(4)
数分後――。
泣き止んだ妖精は目を真っ赤に腫らしながら、
「すいませんでした。終わったことをウダウダと言っても仕方ないので、契約後の話を進めたいと思います」
「その前に質問がある」
それを遮るように真人は挙手。
「別に良いですけど、何ですか?」
鼻を鳴らしつつも、ちょこんと妖精は首を傾げる。
「さっきの発言と俺の状態から色々と聞きたいことがあるだけさ」
「えーと、分かりました。答えられるものは答えます。もちろん駄目なこともあるので、それは『ノーコメント』と答えますよ?」
「それでオッケーだ。まず一つ目は――オレの身体ってどうなってんだ? 寝る前の記憶あるんだけど、普通に家で寝た記憶しかないんだよな。どうやってこの世界に連れて来られたのかなって……」
「自分の身体のことは大事ですもんね。気になって当たり前です。その質問に対する回答は――この世界にいるのは真人さんの意識だけです。身体の方は病院に運ばれてますよ。意識不明の重体ってやつです」
「び、病院!? しかも、意識不明の重体!? いったい何が起きたんだよ、オレの身に!」
妖精から発された病状に真人は上ずった声を漏らしながら、意識体である自分の身体をペタペタと触り始める。しかし、どこにも痛みやシコリなどの悪そうな部位はなく、いつも通り元気な身体だった。そのため、意識不明の重体になる原因が分からず、困っていると、
「意識不明の重体になるのは当たり前じゃないですか?」
妖精は真人が慌てる理由が分からないらしく、不思議そうに見つめていた。
「他人事と思ってるから、そうやって落ち着いていられるんだよ。意識不明って結構深刻な問題なんだぞ!」
「他人事とは思ってませんよ。だから、後悔して泣いたんじゃないですか。あたしはそういうことを言いたいんじゃなくてですね、真人さんの意識はこっちの世界にいるんですよ? 現実の方に意識がなくて当たり前じゃないですか?」
ハッとした様子で真人はその意味を理解する。
現実世界とこっちでの世界での辻褄を合わせるために、現実世界のオレは意識不明になっている。だから、事故などの影響で石吹き不明になっているわけでないことを知り、真人はホッと胸を撫で下ろす。
「なるほどな。っていうか、誰が病院に連絡してくれたんだ? 実家暮らしだけどさ、寝てるだけって思われて、通報なんてしないと思うんだけど?」
「それはあたしがしました。悪戯電話だとしても救急隊の人は無事の確認をする必要がありますから、それを利用したんです」
「よく電話出来たな!」
「データですからね。これぐらい余裕ですよ!」
「データの限界って何だったっけ? そのことを事細かに問い詰めたい気もするが止めとく。しかし、救急隊の人に迷惑をかけやがって……」
自慢そうにない胸を出す妖精に対し、真人はため息を吐きながら自分の髪をガシガシと掻きながら項垂れる。
状況が状況だけに家族に心配をかけてしまっていることが、ちょっとだけ心苦しくなってしまったのだ。それでなくても自宅警備員をしている時点で迷惑をかけてしまっており、そうならざるを得なかった原因のせいで日頃から心配をかけさせてしまっている。だからこそ、あまり心配をかけさせたくなかったのだ。
――ごめん、なるべく早くクリアして帰るよ。
心に刻みつけるようにそう思う真人。
「他にもありますか?」
「もちろんある。つか、あと何個かあるぞ。さっき言い合いしながら、『誰よりも先にクリアしたら報酬貰える』って言ってたよな?」
「よく覚えてますね。その通りですけど……」
「君が泣いている間に思い出して、頭に引っ掛かったことを聞いてるだけだよ。それに、『あたしの人を見る目』云々もそれに関係してるのか?」
「それも覚えてるんですね。な、なんかちょっとだけ恥ずかしいような気もしますが、それについてもお答えしましょう」
妖精は恥ずかしそうにスカート部分を持つようにしてモジモジとし始める。
先ほどデータと言っておきながらも反応は普通の女の子と何も変わらない。どこからどうみても真人が知っている現実の女の子とそっくりだった。あくまで小学生までの女の子と比べてだが……。
「ゲームの神様ことラクシム様に選ばれた人は数人いるんです。真人さんみたいに『現実逃避をしたい』って思いが強い人を選抜して。その中からあたしたち妖精が、自分と波長が合いそうな人を選ぶ方法でした。なので、あたしの『人を見る目』が影響されてるというわけなんですよ」
「なるほどな。もし、オレが断ったらどうなってたんだ?」
「その時はその時でまた別の人を選んでましたよ。さっきも言ったようにやる気のない人を選んでもしょうがないですからね」
「――オレ、やる気があるように見えるか?」
「まったく見えないです。ただ、自分で犯した罪は自分で償ってください。あたしに出来るのはサポートだけですから」
冷たくあしらう妖精。
そのことに関しての論議はしたくないという気持ちが伝わった真人は、そのことを振ることは止めて次の疑問を尋ねる。
「これからどうすればいいんだ? 契約は成功したみたいだけど、これからどうすればいいのか、オレには分からないぞ?」
「そのことをこれから説明するんですよ。『質問がある』って言ったのは真人さんでしょ? あたしからすれば、こっちのことの方が大事なんですからね?」
――十分、オレの質問も大事なことだと思うけどな。
思わず突っ込んでやりたかったが、真人はそれを心の中でのみの発言として思っておくことにした。妖精の様子から察すると、それだけこれから話すことが重要だと言わんばかりの真剣な表情になっていたからだ。
「分かったよ。今度こそ最後まで話を聞くよ。さすがにもう欲望に目が眩む話もないだろ」
「このゲームに関する設定の変更の説明含まれますので、真剣に話を聞いてもらわないと本当に死んじゃいますからね? それが分かったら、静かに聞いてください」
「分かったから睨むな」
先ほどの暴走を咎めるかのような視線を向ける妖精。しかし、真人の返事を信じたのか、首を縦に振ると再び出現させた電子キーボードをカチャカチャと軽快に叩き、真人の前にも電子画面を出現させる。
そして、その画面に契約終了後に表示されていた戦士の画像が再び表示される。
「画面に映っているキャラクターのこと分かりますか? NE2Tクロスさん」
妖精はわざとらしく、真人の名前を呼ばずにそのキャラクターの名前で真人に尋ねながら微笑む。
否定することを拒むような微笑み。
元から否定するつもりがない真人は盛大にため息を溢し、面倒くさそうに両腰に手を置いて「ああ」と頷いた。