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一般人の俺でも出来る事

 時刻は夜十時を越えた薄暗い路地。

 一人の青年は妙にわくわくとした様子でその路地を歩いていた。

 街灯も少なく、人も寄り付かないその場所だというのに彼は明るい。

「……行方不明の名所ねぇ、結局何も起きないのか」

 彼を見ただけならこう思うだろう、明るい好青年だと。

しかし内面は違う。

「今度こそ、なにかあると思ったんだがなぁ」

 彼の名は中村甲、所謂痛い男子高校生である。

 だがその時の彼はまだ気づいていなかったのだ、何故そこで行方不明になっているのかという事に……。


 次の日、中村はクラスの連中にそんなどうでもいい事をぼやくのだった。

「結局何もなかったよ、休日無駄にした感じだし、時間返せこのやろう」

「ホントに行ったのかよ、なにその妙な行動力」

「絶対なんかあると思ったのにさ」

「あぶねぇからやめとけっての……、その怖いモノ見たさ的なやつ、幽霊とか都市伝説みたいなもんで何もねぇって」

「なんだよ夢がないな、無いと決めつけるよりあるかもしれないと思った方が面白いだろ?」

「それにしたって危険な事しか言ってないだろ」

「スリリングな方がいいじゃん」

「はいはい、あ、今度あの漫画貸してくれよ、あの表紙がえろいやつ」

「あれは表紙詐欺だったよ、中身はグロ多め」

「マジか、でも面白そうだな」

「面白いよ……って違う! 話を逸らすな」

「付き合いきれねぇっての、するならもっといい話をしようぜ?」

「なんだよ?」

 クイッと指を指す方を見れば女子達が賑やかに話している様子だった。

「またそんな話かよ」

「お前の妄想よりはマシだ」

「ロマンを求めて何が悪い、冒険心があってもいいだろ?」

「行き過ぎもどうかと思うがね、どう思うよ九条?」

「わ、馬鹿!」

「……何?」

 声を掛けられた女子の名は九条伊織、文武両道の隙の無い女子である。

 ポニーテールを揺らしながら凜と歩いてくる姿には男女共に格好良いと言わせファンの多い女子でもあった。

「いやぁまた中村の奴がロマンだのなんだのってさ」

「まだそんな事してたの? いい加減危険だからやめたら?」

「男とは夢を捨てられない生き物、例え危険と言われても止まる俺じゃない!」

 大きなため息を一つ、九条は呆れた目線を中村に投げていた。

「な、なんだよ」

「あのね、夢を持つないらもっと現実的な夢を持った方がいいわ」

「う……」

「危険というのはそういった場所じゃなくても日常にある、例えば進路決められないのなら路頭に迷うという危険、勉強不足でやりたい仕事に就けないという危険もね……もう二年生も終わりだしもっと先の事考えたら? そういった妄想ではなくてね」

「……」

「初めて見たぞ、ぐうの音の出ない状況」

「何か言う事はないの?」

 妄想浸っていた中村は現実を突きつけられてフリーズ状態、今まで考えないようにしていた事であるため尚ダメージがでかい。

「ハッキリ言えない男子は嫌いよ」

「すいませんでした!」

「言えるじゃない」

「九条には敵わねぇな」

「そっちも成績上げないと不味いんじゃないの、中村君より成績低くなかった?」

「……なんの事かな」

「やれやれね」

 テンションダウンした二人は、大人しく机の上にノートを広げるのであった。



 放課後、二人はファミレスで駄弁っていた。

 テーブルにはドリンクバーとノートや教科書が並んでおり、中村は早速実行しているのだった。

「あー、勉強めんどくせぇ」

「放課後付き合うって言ったのお前だろうが」

「確かに九条に言われてその気にはなったが、やっぱやる気でねぇや」

「そうかよ」

「あ、そういや九条の事好きってマジ?」

 ダンッと威勢のいい音で中村はテーブルに突っ伏していた。

「おお、マジなんだ……、え、なになに? 九条のどこがいいんだよ?」

「……、貴様ぁ、誰から聞いた?」

「クラスの女子、なんか態度で思いっきりばれてるってよ?」

「そんなにか……」

「確かにスタイルもいいし……ってあれはなんか強そうなんだよな、九条って普段肌出さないけど、すごい引き締まった体してるって女子が言っててよ、なんでも腹筋とか割れてるらしいし」

「知ってる」

「女子の話しないのはそう言う事だったのか」

「いいじゃねーかよー、カッコいいんだからしょうがねーだろー」

「突っ伏したまま喋るないい加減起きろ、しかしお前と九条じゃ釣り合わねぇだろ」

「やかましい! そんな事は言われなくてもわかってる!」

「普段の行動力をこっちでも使えばいいだろうに、玉砕だろうけどな」

「気が散る、畜生もう帰る!」

「おう、気をつけてなー」

「また明日なこのやろう」

 悪態を付いて自分の分の金をテーブルに置いて中村は寒空の下に出ていた。



 九条の言う通り進路を考えなくては、そう頭では解っていても行動は出来なかった。

 中村は気を紛らわそうといつもの妄想しようとするが頭は回らない。

 どうしようか、そう考えた時普段通らない道が目に映る、。そこも街灯も少ない細い路地のような道。

 夜は通った事はなかった事を思い出し、少しドキドキしながら歩き出した。

「まぁ、どうせ何もないんだけどな」

 そう呟くとドキドキ感も薄れてくる、そんな時は妄想だなーと考え出した時だった。

 そんな時、目の前がいきなり暗くなった。

 街灯が消えたのかと思ったがそんなチカチカ点滅していた訳じゃないし割れた音はしなかった。

 では何だろうと後ろを振り返れば何かが街灯を遮っていたのがわかった。

「なん、だ?」

 それは動いていた。

 音も立てずに地面に降り立つ、遮っていた部分がなくなりその姿は街灯の元に映し出された。

「く、蜘蛛……えっ? なに?」

 蜘蛛に似た何か。

 そんな物体、そんな生き物は知らない。

「すげぇ、俺の妄想もここまできたか!」

 現実感の無いの目の前の光景にそんな事言っていると、中村の体は吹っ飛んでいた。

 何が起きたのか?

 そんな疑問が出る前に全身に痛みが走った。

「はっ!? 現実かよ……嘘だろおい!?」

 立ち上がろうとしても体は思うように動かなかった。

 目の前の化け物は現実で命の危険がある。

 そんな光景は散々妄想したが現実で起こる事は考えもしなかった。

 これ本格的に不味くないか? と本能的に感じていた。

 人間よりも大きい割に俊敏に動く化け物はこちらを観察しているように見えた。

 反撃を警戒しているのか、それともこっちの様子を伺っているのかゆっくりと動いている。

中村は痛みのせいか妙に冷静だった、そのおかげかゆっくりと迫る化け物をまじまじと見てしまう。

 グロテスクな口元が開きだし、心なしか近づく速度は上がっているように感じる。

「ど、どうする?」

 背中を見せたらそれこそバクっとやられる、そんな雰囲気があった。

 しかしこのままではやられてしまうので焦りは止まらない。

「実は新手のドッキリとか、ジョークとか、夢でしたーってならない?」

 返事をするようにいきなり迫ってきた。

 やばい、そう感じても震えて動けなかった。

「ここで人生終了のお知らせかよ!」

 もう食われる、寸前まで迫った化け物はいきなり後ろに下がっていた。

「え! あ、まだ生きてる!? なんで!?」

「少し静かにしてくれない?」

 化け物が後ろに下がった訳ではなかった。

 中村の体が化け物から遠ざかっていたのだ。

 化け物は警戒するようにこちらを見ているが近づいて来ようとはしなかった。

「助かったのか……、って!?」

「もう下ろしていい?」

「九条さん!?」

 助けてくれたのは九条だった、しかしそれは学校で普段見かける彼女の姿ではなかった。

「その体じゃ動けないか、ちょっと待ってなさい」

 中村を下すととんでもない速度で化け物に近づいていた。

 手には見慣れない長い槍のようなモノを持ち正面から化け物をぶん殴っていた。

 ぶん殴った瞬間にバチンッといい音がする。

 いくら筋肉があるといってもあんな化け物相手に通じるのか?

 そんな疑問を解決するかのように化け物が怯みだした。

 化け物は前に突き出した腕のようなモノで殴ろうとするが九条は目の前から消えていた。

 殴りつけた後は姿勢を低くして化け物の真下をすり抜けていた。

 見失っている隙に四本ある足の関節に一発食らわせ動きを鈍らせる。

「何が起こっているんだよ?」

 九条伊織は同学年の高校生で、クラスの女子の憧れ。

 女子にしては格好良くて色々強い。

 しかし、まさか化け物のタイマン出来る強さとは思ってもみなかった。

 化け物は九条を殴ろうと暴れるがその剛腕は当たることはない。

 遂には足の一つが粉砕し、バランスが崩れ始める。

 気味の悪い液体が足からダラダラと流れ始める。

「……」

 言葉はもう出なくなっていた。

 九条のおかげでもう助かると思い始めたその時、化け物の不気味な黒い眼はこちらを見ていた。

「……やべぇ」

 そう呟いた瞬間一気にこちらに来ていた。

 あの化け物は足を一つ失ったくらいではどうにも出来ないらしい。

「昴さん!」

「おう!」

 中村の後ろから重装備の大男が現れ、化け物の突進と剛腕を簡単に止めていた。

 重装備からモーターのような音が鳴り響き、化け物をあっさり押し返していた。

「なんとか間に合ったか?」

「ええ」

「よし、一気に決めるぞ」

「了解」

 大男の腕の装備についている杭がドンッと低い音を響かせ、化け物の剛腕を貫いた。

 低い悲鳴のような叫びをあげ仰け反る化け物に対し、九条は頭上から斬撃を繰り出す。

 しかし刃は奥まで入らず傷で止まった。

 化け物が反撃しようという所で何かに弾かれたように二人から離れた。

「遅いです右京さん」

「遠かったんだから仕方ないじゃない」

 路地の建物上からまた一人、今度は女性だった。

 手には銃火器のようなモノ、さっき化け物に食らわせた武器だろう。

 三体一では不利と判断したのか化け物は傷ついた体とは思えない速度で暗闇に姿を消した。

「逃がしたか」

「相変わらず逃げ足だけは早いね」

 現実離れした光景に言葉が出なった。

 しかし、化け物は逃げ出しとりあえず人生終了とはいかなかった。

 助かった、そう感じて張り詰めた緊張がほぐれだしたため息を一つ。

「いってぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 ついでに体の痛みも戻ってくるのだった。



 あの場から保護された中村はとあるバンの中で治療を受けていた。

「意外と頑丈ね、一先ず骨は無事みたい」

 今治療してくれているのは楓という女性、傷の治療からみんなの連絡係までやっているようだ。

「……よかったぁ」

 治療も落ち着き、バンの中を見渡すと九条を含めた三人、治療してくれた楓、SF映画にでも迷い込んだような機材やら装備。

「あの、九条さん?」

「何?」

「何者なの?」

「公務員よ」

「……、九条さんでもジョークとか言うんだ」

「いや、本当だ」

 そう言ってきたのは化け物を止めていた大男、昴だ。

 装備を脱いでみたら日本人離れの筋肉と骨格、まさに頼れる兄貴といった感じだ。

「もしかして自衛隊とか?」

「間違いじゃないな、俺も元陸上自衛隊員でそこの右京もそうだし、伊織はちょっと違うが公務員の扱いだ」

「そうなんだ……って、喋っていいんですか?」

「おう、目撃者の扱いもあるからな」

 無言で九条が書類を渡してきた。

「えっと……、契約書みたいなものかな、口外するなって事ですか?」

「物分かりがよくて助かる」

 この昴は意外と温厚で話しやすい、九条は黙りっぱなしだし、右京とやらは九条にずっとくっ付いてる。

「しかし酷い目に合いました、あの化け物はなんですか?」

「あれはシュピンネと言われる化け物でな」

「シュピンネ……、え、蜘蛛なんですかあれ」

「ドイツ語知ってるのか、意外だな」

 そりゃ厨二病ですし、ドイツ語調べまくりですよとは言えない。

「蜘蛛に似てるからだな、一番最初はドイツで見つかったらしい」

「うわぁ……なんか納得しそうで怖い」

「人工物かもしれないなんて話はよく出るが調査中だ、解っていても話せないがね」

 契約書まであるし、まさかマジでこんな国家機密(ヤバイの)に触れるとは思いもしなかった中村は頭痛すら覚えた

 妄想が現実に、一瞬そんな気の迷いも出てきたがもし妄想なら自分だけ弱いわけがないと考えに至った、自分でもどうかしてると思考を切り替える。

「マジで、こんな事あるんですね……」

「安心しろ、日本にはデカい奴はいない」

「すいません安心できません」

「でしょうね、だから言ったのよ中村君、やめた方がいいって」

 九条が言った事を思い出す、変な事を考えずに現実を見ろと。

 確かに大人しくいつもの道を通らなければこんな目には合わなかった、だが……。

「まさか本当にこんな事があるなんて思わなかったよ九条さん」

「でしょうね、でもあの道も失踪事件の名所だからてっきり中村君がそれを知ってて通ったのかと思ったわ」

「それ、マジで知らなかった」

 丁度昼に鈴木とそんな話をしたが、偶然にも行方不明の原因であろう化け物がいるとは想像していなかった。

「以後気を付ける、そうすればあれに襲われずに済むんだよね?」

「……それがねー、そうもいかないのよねー」

 突然右京が不吉な事を言い出した。

「右京の言う通りでね、あのシュピンネという化け物は粘着質でな」

「というと?」

「一度標的を定めるとそればかり狙う習性があるのだ」

「……えっ?」

「君は一人暮らしか? もうしそうなら寝ている時に襲われるぞ」

「冗談ですよね!?」

「ホントよ、あれを倒さないと中村君は狙われ続ける」

「ど、どうしろと?」 

「俺達の施設で保護する事になる、幸いにも伊織と同じクラスなのだろう? 学校にもいけるぞ」

「引き篭もりたいのですが……」

「実はそっちの方が危険だ」

「えっ」 

「一か所に留まり侵入が難しいと判断された時は……」

「時は?」

「数が増える場合がある」

 中村は襲われた時の事を思い出し眩暈がした。

 あんなのが増えると考えただけでゾッとする。

「常に出歩く事は傷ついた状態で襲ってくる事を意味する、しかも自分好みの標的を狙ってな」

「中村君は囮になるの、私達がいれば今度は倒す事が出来る」

「……おっかねぇ」

 数が増えられても困る、だが三人の戦いは見ていて安心感はあった。

「……えっと、よろしくお願いします?」

「任せろ」

 昴の言葉が妙に安心感があった。

「俺達、国家(こっか)特殊(とくしゅ)生物(せいぶつ)処理(しょり)(はん)防人(さきもり)機関(きかん)がお前に付いている」



 自宅に送ってもらい必要な荷物をまとめ、防人機関とやらの施設に向かった。

 日本にも特殊機関ってあるんだなーと、そんな感想抱きながらホテルのような場所に着いた。

「ここは大丈夫なんですか?」

「対策済みだ、あと連中もここに攻めたらやられるって事はわかってる」

「でも引きこもれないんですよね?」

「ああ、標的になった奴がここにいると最悪この支部が落とされる規模のシュピンネが集まりかねない」

「もし、そうなったら?」

「日本がやばいってなるな」

「うわぁ……」

「君は標的でもあるし、情報を拡散できる目撃者でもあるんだ……連中は自分を見た標的を忘れないぞ、隠れている限りあいつ等も身を潜めて見つけるのが難しくなるしな」

「貴方達はどうなんです?」

「直接見た連中はシュピンネはすべて倒してきたか食われたかって事だ、俺達がいなかったらどうなっていたか考えればわかるだろ?」

「行方不明者の仲間入りですね」

 話によると日本にはそんなに数はいなく、海外から侵入してきたシュピンネを狩っているらしい。

 シュピンネの鳴き声は特殊な周波数を出しているらしく探知出来るとの事。

 そのおかげで生き延びたという事もわかった。

「運がいいのか、悪いのか」

「日頃の行いよ」

「うぐっ……、その通りすぎる」

「明日からは私と一緒に登校だから、朝早く起きるのよ」

「わかった」

 内心はこう思わざるえない、やったと。

 生き延びたご褒美なのか、九条と共に登校出来るとはと、中村はちょっと嬉しくて気持ちが軽くなった。

「中村さぁん?」

「なんでしょう?」

「顔がニヤついていますがどうかしました?」

「え、マジですか」

「マジですよ」

「なんていうか、気を紛らわせていたというか……」

「そっかー、伊織ちゃん狙いだったのね」

「え」

「伊織ちゃーん、中村さんが」

「ダメです! それだけはダメですって!」

「私がどうかしたの?」

「中村さんが明日からよろしくだって」

「直接言えばいいのに」

「あ、ああ! そうだね! とにかく明日からよろしくね九条さん」

「ええ」

 九条が離れたと同時に右京は笑い出す。

「酷いっすよ」

「気は紛れたでしょ?」

「……そうですね」

 用意された部屋まで案内され、今日一日の汚れをシャワーで流していた。

 水が傷に染みる度に現実だと思い知らされる。

「明日から、どうなるのやら……」

 十七年生きてきた中で最もデカいため息をついてその日は寝るのだった。



 次の日、九条と共に学校に向かっていると女子達から妙な視線を感じた。

「やっぱ、こうなったか」

「どうかした?」

「九条さんのファンに睨まれてるの」

「好都合ね、視線が集まればシュピンネは現れない、姿を見せるのがホントに嫌いな生き物だから」

「学校じゃ襲われないのか」

「襲われた人、聞いたことある?」

「確かに聞いた事ないね」

 命を狙われにくいというだけで学校がいきなり幸せに感じた。

 自然とその足も速くなる。

「そういえば、気になる事が一つ」

「何?」

「シュピンネに食われるとどうなるの?」

「あいつ等の腹の中で意識があるまま溶かされ続け体内電池みたいな扱いにあるわね」

「飲み込むのか……」

 グロテスクな口を思い出すだけで冷や汗が出てくる。

「早く学校に行こう、こんなに学校に行きたいと思ったのは初めてだ」

「わかったわ」

 折角九条と一緒の登校なのに感じるのは緊張感だけ。

 やっぱり運は無いらしい。

 教室に着いた時の安心感は凄かった。

「おはようみんな! 学校って素晴らしい!」

「おう、今日は一段とキマッているな」

 笑顔で机に座ると同時に中村は机に突っ伏した。

「おやすみ!」

「「え?」」

 クラス全体がそんな声を上げた気がした。

「なんだ、寝てないのか?」

「色々あって寝付けなかったんだ……」

「……どうした?」

 本気で心配するような声を上げられ中村も苦笑するしかない。

「寝不足の決まり文句はどうした、普通の事言ってるぞ!」

「お前酷い……」

「マジで調子悪いんじゃねぇか?」

「仕方ねぇな……、実は昨日化けモンに襲われてな、いやぁ怖かったぁ」

「いつもの事言っても元気ねぇ!?」

 ホントの事でも日頃のおかげでなんとも思われないのがこの時は助かった。

 九条もわかっているのか呆れ顔である。

「ま、おやすみ~」

「お、おう」

 ウトウトと眠気が来た、そうして瞼を下ろそうとした時だった。

 瞬時、昨日のシュピンネの黒い眼がフラッシュバックし一気に目が覚めた。

「や、やっぱ起きてる!」

「お前ホントにどうした!? 顔色もやべぇし早退した方がいいんじゃねぇか?」

「いや、元気だし! 学校の方が楽しいし!」

「そ、そうか?」

「中村君、ちょっと来なさい」

「九条さん?」

「保健室に連れていくわ」

「大丈夫、大丈夫だって! 俺授業受けたいし」

 保健室で独りとかマジで勘弁だし! 

 そう言いかけたがなんとか止まる事が出来た。

「大丈夫、私が見張ってるから」

 九条がそっと耳打ちしてくれた。

 それを聞いて少し安心はするが体のどこかで怖がっている。

「わかったよ、保健室行ってくる」

「じゃあ任せる、中村の事頼む」

「……そう、じゃあ行くわよ」

「ああ」

 九条さんと二人きりでやったじゃねぇかと言ってるように見えたが内心それどころではなかった。

 保険医は顔色ですぐにベッドを使わせてくれた。

「昨日はやっぱり寝付けなかった?」

「安心と言われても一人部屋だったし、やっぱ怖い」

「私がいるから、寝てても大丈夫よ」

「……、なんか格好悪いな俺」

「そう?」

「普段あんな事言いながら実際体験するとすっげぇ怖い、てか今でも怖い」

「当然よ、シュピンネと目も合わせたんだから」

「九条さんはどうなの? 強い装備合ってもシュピンネを怖いとは思わないの?」

「私は生まれた時から防人機関に所属するように鍛えられてきたから、そういう家系なの」

「凄いな、そんな漫画みたい家系あるなんて」

「初めての実戦だけは怖かったわ、実際に見て戦った後にまだアレと戦うのかと思ったときはね」

「どうやって克服したのさ?」

「家に帰って父さんにこうしてもらえたら元気になったの」

 そう言って片方の手を握ってくれた。

「……天下の九条さんに握ってもらえるとか、俺ファンから殺されんじゃないかな?」

「無理しないの、早く寝なさい」

「……ありがとう」

 すっごい照れくさくなりながらも自然と眠気が来て、なんとか中村は寝ることが出来た。



 その日の放課後は早めに下校した。

 一緒に帰ると言った時にクラスの女子は殺意の波動に目覚めそうな人もいたが気にしていられる状況じゃなかった。

「登校と下校がこんなに怖いとは……」

 一気に緊張感が増し、自然と足が速くなる。

「夜まで帰れば大丈夫だよね?」

「シュピンネには朝だろうと昼だろうと気にしないわ」

「え?」

「人目さえなければいつでも来るわよ」

「……、あれ、今…………、二人きり?」

「あの路地に入って、早く!」

 そう言って九条はいきなり鞄から警棒のようなモノを二つ取り出した。

 走らなきゃ! そう感じた瞬間、後ろでバチンと音が響いていた。

「マジかよ!」

 今度大丈夫と言われた道を真っ直ぐ走る。

 しかしいくら走っても背後の音は離れない。

 追いつかれないのは九条が足止めしているからだろう。

 甲高いようで低い音、これがシュピンネの鳴き声なのだろうか?

 なんて嫌な声だと、九条は冷や汗が止まらない。

 少し後ろ振り向くと戦っている九条の姿と追いかけてくるシュピンネ。

 昨日の切り傷がハッキリと見えた。

 足を見れば傷が塞がり、砕かれたはずの剛腕は再生しかけている。

「ひっ!」

 悲鳴が出そうになり無意識に走り続ける。

 しかしシュピンネに気を取られ中村は派手に転んだ。

「ッ!?」

 九条は渾身の力で再生しかけていた足を再び破壊する。

 九条の肩に剛腕が掠るが制服の内側にある強化装備が衝撃を受け止めた。

 シュピンネは豪快に中村の横に転んだ。

 すぐに中村は起き上がり再び走り出そうとした時、シュピンネは足を掴んでいた。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 シュピンネの口の中にぶち込まれようとした瞬間、掴んいた剛腕は動きを止めていた。

 九条の手には先ほど違い(ハル)(バート)が握られ腕の根本を両断していた。

 視線を路地の先に向ければ昴の重装備がこちらに向かってきていた。

「ありがとう、助かったわ」

「おう、やっぱ携行武装じゃ限界あるだろ?」

「ええ、これで思い切りやれる」

 昴の後ろには右京が控えておりすぐ九条の援護をしていた。

「よう中村、無事か?」

「昴さぁん……助かりましたよぉマジで助かりましたよぉ」

「後は二人の出番だ、おら行くぞ」

 昴は中村を担いで走り出す、強化装備のせいかびっくりする速度で大男が走っている。

 バンに着いた時の安心感で中村は思い切り座り込んだ。

「まだ、足が掴まれてるような感触だ」

「すまんな、奴が思ったより行動が速かったみたいだ」

「というと?」

「もっと人目の少ない場所で待機してたんだが、今日はたまたま人数が少なくて奇襲されたんだよ」

「……、あの二人大丈夫ですよね?」

「ああ……、もうこっちに来たしな」

「速いですね」

 しかし戻ってきた二人の報告はまた逃げられたとの事だった。

「今回の奴はすこぶる頭がいいみたいだな」

「おそらくクラスⅢ、久々の大物ねー」

「まさか私達が撒かれるなんて……」

 シュピンネは逃げる際に『道具』として消火器を煙幕代わりに撒き散らし、煙幕からの奇襲を警戒して二人は離れるしかなかったとの事だった。

「明日も狙われるのか……そういやクラスⅢって?」

「脅威度よ、日本ではⅢ以上は確認出来てない」

「……、厄介そうですね」

「大丈夫だ、実は明日には応援部隊も駆けつけてくれる」

「マジっすか!」

「本部に応援要請しておいて正解だったな、昨日逃げられた時点で嫌な予感はしてたんだ」

「流石ね」

「護衛の人数増やせるの?」

「ああ、今日は枕を高くして寝るといい、あの負傷なら今晩は大人しいだろう」

「よかった、昨日めっちゃ怖くて」

「なんなら誰かと寝るか?」

「こ、こんな時に冗談はやめてくださいよ」

 ホントは九条と同室で、なんて言いたいがこんな時にそんな度胸は無かった。

 昴の言葉には安心感がある、その日の夜は不思議と寝る事が出来た。



 次の日の登校も、足早になっていた。

「くっそ、シュピンネがいると思うと外が怖すぎる」

「昨日倒せればよかったのだけれど……」

 九条は昨日逃した事が妙に気になっているようだった。

「ごめん、責めるつもりはないんだ……、あのさ」

「どうしたの?」

「なんか俺でも扱えそうなモノってない?」

「戦うつもり?」

「ろくに働けないけど、とっさに使えるモノは無いかなってさ、逃げる時とか」

「それなら、これね」

 九条が鞄から取り出したのは筆箱くらいの箱と胸元からボールペンのようなモノだった。

「ゲームのガンシューティングとかやった事ある?」

「そこそこ得意だけど」

「この箱、これは小型の銃で二発の閃光弾が撃てるの、反動は少ないから誰でも使える……撃ったら必ず顔を背けるか目を瞑るように」

「わかった、こっちのペンみたいなのは?」

「爆弾」

「そうか、爆弾ね……、爆弾持ち歩いてたの?」

「飲み込まれた時の自決用、これをシュピンネの内側に入れられればシュピンネもバラバラになる」

「じ、自決……?」

「意識があるまま溶かされるなら道連れにする、これはそういうモノよ」

「……持ってていいの?」

「飲み込まれるつもりはないから、捻って三秒で爆発するから注意してね」

 自決用、そんなものが必要な相手なのがシュピンネなのだ。

 昴も直接見た連中はシュピンネはすべて倒してきたか食われたかって事だと言っていた事を思い出す。

「九条さん達って、ほんとすごいんだな」

「そう?」

「俺すっかり平和ボケしてたよ……日本じゃこういうの無縁だってさ」

「みんながそう思えるように、私達防人機関があるの」

「なんか、俺もしかして普段怒らせるような事しか言ってなかったんじゃ?」

「そうでもないわ」

「ホントに?」

「中村君みたいなのがいるって事が、平和だって証拠だったから」

「そっか」

 九条さんってやっぱすげぇ……と、中村は登校中の緊張が安心感に変わっていた。

 だからなのか中村はその日の放課後、妙な事を思いついてしまった。

「あの、ちょっといいかな?」

「どうしたの?」

「人が多い所なら行っても大丈夫?」

「用事?」

「あぁ、その、本買いに行きたいなって……」

「馬鹿なの?」

「やっぱ無理だよね、ごめん」

「ちょっと待って……」

 九条は携帯を取り出して連絡を入れていた。

 相手は昴らしく、今日来る応援部隊の事らしい。

「中村君」

「ホントは施設に向かうはずなんだけど、昴さんが応援部隊に地理を説明する際にショッピングモールに向かうから一緒に来いって」

「え、じゃあ買いに行ってもいいの?」

「道中はバンに乗るから安心しなさい」

「なんか悪いね」

「いいの、気分転換したいのはわかるし」

 言ってみるもんだと浮かれながらその日の夜にショッピングモールに行く事が出来たのであった。



「こ、こんなに買うの?」

「まぁね、珍しく新刊ラッシュなんだ」

 そう言ってレジに六冊の小説を置いていた。

「本とか読まないの?」

「専門誌なら読むけど」

「なんの専門誌とは聞かないよ」

「ありがと」

「今度何か読んでみる?」

「……シュピンネを倒したら考えてあげる」

 やった!

 内心でガッツポーズを取りつつ書店を後にする。

「あ、ちょっとトイレに行ってくるね」

「わかったわ」

 丁度九条も行きたかったようで二人はトイレに入って行った。

「人混みなら安心だしな……っと」

 用を済ませ手を洗う。

 先に入っていた人が出ていきハンカチで手を拭いている時だった。

《人目さえなければいつでも来るわよ》

「まさかな……」

 窓ガラスの割れる音がした、そして鏡に映る自分の後ろにシュピンネが現れた。

「!?」

 声が出なかった、反射的に出入り口に滑り込む。

 これ以上来たら人目に映るとわかるのか、窓から素早く出ていった。

「…………」

「中村君!?」

「く、じょ……さ……ん?」

「一体……まさか!」

「シュピンネ、が、急に、後ろに……」

「しっかりして! バンに向かうわよ」

「あ、ああ」

 九条と中村走り出した。

 直ぐに昴に連絡し、合流地点も決める。

「やっぱり施設に向かうべきだったわね」

「お、俺のせいで……」

「言っても遅いわ、すぐに立体駐車場に向かうわよ、迂闊に外に出たら不味い」

「外なら人で一杯なんじゃ?」

「こんな街中に現れるシュピンネよ、迂闊に出歩いたら真上にいると思いなさい……正直侵入してくるとは思いもしなかったわ」

「このまま店内に待機は?」

「ブレーカー壊して混乱中に襲ってくるわ、昔引き籠った時にそうやって襲われた人がいたの」

「なんて奴だよ!?」

「それがシュピンネよ、奴らの頭の良さは侮れない」

 走りながら装備を確認している九条を見て、中村も閃光弾を撃てるように準備した。

「もうすぐ着く、昴さんは今どこ?」

『もうちょいだ、くっそ……、この渋滞はなんだ!?』

「こんなとこで渋滞なんて……」

『わからねぇ、ただ電柱が根っこから倒れてるって話が聞こえたぞ』

「……ここまでやるの?」

『ああ待て本部からだ……、今回のクラスⅣと認定だとよ、ヘリでそっちに向かうらしい』

「何分で!?」

『十分だ、持たせろ!』

「了解!」

 九条の声が今まで以上に焦っているのがわかった。

「どうなったの? 昴さん達は?」

「昴さん達は来れない、応援も来て気が緩んでしまったのは迂闊だったわ」

「マジかよ……」

「今回のはどう動くか読めない、このモールを大混乱させられた場合不味いわ」

「つまり、そうならないように誘き出すの?」

「立体駐車場で迎え撃つわ、離れないように」

「わかった」

 駐車場の中は恐ろしい程静かだった。

 しかも利用者も少ないのか車の数は少ない

 中村は声を出す事は出来ない、どこに潜んでいるのか予想すら出来ない状況は恐怖でしかなかった。。

「…………あれは?」

 九条の視線は立体駐車場の監視カメラに向けられた、地面に叩き落されていた監視カメラに。

「しまった!」

 次の瞬間中村は九条に吹き飛ばされた。

「何を!?」

 そう言った瞬間に見たのは、九条がシュピンネに思い切り吹き飛ばされた瞬間だった。

 立体駐車場は外から入る場所がいくらでもある。

 カメラの視界の入る位置を予測し、奇襲出来るように待っていた。

 なんて化け物だ、そう思わずにいられなかった。

「そ、そんな!」

 駐車していた車に叩き付けられ九条は気を失っていた。

 強化装備のせいか死んではいないようだがシュピンネは中村より九条を狙っていた。

 邪魔者を排除するのが目的だったのか、カメラも辺りの視線も無い。

 シュピンネと九条と中村しかこの場にいないのだ。

 警戒しているのかシュピンネはゆっくりと九条に向かっていた。

 九条が殺されてしまう、そんな考えが頭を過った。

 瞬間、中村は本の入った重い鞄を思い切り投げつけていた。

「おい!」

 シュピンネは体の向きを変えた瞬間、中村は閃光弾を顔面に撃ち込んでいた。

 撃ってすぐに中村は走り出した。

 シュピンネは奇声を上げながらこちらに向かっているようで九条の事は一先ず助けられたようだ。

「そうだ、こっちに来やがれ!」

 威勢よく振り向き言い放つ。

 怒り狂ってはいる様だが視界がぼやけているのがまっすぐ走れていない。

 しかしそれが余計に怖い、まさに手が付けられない状態だった。

「あと一発ある……、来やがれこの化け物!」

 うわぁぁぁぁぁと内心は叫びたいぐらいに心臓がバクバクとしていた。

 フラフラしてるくせにちゃんと追ってくるのが怖い。

 車があっても容赦なく突っ込んでくるのが怖い。

 何よりも段々距離を詰められているのが怖い!

「畜生、何やってんだろうな俺!」

 九条が今無事でも、自分がやられたら次は彼女の番だと気力を振り絞る。

「こんな事ならもっと運動しときゃよかった!」

 再び振り向くとフラフラしているのが収まったのか黒い眼がしっかりとこちらを見ていた。

「もう一発!」

 まだ距離はあるとすぐに撃ち込んで走り出す。

 視界がハッキリしたらすぐに追いつかれてしまうと焦りながら走り出したその時、すぐ背後にいる感触がした。

 今振り向いてはいけない、走らなくちゃいけない。

 でもなんだかおかしい、足が地面についていない、足元の感触はない。

 代わりに背中からがっしりと掴まれた感触だけだった。

「あぁぁぁぁぁ!」

 体から骨の軋む音が聞こえた。

 シュピンネはそのまま飲み込まず中村を地面に転がした。

「いってぇ……くっそぉ」

 シュピンネに表情は無い、しかしこちらを嘲笑っているように見えた。

 目を見れば黒から白に変わっていたりする。

「目を瞑りましたってか、なんて奴だよ……」

 さっき握られたせいか体中が痛む。

 獲物をやっと食べれると舌なめずりしているが如く、普段開かない口が動いていた。

 もう一度掴まれ、持ち上げれられる。

「へ、へっへっへ……」

 急に笑い出したのが不振がったのかシュピンネは手を止める。

「下手に知能があると余裕と油断ができるんだな、ちゃんと両手を使えなくしなきゃダメだろ?」

 捻って、三秒。

 懐にしまった自決用の爆弾の起爆装置をシュピンネの口の中に放り込んだ。

「ざまぁみろ……」

 慌てたのか中村放り投げられシュピンネは口の中に腕を突っ込んだ。

 そして、上半身が見事にバラバラになるのだった。

 それを見届けると同時に、中村意識を手放した。



 次に目を覚ました時、中村はバンの中にいた。

「よう、気分はどうだ?」

「昴さん……」

「はいはい、まだ動かしちゃだめよ?」

「楓さんも……いっ!?」

 起き上がろうとした瞬間、また気絶するんじゃないかというくらい痛みが走った。

「……、九条さんは?」

「無事よ、よく頑張ったわね」

「右京さん、俺やりましたよ」

「そうみたいね」

 昴の手を借りて起き上がると珍しく拗ねたような顔をした九条がいた。

「酷い顔ね」

「そっちもですよ、体は?」

「中村君よりは何倍もマシね」

「よかった」

「……余計な事をして、貴方が頑張らなくてもなんとか出来たわよ」

「ですね、すいません……格好つけたくなったもんですから」

「俺達は後処理がある、二人は休んでな」

 そう言って昴達はバンから出ていった。

 やっと終わったんだ、そう思うとこの痛みも悪いもんじゃ無くなった。

「なんか、骨とかやばい気がする」

「楓さんの話じゃ何か所かひびが入ってるって……」

「でも、生きてるんですね」

「そうね……」

「ええ……」

 外は騒がしいが、バンの中は心地よい沈黙が流れていた。

「中村君」

「なんでしょう?」

「ありがとうね、貴方のおかげで生き延びることが出来たわ」

「俺も九条さんの武器のお蔭でなんとかね、ありがとう」

「それにしても防人機関失格ね、一般人に救われたわ」

「俺はいい事ありましたよ」

「なに?」

「今はじめて九条さんの笑顔見れましたから」

「そ、そう?」

「ええ、やっと見れました」

「相変わらず変な人ね、甲君は」

「……今なんて?」

「別に、病人は大人しく寝てなさい、それともまた手を握っててあげましょうか?」

「こ、こんな時にからかわないでくださいよ」

 もっと話がしたかったが体はそうもいかないらしく、中村自然と眠りに落ちていくのだった。



 それから二日後の朝、体に治療の後を残しつつ、中村は自宅に戻っていた。

「ただいまっと……」

 荷物を置いて携帯を開く。

 昴から連絡が入っておりもうシュピンネに狙われる事はないだろういう事と契約書に(のっと)ってしばらく監視がつくとの事だった。

「……一般人(おれ)はここまでかな」

 もうシュピンネに関わる事はない、とも言いきれないが迂闊な事さえしなければ前のようにはならないだろう。

 防人機関とももう関わる事もないだろう。

 ちょっと寂しくなったが死ぬよりはマシだ。

「九条さん達は、これからも戦うんだろうな……って学校行かないと」

 まだまだ痛む体と包帯に苦笑しながら学校に向かい当たり前の日常満喫するのだ。

「おはようみんな、俺ちょっとドラゴンと一戦交えたわ」

「二日も来ないから心配したぞおい、って酷い怪我だな、内面だけじゃなくて外も痛々しくなったか?」

「やかましい! あ、九条さんもおはよう」

「おはよう、体は大丈夫?」

「ひびが直るには俺の再生力を持ってしても時間は掛かるね」

「お前ら何時仲良くなったんだよ?」

「内緒よ」

「機密事項だ、お前には話せないな」

 適当に追い払い、中村は九条に声をかけた。

「あのさ、一連のお礼がしたいんだけど放課後どうかな?」

「仕事よ」

「流石公務員、忙しいね」

「全くね」

「構えよー寂しいじゃねぇか」

「また来たのか、わかった構ってやるってしょうがねぇなぁ」

 また明日誘ってみよう、そう考えながら放課後を向かえ下校しようとした時、校門に九条の姿が見えた。

「あれ、仕事は?」

「私も怪我したから、治るまで戦闘任務は無いの」

「思いっきり殴られたもんね、じゃあ何の仕事?」

「目撃者の監視よ、口外しないようにね」

「公務員様は大変だね」

「あら、残業はないけど?」

「内容は十分すぎるくらいブラックだろうに……」

「確かにね」

 中村に並んで九条も歩き出す。

「てっきり今日は無理かと思ったよ」

「断った覚えはないわね、仕事とは言ったけど」

「たしかに、じゃあ差し入れは何がいいでしょうか?」

「アイス」

「了解」



 確かに夢に見た特殊能力も力もないけど一般人は一般人で悪いもんじゃない、と中村は感じていた。

 体験していいもんじゃないとわかったのもある、そして自分の身の丈を理解もした。

 九条の言う通り、自分の現実を見て行動する。

 今の俺の最適な行動は如何にして九条を喜ばせるかだ。

 これなら俺にだって出来るんだから。


                                 終


なんか眠らせたままの作品って嫌だったからとりあえず投稿してみた感じです、少しでもいいなって思えてもらえたら幸い。

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