アリス・イン・イソップランド
「私をどうする気なの…?」
話は再び千数百年前。狼に攫われた赤ずきんのお母さんは、どこかの部屋に閉じ込められています。部屋を見渡すと糸車と小さな机、その上の薬瓶だけがありました。食料のためにしか動かない狼がなぜ私を食べずに置いているのだろう。彼女はそれが1番の疑問でした。でも、この景色は見たことある。子どもの頃の夢の中。彼女はそう思って薬瓶から薬を一粒出し、飲みました。しかしやはりここは夢ではありません。彼女は意識を朦朧とさせ、そのままふらふらと倒れこんでしまいました。
気がつくと、いつの間にかあのときの世界。とても大きな机の足、いつの間にか置かれていた一切れのケーキ、水色の服に白いエプロン。あの頃そのもの。彼女、アリスは飛び跳ねてみたり大声を出してみたりしました。しかしそれは十数年前のアリスのままで、それを感じるにつれて十数年前の好奇心がアリスの中に湧いてくるのです。
「さあ、狼のことなんて考えている暇なんてないわ。早くみんなに会いに行かなくちゃ。」
しかし、この世界はアリスの好奇心を裏切りません。まだまだ見たことのない世界がアリスを待っているのです。
始めに会ったのはあの帽子屋と三月ウサギ。
「今日は何のパーティなの?」
「飛び入り参加は感心しないな、アリス。なんてったってなんでもない日をお祝いしてるんだからね。」
「本当になんでもない日の会は終わらないのね。」
「君がいつ来たか知らないが、私たちは決まった日にちにしかなんでもない日を祝わない。」
「それならよかった。私は2回しか来てないけど、2回ともパーティをしていたんですもの。でも、私もう行くわね。いちいちパーティしていたら時間がどれだけあっても足りないわ。」
「それは残念だ。今日の記念に帽子をいくつか持っていったらいいよ。」
2人の話が面白くないことを知っているアリスは帽子を6つももらったあと早めにパーティから抜け、一本道をまっすぐ歩いてみることにしました。アリスには見えないほど先、一本道の反対側からは雄牛を売りに行こうとしている1人の少年がやって来ています。そして一本道の上空で太陽と北風がおしゃべりをしていました。
「太陽くん、ちょっと勝負してみないかい?」
「いきなりなんだよ、北風くん。」
「あの少年の上着を剥がした方が勝ちってことでどう?」
「それ、1度僕が勝ってなかったっけ?…まあいいけど。」
一本道に急に北風が吹き荒れたかと思うと、どんどん激しくなり、ついには吹雪になりました。
「北風くん、そんなことができるようになったんだね…」
そして地上で吹雪の中アリスが一本道を歩いていると、雪を被った6人の地蔵がいました。雪が重そうだったので、アリスはお地蔵の雪を払い帽子屋からもらった帽子を乗せてあげました。するといつの間にかアリスの目の前に一袋の米と豆が置いてありました。
「お地蔵さん、これくれるのね。ありがとう。お地蔵さんに帽子は似合わないかもしれないけど、雪の帽子よりは似合ってるわよ。」
アリスはが一袋の米と豆を拾うと吹雪は急に収まり、今度はかんかん照りになりました。
「前来たときはずっと晴れだったんだけどな…」
帽子が米と豆になり荷物が重くなり、暑い中運んで疲れきったアリスは、木陰で休憩することにしました。すると今度は上着を乗せた雄牛を連れた少年が道の反対側からやってきました。
「やあ、僕はジャックって言うんだ。よろしく。」
「よろしく。私はアリス。あなたはハートのジャックじゃないのよね?」
「普通のジャックだよ。そうか、君が赤ずきんの…いや、いきなりで悪いんだけど、その豆とこの牛交換しない?」
「豆と…牛?」
「牛はすごく便利だよ。牛乳と牛肉があれば生活は困らない。」
「でも私お腹は空いてないわ。のどは乾いたけど、この牛はオスだから牛乳は出ないわよ。」
「でも、そのお米を運ばせるにはオスの方がいいだろ?」
「…考えてみればそうかも。」
こうしてアリスは少年と豆と牛を交換しました。米を牛に乗せて荷物が軽くなったアリスは、再び歩き始めました。
「ねえねえ、その牛貸してくれない?」
今度はどこからともなく声が聞こえました。アリスは周りを見渡しましたが、誰もいませんでした。
「下だよ、下!」
アリスが足元を見ると、親指ほどの大きさの少女がいました。
「私は親指姫っていうの。牛を貸してくれないと、私カエルのお嫁さんになっちゃうの。」
「それは大変ね。私はアリスっていうの。私の牛でいいなら貸してあげる。」
「いいの?ありがとう!」
早速親指姫は近くの池に行きました。そこには親指姫に告白したカエルが親指姫の告白の返事を待っていました。親指姫はカエルに言いました。
「お待たせ、カエルさん。返事なんだけどね、あの牛くらい大きくなれたら結婚するね。」
「そんなことか。任せておけ!」
カエルは空気を吸い込みました。少し大きくなりましたが、牛には届きません。カエルはもっと吸いました。また大きくなりましたが、それでもまだまだです。
「がんばれ、がんばれ!」
カエルは親指姫の声援に答えるかのように思いっきり吸いました。その瞬間、カエルのお腹は破裂してしまいました。かわいそうなカエルを背に、親指姫はアリスのところへ戻りました。
「牛を貸してくれてありがとう、アリス!」
「あれでよかったの…?」
「うん!お礼に私、アリスのお供になるね!」
アリスは牛に米と親指姫を乗せてまた歩き始めました。しばらく歩いていると、いつの間にか雀が牛の上に止まり、米を食べていました。雀はアリスに言いました。お米が減るに連れて牛は楽そうな顔をしたので、アリスは雀に食べさせておきました。
「あ、ごめんなさい。このお米あなたのだった?」
「別に食べてもいいわ。食べるつもりもないし、荷物も軽くなるからね。」
「ありがとう。お礼にこのつづらをあげるね?」
そう言うと雀の群れがやって来て牛の上につづらを置き、代わりに米を持っていきました。牛は、せっかく荷物が楽になったのに、という顔をしました。そんなことには目もくれず、親指姫はつづらの中を覗き込んでみました。
「ねえアリス、このつづらの中に宝石が入ってるよ!」
「この国は物価が高いのかしら。」
「アリス、物価ってなに?」
「チョコレートが入ってる甘いお菓子よ。」
「おいしそう!」
親指姫はまるで目の前にお菓子が置いてあるかのように目を輝かせました。
「おいしそうと言えば、ハートの女王が王宮の宝石を盗んだハートのジャックを裁判にかけるみたいだよ。」
「また?ここの裁判ってあまり好きじゃないんだけどな…ここじゃない裁判も好きじゃないけど。」
結局、アリスと親指姫はハートの女王の城での裁判に行くことになりました。