(1)
翌日。
アルセイム王都のあるベンチでカレンは顔を俯かせて、落ち込んだ様子で何度目になるか分からないため息を溢す。
もちろん、考えているのはクロスのこと。
「クロスくんの馬鹿……」
何度目になるか分からない呟きをカレンはまた繰り返す。
その隣にはベルが立っており、下から覗き込むようにしてカレンを心配そうに見つめていた。
「元気出してくださいよ。気持ちは分かりますけど……」
ベルはそんな言葉をかけることしか出来なかった。
それ以外の言葉も行動も何も思いつかないである。気持ちは分かったとしても、それを宥めるような術が分からなかったから。
そんなベルの言葉にカレンは反応を示し、虚ろな目でベルを見つめる。
「ごめんね。こうやって落ち込んで……」
「いえ、それは構いません。けど、そんなに落ち込んでいてもあいつは戻ってきませんよ?」
「うん、分かってる」
「そうですよ。じゃないと、今度はカレン様がボスに……」
「……うん」
そう頷くカレンだったが、ベルはあまり信用していなかった。
ベルの言っている言葉の意味を理解しているようには思えず、言われたことを本能のまま答えているようにしか思えなかったからだ。
ベルは炎竜を倒した後のリザルトの終了後に流れたテロップの内容を思い出す。
〈炎竜を討伐おめでとうございます。炎竜を倒したことにより、それに応じて他の地域のボスの竜も少しだけ強くなります。今後ともお楽しみください〉
最初の設定ではどこの竜も同じ強さにしてあることはわかっていたことだが、まさか強くなるとは考えてもみなかった。しかも、どのくらい強くなるのかも分からない。
だからこそ、カレンがこんな風に落ち込み続けることがベルにとって不安でしかなかった。
こんな調子では本当にクロスの二の舞になる。
その想像が安易に出来たから。
ベルがそんなことを考えていると、カレンとベルを影で覆い隠すように二人の前に立ち塞がる。
カレンとベルはその影に反応するように顔を上げると、その行動に反応するように影を作った主の口が開く。
「勝手に殺した設定で落ち込むのは止めてくれませんかね? オレは死んでないんですが……」
呆れた感じを隠すことなく腰に腕を置いて、そう言うクロス。
アミはクロスの肩の上で苦笑いを溢している。
クロスが来たことを確認したカレンは落ち込んだ雰囲気から一転した笑みを浮かべて、
「暇だったからちょっとだけ未亡人プレイを楽しんでみたの。付き合ってくれてありがとうね、ベル!」
悪気なんて一切持ってないと言わんばかりの声でベルにお礼を漏らす。
「いえいえ、これぐらいお安い頼みですね。クロスが居なくなった世界を想像すればいい話なんですから」
悪気を持っていることを隠すことなく鼻で笑い、クロスを見つめるベル。
「まだ結婚してないし、何よりもそんな設定で会話するのは止めてくれ。縁起でもない。本当に死んでたら、これがリアルだったんだぞ? な、アミ」
「そうですねー。でも、それだけカレンさんに心配をかけてしまったんだから仕方ないんじゃないんですか? あたしも心配しましたけど……」
その言葉にクロスは思わず詰まってしまう。
カレンにもアミにも心配をかけてしまったことは間違いない事実だったから。あの時、油断して気を抜かなければ、即死しない位置まで移動して、回避することが出来たかもしれなかった。が、あくまで『かも』の話であり、絶対ではない。可能性の話だったが、そんなことをカレンとアミ、ベルが聞くわけがないため、クロスの残された選択として正解の行動は――口を閉ざすことだった。
「でも、本当にレイくんがあれを買ってくれててよかったよね」
カレンはあの時のことを思い出したのか、安堵のため息を漏らす。
レイが炎竜との戦闘に備えて買った高額商品は実は天使の大粉塵だけではなかったのだ。
アイテム名:死者の生還。
いわゆる戦闘時に戦闘不能になった者を体力全開にさせて生き返らせるアイテムである。
一度炎竜と戦っていたことのあるレイが念のためを思って買っておいたものらしい。もちろん買う条件として、『パーティープレイ時、戦闘時にHPが尽きても戦闘が終了するまで死なない』ということを知っておかないといけない。レイがそのことを知っていたのかは分からないが、クロスとアミはそのことを知らなかったからこそ、あの時死ぬ覚悟をしたのだ。
それにあのタイミングで死者の生還を使用したとしても結構シビアであり、下手をすればクロスは死んでしまい、アイテムの無駄遣いをする可能性があったのは言うまでもない。それをレイとスレイが成功させたのだ。戦闘終了後、クロスたち四人が褒めまくったのは言うまでもないだろう。あまり褒められたことがなかったのか、レイとスレイはかなり照れまくっていたのだが……。
「そうだな。本当に助かったよ。それでレイたちは?」
クロスは周囲をキョロキョロト見回すが、真の立役者と呼べるレイの姿を探すがどこにもなかった。
今、クロスが離れていたのはカレンが、「レイと二人で話したい」と言ったからである。
その質問にカレンは首を横に振りながら、
「もう行っちゃったよ。やっぱりクロスくんと一緒にパーティーは組みたくないって」
ちょっとだけ寂しそうにそう言った。
「そっか。一緒に戦ったせいで寂しく感じるな」
「うん。でも、レイくんが決めたことだからさ。私たちがどうこう言えないよ」
「それもそうだな。っていうか、別に良かったんだぞ?」
「何が?」
「レイに付いて行っても」
「え? なんで?」
「いや、だってオレよりあいつの方が心配じゃん。危なかっし――いてて! なんだよ! アミ!」
肩に乗っているアミに頬を抓られたクロスは、カレンに言おうとしていた言葉を中断して、その小さな手もといアミの身体を掴んで引き離す。そして、顔の前に移動させて、アミを見る。
そこには不満やら怒りで満ちた表情をしているアミがいた。
「アホですか? いえ、間違えました、阿呆ですか?」
「だからアホの最後に『う』を付けんな。アホ以上のアホに聞こえ――」
「そう言いたいんですけど?」
「はぁ?」
「カレンさんの気持ちに気付いて、そんなことが言えるクロスさんって本当に最低です」
「……それ言うか?」
「当たり前です」
「おい、クロス」
アミとそんなやり取りしている最中にアミより上の位置から聞こえてきたベルの声に、クロスが視線を向けると、
「一回逝け」
そんな言葉と共に空中で身体を一回転して勢いをつけたベルのかかとがクロスの顔面にめり込んだ。




