の耳へと届く。
それは聞き惚れるには十分な歌唱力と言えた。
しかし、それだけだった。
その歌声で魔力を響かせる事こそ、唱者を唱える者たらしめる。
歌が上手い下手は二の次なのだ。
リーナの歌を聞きながら、試験官の一人であるファーカーが隣に座るグレイス副学院長に耳打ちをする。
「どうにも、歌が上手いのは認めますが・・・・・・」
「試験中だぞ、ファーカー君。・・・・・・まぁ、確かに君の言うとおりだと思うがね。歌は上手い。聞き惚れる程に、しかし、それだけだな・・・・・・」
どうやら他の試験官達も同意権のようだった。
試験がまだ続いている手前、あからさまになる事は無いが、皆もう聞く所は無いと感じ、どこか上の空だ。
ただ、一人、絶対響感を持つトーマス・スチュアートを除いて。
彼はその特殊な目を持ってして、不可思議な物を見ていた。
(なんだろう、あれは・・・・・・。魔力は極少量しかこちらまで響いて来ない。でもおかしい。もっと響いて来てもいいはずだ。彼女の周りに魔力の響きが、停滞してる?)
リーナの体内から、歌声として出てきている魔力は、決して多いとは言えないが、歳相応の才能の片鱗としては十分な物だとトーマスはその目で見て解った。
しかし、その歌声として響く魔力は此方まで響いて来ない。
勿論声は音として、歌は響いている。
しかし、魔力は響くこと無く、出たその場で留まり、リーナの周りで停滞していた。
それは不自然な事だった。
人の体を魔器として機能させ、その歌声と共に魔力は同じ速度で響くはずなのだ。
魔力と音の速度は、同じなのだ。
そんな不思議な光景に、トーマスは理解が及ばず、只々リーナの未だ美しく響く歌声を呆然と聞いているしかなかった。
そんな試験官達の心境や評価など知らず、普段通り、練習通りに歌うリーナは、内心焦っていた。
トーマスの目で見たリーナの周りに停滞する魔力は、リーナの目にはまた違う様に映っていた。
リーナは普段通りに歌いながら、その魔力の塊を横目に思う。
(また、出てきたのか)
それはいつだったか、幼い時分に見た白昼夢のよう物だと捉えていた。
父の演奏を聞きながら、幼い頃、それも一緒に鼻歌を歌っていた。
とんがり帽子に、とんがった耳。
男の子か女の子か、どちらともとれる様な幼い顔立ちをした小人。
今リーナの目に写っているのは、あの頃に見た小人とはまた違い、小さい事には変わりないが、一糸まとわぬ裸体に、背中には二対の虫羽。
愛らしい顔立ちをした、その姿はまるで、お伽話に出てくる妖精その物だった。
その妖精はリーナの歌声に合わせ、リズムに乗りながらユラユラと浮いている。
(また一緒に歌いたいのか?でも試験中だしなぁ・・・・・・。いいのかなぁ)
まぁ、いいか。リーナがそう思った矢先。
事態は動いた。
共に歌い出した妖精の姿をした魔力は、その姿を鮮明にし、試験場となっている教室を飛び回る。
急に現れた何かにより、さっきまで停滞していた魔力は一気に響き出す。
「な、なんだ!?何が起こった!?」
「ばかな・・・・・・、あれは、精霊、なのか?」
「あ、ありえん」
「精霊を、顕現する程の、魔力?」
驚きの声を上げる試験官達を余所に、曲は佳境へと入り、響きは更に増大し、飛び回る妖精の姿をした魔力は、一つ、また一つと増えていく。
リーナの透き通る様な綺麗な歌声と、妖しくも美しい声をした妖精の混声合唱は、その場を支配する。
喜びの光。
光を纏った妖精たちが踊り歌う。
リーナから漏れ出る極僅かだった魔力の響きは、今目に見えてキラキラと輝き、リーナの周りをまるで妖精の鱗粉の様に舞う。
幻想的で幻奏的な魔力の響き。
歌おう!光の歌を!
「我らが光 いざたたえよ おおいなる御神を
我らが光 いざたたえよ おおいなる御神を」
そして、楽しい音楽の時間は終わりを告げる。
歌い終えたリーナは肩で息をしながら、ペコリとお辞儀をする。
それに釣られる様に、周りを飛んでいた妖精達もペコリとお辞儀を一つ。
そして妖精達は光の粒となって宙に消えていった。
場は、静寂の後、試験管達のスタンディングオベーションと、拍手喝采に包まれるのだった。