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「ね、ねぇ……」
受け止めてくれたカレンはまだ少し震えた声でクロスに尋ねる。
その言葉に反応するようにクロスが顔を上げると、まだカレンの目は恐怖から溢れた涙で目は潤んでおり、ようやく口が開く程度には立ち直った状態だった。
そんなことは関係なしに、ベルかスレイが全員の体力を回復させる。
「なんで、クロスくんは……そんなに頑張れるの……? こ、怖くないの……?」
「ん、怖くない」
「――ッ!?」
「――って言ったらウソになる。怖いけど、頑張るしかないだろ。パーティーを組んで、せっかく生き残らせたいと思ってるメンバーが二人もいるんだから」
そう言いながら、クロスはカレンから離れるように立ち上がる。
反射的にカレンはクロスの腕を掴もうとするが、クロスはそれを払いのけた。
「ごめんな。本当は支えてやりたいけど。あっちがそんなことさせてくれる暇を与えてくれそうにないんだ。心配すんなよ、ちゃんと守ってやるから。それにあの告白の返事もしないといけないだろ? だから、今だけ許してくれ。カレンが言ってくれた『主人公』って立場を貫き通してやるから」
クロスは振り向くことなく、少しだけ早口でそう言うと炎竜に向かって駆け出す。
炎竜の攻撃は数発の火球を放つ攻撃。
それに気付いたクロスは、
「アミ! 双剣!」
「了解です! あっ!」
「なんか問題でもあったか?」
「いえ、さっきのカレンさんへの台詞臭かったです」
「誰が余計な一言を言えと言った!」
アミのツッコミに文句を言いつつも、すぐさま出現した双剣を手に取り、放たれた火球を自分へ直撃しそうな物だけではなく、カレンに当たりそうな物も遠慮なく真っ二つに斬り裂き始める。
自分がカレンのことをどう思っているのか、その答えは未だに出ないクロス。
しかし、現時点で分かっていることはカレン(レイも含めて)を守ってやりたい。生かしたい。
その気持ちだけはこの広間に入ってきた以上に増していた。
「アミ、絶対に勝つぞ」
「当たり前じゃないですか!」
「そうだったな」
無事に火球を斬り裂くことが出来たクロスは足に力を入れて、より一層スピードを加速させようとした時、炎竜は次の攻撃を準備していた。
それは空気弾。
どうやら、火球と空気弾はセット技に変化しているらしく、そのことに気付いたクロスは慌ててスピードを落として迎撃の準備をしようとしたら――。
「クロスくん! 危ないのはあたしとレイくんが撃ち落とすから、気にせず進んで!」
いつの間にか立ち直った、やる気で満ち溢れたカレンの声がクロスの耳に入る。
「カレンほど上手く行かくないけど任せとけよ!」
間髪入れず、レイの声もクロスの耳に入った。
二人のそんなフォローが少しだけ嬉しくなったクロスは、「くくっ」と笑いを溢しながら、
「レイ! ようやく気絶から復活かよ! 遅過ぎだろ!」
「うるせぇ! んなこと言ってると――」
「迎撃頼んだぞ!」
「――お、おう!」
クロスはスピードを落とすどころか、逆に加速させて炎竜に向かって突き進む。
防御も回避も考えてない。
二人――いや、カレンとレイ、アミ、ベル、スレイの五人の連携を信じて、炎竜の元へ向かって全力疾走した。
二人の言う通り、クロスへと放たれた空気弾はカレンの【ホーミングショット】とレイの【連射】で全て迎撃してくれる。
そのおかげで無傷で炎竜の元に辿り着いたクロスは、炎竜の胴体に向かってジャンプ。そして、MPを消費して【連撃】を繰り出す。片手剣の二倍の斬撃が炎竜に襲いかかるも、あと技一発分のHPを残すことになる。
――こうなることぐらい分かってたよ!
赤竜戦のことを思い出しながら床に着地したクロスは、すぐに炎竜の顔面に向かってジャンプしていた。
その理由は戦意復活と気絶から立ち直った二人を、炎竜が次の標的に選ぶと分かっていたからだ。
炎竜の横顔に辿り着いたクロスが見た光景は、クロスの想像通り二人に向かって火炎放射を放とうと口の中に炎を溜めている炎竜の姿。
『ここまで減らしたのはクロス、お前だろ! トドメは譲ってやるからやれ!』
そんなレイの激励。
『頑張って、クロスくん!』
必死に願うカレンの声。
『やれ、クロス!』
相変わらず偉そうなベルの言葉。
『やっちゃってください!』
もう倒せることが出来るからか、声のテンションが少しだけ上がっているスレイ。
間近で聞かせようと気の利かせたアミが出した電子画面から四人の声聞いたクロスは、心の中が少しだけ熱くなる感覚を感じながら、片方の剣を炎竜の左目に突き刺す。
炎竜も目を攻撃されたせいで、口に溜めていた炎を周囲にばら撒くように顔を振り始める。溜めている最中だったせいか、射程はあまり伸びず、カレンとレイの元までは届かない。
が、近くに居たクロスはその炎に何度か飲み込まれてしまう。
そして、HPをオレンジまで減らしながら地面に落下しながら小さく呟く。
「弾けろ、それで全部終わりだ」
その言葉を待っていたかのように、左目に刺さった剣が隙間から光を漏らして、バァン!! と炸裂した。
クロスが炎竜の最後に放った技の名――【ヘリカル・ブレイク】。手甲ではなく双剣で放ったため、技名が少し変化したものである。効果は変わらないが、内部から炸裂したため、鈍い音を立てたのだ。
HPが尽きた炎竜は顔面を最後の最後で攻撃されたせいか、最期の咆哮を上げることなく、その場にズズーン! と倒れ込んだ。
そして、クロスも地面に落下した。
今までのように受け身なんて取らず、そのまま背中から。
「お疲れ様でした。これで――」
赤竜を倒した時と同じように声をかけてくれるアミの言葉が途中で途切れる。そして、漏れる絶望的な声。
「な、なんで? なんで!? なんでなんでなんでなんで……!!」
そんな言葉を聞いたことがないクロスは慌てて閉じていた目を開ける。
クロスの目の中に入ってきたのは先ほど倒したはずの炎竜の姿。先ほどと違い、炎が身体を纏っているというより、炎に飲み込まれている状態で宙に浮いていた。
慌ててHPを確認するも1ドットも残っていない。
完全に0の状態。
「こ、こんな……こんなの勝てるわけないじゃないですか! なんですか、これ! く、クロスさん! 逃げて! 起きて、逃げてください! 回復させても無理なんですよ! 食らったら、HPが一瞬で尽きてしまうんです! お願いします! 立ってください! 立って、移動してください!!」
胸の上に移動してきたアミがそんな今まで聞いたことのない悲痛な声を出しながら、クロスを叩き始める。
その声に応えなきゃいけない。
分かっていたにも関わらず、倒した時に生まれた安心感が尽きかけていた気力を完全に食い尽くしていたせいで、クロスは起き上がることが出来なかった。何よりも身体に力が入らない。
出来るのは唯一、声をかけることだけ。
「カレン! レイ! 来んな! レイ、頼むから絶対にカレンを止めろ! 好きなんだろ! 死なせるようなことすんなよ! いいな!?」
見なくても分かるカレンとレイの行動。
もう駄目だと悟ったクロスに出来ることは、二人が巻き添えを食らわないように制止の言葉をかけることだった。
せめて、二人は生きてほしい。
それだけを願って、クロスは炎竜の姿を見つめる。
「アミ、ごめんな。今までサンキュー……」
落下してくる直前、クロスは気合を振り絞って右手を動かす。そして、モンスターのダメージを食らうはずのないアミを守ろうと包む。
その瞬間、炎に飲み込まれた炎竜――隕石がクロスに向かって落下。
クロスはそれに抗うことなく、その隕石に飲み込まれる。




