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真人が見ている画面の中に現れた説明にはこう書かれてあった。
・現実世界のようなスタミナ問題の解消。朝昼晩フルタイムで動けます。精神的な疲労は解消されません。自分の精神的疲労に見合った行動を行いましょう。
・戦闘中の武器の変更可能
・戦闘で負ったダメージは現実世界と同じように痛みが走ります。(酷い場合は痛覚制御機能が働きます)
・決戦時、他のPCと違い。HP1だけ残る仕様に変更してあります。
「こんな感じですね。結構違いあるでしょう?」
妖精は簡単に読み上げながら、同意を求めるように真人に問いかける。
その言葉に頷きつつ、
「戦闘中に武器の変更って出来なかったっけ?」
数ヶ月前の話であり、戦闘中はそんなことを考える暇もなく、モンスターに勝つためにマウスをクリックしていた真人は質問を返すと、
「どこのゲームもそんなこと出来ないです! あ、もしかしたらこのゲームと同じような状況になっているゲームなら出来るかもしれませんけど……少なくとも無理じゃないですか? 今回の変更はこうやってゲームの世界に入ってきた人用のカスタマイズですし……」
他のゲームの仕様が分からないのか、妖精は「んー」と電子キーボードを操作し始める。が、特にその部分についての説明がなかったのか、困ったように頬を掻いた。
「まあいいや。精神的な疲れってなんだ?」
「それは、ほら……あれですよ。好きな女の子に告白しようと考えた時にドキドキするじゃないですか。呼び出す前とか緊張しますよね? 告白がしてる最中もバクバクしてますから、その一連の行動全部が終わった後に出てくる疲れのことです」
「……ああ、なる」
妖精の言葉に目を丸くしながら答える真人。
RPGの妖精だけに、RPG関連の回答をしてくると思っていた真人の予想を超えた回答に驚きを隠せなかったのだ。
当の本人は、何に驚いているのか分かっていないらしく、「ほへ?」みたいな間抜け面をしている。
――こいつはもうPCと思って接した方がいいのかもしれない。
そう思ってしまうほど、この妖精の感情設定は豊かだった。
「何を驚いているんですか?」
「いや、気にするな? それよりも最後の決闘だけどさ。オレたちみたいなゲームの世界で動く奴がわざわざ決闘をするとは思えないんだけど……」
「もしかしたら普通にプレイする人が申し込んでくるかもしれないじゃないですか。そのための仕様ですよ」
「『拒否』コマンド出るだろ? オレなら間違いなくそれを選択するけどな」
「もしかしたら恋愛事に巻き込まれた時とか――」
「VR化した奴の中でそんなことを考えるぐらいなら、生き延びることを考えろって言いたい。こっちはアニメや小説じゃないんだぜ? それは二次元だけで十分だ」
「そんなことを言ってる人に限って、恋愛事に巻き込まれるんですけどねー。あ、『フラグ』って言うんですよね、そういうの!」
「楽しそうな表情を浮かべながら、そういうことを言うな!」
ビシッと妖精を指差し、真人は注意を促す。
妖精の発言のせいで、いつかそういうことに巻き込まれそうな気がしてしまったからだ。こういうフラグは恋愛物のアニメや小説で嫌というほど見てきた結果――本当にフラグを立ててしまったような感覚が身体を真人の身体を襲った。
――大丈夫だ、そういう面倒事には絶対に巻き込まれない!
念じるように心の中で呟き、そのフラグを解消しようと必死になる真人を余所に、
「今の所はこれぐらいです。もしかしたらラクシム様の気まぐれで規制が増えるかもしれませんが、その時にまた連絡しますね」
妖精は再び電子キーボードを操作し始める。
――くそいい加減な神様だな。
いきなり付け加えられる規制に不安を隠せない真人はそう思ってしまう。
が、実際プレイして見ないことには分からないこともたくさんあるので、規制の強化ではなく規制の軟化する方向で進展することを望まずにはいられなかった。
そんなことを考えている間に妖精はまた電子キーボードを操作しており、説明文の変わりに今度は目の前にいる妖精の姿が表示される。
スペックなどについては一切表示されず、出ているのは名前の空白欄。
「なにこれ? どういうこと?」
「あたしの名前を決めてください」
「は? なんで? 案内役じゃないのか?」
「『人を見る目が疑われる』とか言ったのに、ただの案内人で終わるわけないじゃないですか」
「もしかして――」
「違います」
「まだ言い終わってないぞ」
「戦闘には参加出来ません。完全な自立型サポート妖精です。課金で手に入るタイプとは違います。あたしに出来るのは、真人さん――いえ、もうクロスさんにしましょう。クロスさんのステータス配分や武器変更時のサポート、アイテム管理などですよ」
真人ことクロスの考えを読み切ったように、妖精はドヤ顔をクロスへと見せつける。
――戦闘に役に立たないって駄目じゃないのか?
ドヤ顔をする妖精に疑いの眼差しを向けつつ、嫌がった所で進展がないことを知っているクロスは名前の空白欄をタッチ。
すると下からスマホのように電子キーボードが現れる。
自分にネーミングセンスがないことを自覚しているクロスは、電子キーボードと目の前に浮いている妖精を何度か見つつ、差しさわりの無い名前を打ち込む。が、弾かれてしまう。
「あー、いつものかー」
「どうしたんですか?」
「名前被りのせいで弾かれた」
「あ、そっちですか。じゃあ、あたしが簡単に付けられる付属の言葉を検索します」
「そっち方面でも役に立つのかよ」
「そのためのサポートですよ? クロスさんの『戦闘に役に立たないのに大丈夫か?』という不安を薙ぎ払うぐらいの働きはしますから!」
「それまで見透かしてたのか!」
「見透かす、というよりも表情に出てましたよ。あ、簡単なのが出ました」
電子キーボードを操作していた妖精がちょっとだけ嬉しそうにはしゃぐ。
「早いな。それで何?」
「名前の後ろに『@クロス』と付けてください。それだけです」
「本当に簡単だったな」
言われた通り、考えた名前の後ろに『@クロス』を付けると、ピーと電子音が鳴り響く。そして、目の前にいる妖精の頭の上にクロスが付けた名前が表示される。
アミ@クロス。
それが妖精の名前。
「シンプルですねー。変な名前よりは良いですけど」
「うるせーよ。名前の表示はやっぱり他のPCみたいに頭の上に表示されるのか」
「みたいですね。そこまではあたしも知りませんでしたけど……」
「あれ、オレの名前はまだ表示されてないのか?」
「はい、まだです。この部屋を出たら、ゲーム開始されるので。だから、まだクロスさんのHPやMPゲージが自分で確認出来ないでしょう? それが表示されてない証拠です」
「あっ、本当だ」
言われて初めて気付く自分の生命の限度のHP、モンスターを倒すために必要なMPの存在を思い出す。というよりも現実世界でそんなものが必要ないため、気にもかけていなかったことが一番の要因だった。