(2)
その一撃を受けたクロスは顔面を押さえて、その場に蹲る。
VR化=血は出ないものの、この一撃は間違いなく現実だったら血が出ているという確信を持つクロス。が、悪気がなかったとはいえ、それだけのことを言ってしまったと反省の意味を込めて、文句を言うことを諦める。いや、諦めないと余計に酷いことになりそうだったため、諦めるという選択肢を選ぶことにした。
「いってー、遠慮なく蹴りやがって……」
そのままヨロヨロとベンチに倒れ込むような勢いで座り込む。
蹴った本人であるベルは腕を組み、まだ怒っているようだった。むしろ、また下手な発言をすると暴力に出そうな勢い。
その逆に、カレンがクロスの顔を見つめながら、
「大丈夫? ごめんね、ベルが思いっきり顔面を蹴って」
クスクスと口元を押さえて笑っていた。
「ん、問題ない」
「そっか」
「ん」
「クロスくん的には、私はレイくんと一緒に行った方が良かったって本当に思う?」
「え……あー、本心か嘘じゃないかの二択なら本心になる」
「その理由を聞いてもいい?」
クロスの発言にアミとベルは再び言葉と物理的の暴力に出ようと身構えるも、カレンが伸ばした手――制止の意味を読み取り、しぶしぶ諦める。
そのことにクロスはホッとしながら答えた。
「一緒に戦った仲間だからだよ。カレンをオレの側から離れさせるって意味は全くない前提で考えたとしても、一度戦った仲間が死ぬのって居心地悪いじゃん。そういう意味合いでしかない。今回の炎竜戦でそれなり成長はしたと思うけど、やっぱり危なっかしいのは変わりないし、見守ってやるのも一つなんじゃないかなって思ったんだよ」
「やっぱりクロスくんは優しいよねー」
「そうは思わないけど?」
「ちなみに私を取り合ってケンカしたのはいつでしょうか?」
「取り合ってないけど、一昨日だろ?」
「正解。まだ三日しか経ってないのに、そうやってレイくんの心配を出来るクロスくんは本当に優しいんだと思うよ?」
「あいつが年下だからだな。年下だから心配になるだけだ。うん、間違いない」
「そういうことにしとこっか」
「そういうことにしといてくれ」
「でも、私のことは大切にしてくれないみたいだけど? なんでかな?」
意地悪くそう言うカレン。
寂しそうな表情どころか笑顔なのだが、目は一切笑っていない。真面目に聞きつつも、クロスに負担をかけないように配慮している様子だった。
――面倒だなー……。
流れ上、この流れになることがちょっと分かっていたクロスは心の中で呟くことしか出来なかった。
が、クロスのカレンに対する気持ちはすでに決まっていた。
「同等の立場だって考えてるからじゃないか?」
「どう、とう?」
「そ。心配しなくても大丈夫だって思ってるからかもな。いや、悪い。言っておいて、ちょっと違うな。心配はするけど、レイに比べたら心配する必要がないっていうか……、言い訳にしかなってないか」
「言いたいことはなんとなく分かるけど、よく意味が分からないんだけどなー」
「……」
「ほーら、早くー」
「……ずっと心配してるから、心配という言葉から除外しました」
「もっと素直になってください」
「これから出る暴挙を許してくれるなら」
「いいよ」
「ありがとう」
クロスの目配せの意味に気付いたカレンは迷うことなく頷く。
その目配せの意味に気付くのだからクロスほんの少しだけ驚いてしまったが、許可を貰った以上、それを実行することにした。
炎竜戦で見せた鋭い視線をアミとベルに向ける。
そんな視線を自分たちに向けられると思っていなかった二人は一瞬硬直してしまう。
それが狙いであるクロスは硬直した一瞬を突き、二人を片手で掴む。
「あ、あのクロスさん?」
アミの震えながらの声にクロスは冷静に一言。
「ごめんな、許せ」
「ちょっ! クロス、お前!」
ジタバタと手の中で暴れるベルにも同じように、
「お前は主人の許可を貰ったから大丈夫だ、問題ない」
アミに比べて、少しだけ同情の気持ちを含めながら答えて、ベンチから立ち上がり、左足を今までにないぐらい全力で踏み込む。そして、適当な角度で二人を全力投球した。
「クロスさんのおおおおお、バカああああああああああああああああああああああああ!!」
「覚えてろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そんな二人の絶叫を聞きながら、クロスはもう一度ベンチに座る。
「また盛大に投げたね」
カレンもここまで全力投球するとは思っていなかったのだろう、ちょっと呆れていた。
「中途半端に投げたら、あいつら速攻で戻って来るだろ? もちろん怒りながら」
「それはそうかもしれないけど……それより、そろそろ話してもらおうかな?」
「はいはい、好きっていいのかどうなのかの答えははっきりしてないけど……、炎竜に倒されて目を覚ました時にカレンが泣きながら覗き込んでたろ? その時、『なんでオレはこんな顔をさせてるんだろう。守りたいと思ったのに、なんで守れてないんだろう。生きてて、カレンの泣き顔を見てホッとしてるんだろう』って思ったんだよ。……本当に口下手だなー。伝えたい言葉もはっきり言えないなんて……」
「うん、あっさり言えばいいだけなのにねー」
「本当だよな。オレもきっとカレンのこと好きなんだ。だから、ずっと側にいてくれないか?」
「うん、いいよ」
カレンは満足そうに笑うと、スッとクロスの唇に自分の唇を少しだけ重ねて離れる。
「えへへ、二回目だね」
なんて恥ずかしそうに微笑むカレン。
逆にクロスは不満の表情を浮かべていた。
「ったく、なんでそうやって勝手にするかなー」
「え? 何が? どういう――」
そんなクロスの言葉にカレンが困っている隙を突いて、クロスは同じようにカレンにキスした。
クロスからすれば『好き』という単語を伝えることは簡単。むしろ、その後のこのキスの件で気持ちの準備やタイミングを計っていたからこそ、口下手になっていたに過ぎない。
クロスからのいきなりのキスにカレンは一気に顔を赤くしていたが、それでも離れようとはせず、逆にクロスの首に手をまわして、この時間を大切にしようとしていた。
時間にして数秒。
体感時間にしては五分ぐらい経過したぐらいで、クロスとカレンはどちらからともなく唇を離す。
そして、二人は恥ずかしそうにお互いが目を逸らしながら微笑み合った。




