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童話

旅立ちに贈る花

 今年の冬はやけに長い。

 いつもなら新しい花が咲くころなのに、吹きつける風は冷たく、ときおり白い雪がちらちら混じる。

 幼いリサとロイはしっかり手を握り、丘の上をめざした。

 「リサ、だいじょうぶ?」

 「うん、だいじょうぶ。ロイは?」

 「だいじょうぶ。あと少しだよ。がんばろう」

 「うん、がんばろうね」

 おそろいの毛糸の帽子が飛ばされないよう深くかぶりなおして、また一歩ずつ慎重に雪道を登った。

 丘の上には小さな銀のほこらがある。

 毎年冬の間だけ、北の国から冬将軍がやってきて、ふもとの町に雪を降らせたり、池を凍らせたりするのだ。

 寒い冬はつらい。

 町の人々は暖炉の前でじっと身を寄せ合い、早く冬将軍が北の国へ帰ってくれるのを願っていた。

 リサとロイは銀のほこらの扉を押す。

 ぎいぃぃっと重い音を立てて開くと、いっそう冷たい風が吹き出してきた。

 「わあ!」

 「きゃあ!」

 二人はあわてて帽子をおさえ、目を閉じる。

 ようやく風がおさまると、おずおず顔を上げた。

 ほこらの中はまるで鏡のように冷たい銀色で、氷の柱とつららがとげとげと突き出している。

 奥にはやはり氷でできた玉座があり、青ざめた顔の冬将軍が深く腰かけていた。

 長い銀髪の奥に隠れる銀瞳が、少しばかり驚き揺れる。

 「……人間の子らよ、何用ぞ」

 低い声でたずねると、ほこらの中に木枯らしがひゅーひゅー吹き荒れた。

 幼い二人がくっと身を縮めるのを見て、これはいけないと口をつぐむ。

 リサとロイは声をそろえて言った。

 「冬将軍さま。どうか、早く北の国にお帰りください」

 冬将軍は顔をこわばらせ、悲しそうに首を振る。

 それでもリサとロイは懸命にお願いした。

 「もう、薪がなくなりそうなんです」

 「家畜たちは元気がありません」

 町の人々は遅い春を待ちわび、長すぎる冬を案じている。

 冬将軍は『す、ま、な、い』と、声を出さずに唇だけ動かして謝った。

 「どこか、お悪いのですか?」

 リサが一歩近付き、冬将軍の顔を覗き込んだ。

 案じてくれる優しさに、心がほんのり温まる。

 凍った表情を溶かすと、しかし、北の国へ帰るための神通力までなくなってしまいそうだった。

 それでなくとも、日に日に強くなる陽射しにやられているのに。

 ロイも一歩進み、リサを守るようにしっかり抱きしめて言った。

 「僕たちなら大丈夫。どうぞ、話してください」

 勇敢な人間の子らに感謝する。

 なるべく小さな声でささやかな想いを告げた。

 「……私も、花を見てみたい」

 そっと指差す方を見ると、窓の向こうに雪割り花が空を向いて揺れている。

 春一番さえ来れば、すぐにでも咲きそうだ。

 「わかりました。僕たち、春一番を呼んできます」

 「だから冬将軍さまは、いつでも北の国に帰れるように、お支度なさっていてください」

 リサとロイは再びしっかり手をつなぎ、来た道をたどった。

 町に戻り、すっかり遅くなってしまった昼食を済ませ、また二人はいそいそと出かけていく。

 「まったく、子供たちは元気だね」

 大人たちは暖炉を囲み、残り少ない薪をくべてほっとため息をついた。

 「ねえ、リサ。南の町には、もう春が来ているらしいよ」

 「じゃあ、きっと春一番もそこにいるのね」

 南の町なら、おつかいで何度も行ったことがある。

 森の抜け道を使えば、夕方までには帰ってこれるだろう。

 「ねえ、ロイ。池の氷がとけているわ」

 「本当だ。次の冬まで、スケートはおやすみだね」

 そして春になればボートを浮かべて小魚を釣り、夏になれば水泳の練習をするのだ。

 南の町に近づくにつれて日の光はさらに強くなり、汗ばむほどの暖かさになる。

 リサとロイは帽子と手袋をはずし、なくさないようカバンに入れておいた。

 「春一番はどこだろう?」

 大きな瞳でぐるりと町中を見回す。

 木々の葉は青々と茂り、色とりどりの花に虫たちが遊び、小鳥が愛のうたを歌う。

 行き交う人々は幸福そうにほほ笑み、真っ白な洗濯物が軒下ではためいていた。

 春だ。

 二人はうれしくなって、赤いほほをますます赤くして駆け出した。

 「見つけた! 春一番だ!」

 そよ風をまとい、明るい金髪に花冠を乗せた春一番は、にっこり笑ってリサとロイを歓迎する。

 「やあ、小さな冒険者たち。こっちにきて、一緒に春を祝おう」

 春一番が両手を差し出すと、しかし、二人はその手をがっしりつかんで引き返そうとした。

 「わ、わ、待ちなよ。そんなに急いでどうしたのさ?」

 彼らが向かうのは、まだ雪の残る寒い北の町。

 「お願いです、春一番」

 「私たちの町にも、早く来てください」

 「ううん、困ったね。冬将軍が帰ってくれないと、北の町には入れないよ。僕は寒いのが苦手なんだ」

 リサとロイは顔を見合わせた。

 そしてカバンからおそろいの帽子と手袋を取り出し春一番に渡す。

 「どうぞ、これを使ってください」

 春一番は喜んでそれらを受け取った。

 可愛らしい雪柄の帽子と手袋、つけるとふんわり暖かい。

 「ありがとう。お礼に、やさしい姫には花冠を、勇敢な騎士には春風のフルートを貸してあげよう」

 春一番は二人の手をぎゅっと握りしめ、大きく息を吸って力をためた。

 「さあ、三人で君たちの町に春を告げにいこう!」

 えいっとかけ声をかけて飛び上がると、みるみるうちに建物の屋根が、森の木々が、池が、小さく小さくなった。

 強い風がびゅうびゅう吹きつけても、リサとロイは目をつむることを忘れて、ただ初めて見る空からの景色に驚いた。

 「私の家が見える!」

 「僕の家もだ!」

 彼らが通り過ぎたあとには、雪の下で眠る大地が目を覚まし、新しい花がいっせいに芽吹き、小さな動物たちがよく寝たとのびをする。

 突然の春の訪れに驚いた大人たちは窓を開けて空を見上げた。

 「おーい、おとうさーん、おかあさーん!」

 「春が来たよー!」

 はるか頭上より手を振るリサとロイに、大人たちも手を振り返してやる。

 「やあ、本当に春をつれてくるなんて、たいしたもんだ」

 「あんなに高く上がっては危ないわ」

 「大丈夫。優しい風が守ってくれる」

 大人たちが見守る中、リサとロイと春一番は町をぐるりと一周し、そして丘をめざして飛び去った。

 あたりには甘い花の香りが残る。

 いよいよ銀のほこらが見えてくると、さすがに寒さが厳しく春一番の力が弱まった。

 「もう少しだけ、がんばって」

 「冬将軍さまに、お花を見せてあげたいの」

 空を飛ぶのをやめ、リサとロイは春一番の前を歩いて北風から守ってやる。

 「ありがとう、頼れる守護者たち。僕も冬将軍のためにがんばるよ」

 強く優しい人間の子らに勇気づけられ、春一番も懸命に雪道を歩いた。

 ロイは預かった春風のフルートを吹き鳴らす。

 ひゅろろっと小さなつむじ風がおこり、雪がとけて茶色い土が現れた。

 リサはフルートに合わせてくるくる踊る。

 花冠からこぼれた花の種がいっせいに花開き、大地を赤や黄色に彩った。

 窓辺の花も咲いている。

 さあ、準備は整った!

 春一番は勢いよくほこらの扉を開く。

 「やあ、冬将軍! 待たせたね!」

 氷の玉座に座ったままの冬将軍はゆっくり顔を上げ、そして驚きのあまりため息をついた。

 もう、木枯らしは吹かない。

 ほこらの外には、丘を埋めつくすほどの一面の花。

 「……ありがとう、心優しき人間の子らよ」

 ほほ笑む冬将軍は、まるで朝日を浴びた池の氷のようにきらきらと輝く。

 「冬将軍さま、次の冬も雪を降らせてくださいますか?」

 「私もロイも、トビーもメグも、みんな雪遊びを楽しみにしています」

 「……約束しよう」

 冬将軍はこの美しい景色をまぶたに焼きつけ、人間の子らの優しさを胸に抱き、北の国へと旅立っていった。




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