ヘンゼルとジャックの豆の木
アリスたちが裁判を覗いてみると、アリスの思ったとおりへんてこな裁判がされていました。椅子に座っているハートの女王の前にはバラの形の白い宝石が置いてあり、なんと容疑者はハートのジャックではなくアリスに牛を渡したジャックだったのです。
「証人、アリス。前に出なさい。」
「また前来たときと同じよ、女王様。私は何も知らないってば。でも、その人はハートのジャックじゃなくて普通のジャックってことは知っているわ。」
「ジャックはジャックだもん。」
「そんなのジャックがかわいそうよ。…ジャックって普通のジャックよ。ハートのジャックじゃないわ。」
「それに、ジャックは紛れもなく妾の宝石を持っていたの。ジャックはジャックでも普通のジャックだけどね。…ややこしい。」
アリスは裁判がおかしなことになることはよくわかっていました。書記たちも混乱しています。しかし、それでも目の前の女王様に違和感を感じていました。
「そう言えば女王様、若くなった?前はおばさんっていう感じだったのに、今は女の子みたいな感じがするの。」
「そんなことはどうでもいいの。いつ若くなっても私の勝手でしょ?」
「いいえ、女王様のふりをした他の人かもしれないじゃない。」
アリスがそう言うと聴衆はざわめき始め、ハートの女王は椅子が倒れるくらい勢いよく立ち上がって言いました。
「そんなの…そんなの証拠ないでしょ!?」
しかし、アリスも負けていません。ハートの女王の目の前にある宝石を指差して言いました。
「あるわ。女王様は白いバラが嫌いだったわよね?」
ハートの女王が宝石を見ると、それはバラの形を白い宝石で作ってあったのです。まさしく白いバラでした。
「ジャックが宝石を取ったかなんて問題じゃないわ。だってあなたが女王様だったら、すぐにこの宝石が粉々になっているもの。」
「やめてあげてよ、アリス!」
急に後ろの方から少年の声が聞こえたかと思いアリスが振り向くと、その声はジャックの声でした。
「だって、この子はジャックを死刑にしようとしていたかもしれないのよ?」
「そんなはずはないんだよ、アリス。あの子は…グレーテルは僕の妹だから。」
ハートの女王、グレーテルはその場に座り込んでしまいました。その形は震えていて、アリスにはとても不思議の国の住人だとは思えませんでした。
「グレーテル…?」
「…そう。私はグレーテル。」
アリスは前にまっすぐ歩き始め、グレーテルの手前まで来て止まりました。
「あなた、グレーテルっていうのね。よろしく。」
アリスはそう言ってグレーテルに手を差し伸べましたが、グレーテルはアリスの手を払いのけてしまいました。
「…残念だけど私は、アリス、あなたとは仲良くできないわ。だって私はアリスが嫌いだもん。」
「私…何か悪いことした?」
「前にここに来た、それだけで私はあなたが嫌いなの。もちろんあなただけじゃないわ、ここにいるみんなも、あなたの娘も!」
「私の…娘。」
アリスは今の今まで好奇心に押し流され、赤ずきんや狼のことなんて気にもとめなくなっていました。
「そう、赤ずきんよ。あの子を捕らえることはできなかったけど、そろそろ1人で寂しく死んでいるんじゃない?あなたは死ぬこともできずに永遠にここにいることになるんだけどね。」
「どうして、そんなこと言うの…?」
アリスは好奇心以上に大切なことを思い出しました。赤ずきんへの忘れかけていた愛情を奇しくもアリスを嫌っているグレーテルが思い出させてしまったのです。
「私は、絶対にここから出るわ。赤ずきんだって私を探さずに死ぬわけがない、私だって赤ずきんのところへ行かなきゃ!」
そう言うとアリスは今度は親指姫と宝石を乗せた牛を連れて王宮から出て行きました。アリスがいなくなったことを確認してから、ジャックはグレーテルに言いました。
「やっぱり、こんなことはやめない?」
「今更やめるわけにはいかないわ。それに、私は私たちと同じ運命に会う人を見たくないの。アリスや赤ずきんたちには悪いけどね。」
「僕も…僕もあんな目に会うのは僕たちだけでいいと思ってる。グレーテルの計画も悪くないと思うよ?でも、アリスにあんな言い方しなくてもよかったんじゃないかな?」
「だって…」
「…グレーテル?」
「…うん、私アリスに謝りに行かなくちゃ。」
こうしてジャックとグレーテルはアリスたちの後を追いました。残った聴衆と書記たちはもはやざわざわさえせずにそこにいました。誰かが「解散!」と言わないと誰も帰ろうとしません。そんなときに王宮にウサギが時計を持って走ってきました。
「ああ、裁判に遅刻した!代用ウミカメと勝負してからは寝る時間には気を使ってるつもりなんだけど、やっぱり寝過ごしてしまった!」
しんと静まり返っている裁判の場にウサギの声が響き渡りました。
「なんだ原告も被告も、裁判官さえいやしない。今日の裁判は解散!」
ウサギに裁判を終わらせる権限はありませんでしたが、聴衆は解散と言われたので再びざわめきだし、王宮から退出し始めました。
「そう言えば狸と芝刈りの約束だった!ああ、遅刻だ!」
ウサギはそう言うと急いで王宮から飛び出しました。
一方そのころアリスは、勢いで王宮を出てきたはいいもののどうすればこの国から出られるのかわからず途方にくれていました。
「前はどうやったら出られたっけ…裁判で『ただのトランプじゃない』って言ったらトランプたちに飛びかかられて、それで…忘れちゃったわ。」
「なんでアリスはこの国から出たいの?」
「だって、外には私の大切な娘がいるの。早く行ってあげないと悲しむわ。親指姫にだって大切な人はいるでしょ?」
「私はカエルに会うたびにプロポーズされて、この国の外はもう散々かな。この国なら牛さんのおかげでカエルのいないところへすぐ行けるからいいなって。」
「この国にいたいの?」
「うん。きっと、あのグレーテルって子もそうなんじゃない?」
「…そうかも。私、ひどいことしちゃったわ。」
「謝ったら許してくれるよ、きっと。」
こうしてアリスとグレーテルはお互いに寄り添い合おうとするのでした。