(3)
「な、な、な……何、勝手に操作してくれてんですか――――ッ!!」
発狂してしまったかのように怒鳴りつける妖精。
さっきまでの真人の様子を伺っていた様子とは打って変わり、ガチャガチャと電子キーボードを打ち始める。傍から見れば、適当に電子キーボードを叩いているように見えるが、表情は大真面目。この世の終わり。そう言ってもおかしくないぐらいの動かし方をしていた。
――な、なんだよ。この罪悪感は……。
自分の意志で選択したにも関わらず、妖精の反応を見ていると真人の中に何とも言い難い罪悪感が生まれてしまう。
時間にして一分ほどだったが、妖精の手は止まる。未だに何も言わない。そのまま、無言で両手を振り上げ――電子キーボードの上に叩き落とす。ガチャン! と鳴り響くキーボード特有のプラスチック音が部屋に鳴り響く。本物のキーボードなら、ボタンの何かが吹っ飛んだかも知れないほどの音だった。
「や、やっぱり……無理だった……」
鼻を鳴らし、妖精は悲しげな表情を作る。が、キッと真人に顔を向けると怒りを隠すことなく睨み付けた。
こんな展開になると思っていなかった真人は、ようやく話しかけるタイミングを得ることが出来たことに気付き、火に油を注がないように気を付けながら話しかける。
「い、いったいどうしたんだよ? き、君からすれば良い話だろ? せっかく、協力してやるって話なんだし」
「――そういう問題じゃないんですよ! 確かに報酬の話はしましたよ!? でも、問題はそこじゃないんです!」
「え、まだ何かあったのか?」
「当たり前じゃないですか! メリットばっかりでこの世界で生き残れると思ってたんですか! んな、甘い話はどこにもないんですよ! 報酬がかなり良いだけ、それなりのデメリットが存在してたんです!」
「で、デメリットたってゲームの中だろ? そんな大事なことが起きるわけ――」
「その大事がデメリットに含まれてるんですけどねー。改めてご報告させて頂きます。黒城真人さん、契約成立ありがとうございます。『無事にこの世界で生き残り』、誰よりも先にクリア出来れば報酬ゲット出来ます。『この世界で死んでしまったら、全てが終わりなので、ちゃんと死なないように頑張ってくださいね!』」
妖精の言葉には感情は籠っていなかった。ヤケクソと棒読みが混ざった今までにない言い方で、デメリットの意味を分からせるように、『死なないこと』を強調。
さすがの真人も妖精の言い方にデメリットの意味に気付く。いや、気付かされてしまう。
「おいおい、そんな冗談止せよ。ここはゲームの世界だぞ? なんかオレだけVRMMORPGみたいになってるけどさ。死んだところでセーブポイントに戻るだけだろ? そんな深刻に話すなよ。な?」
その言葉を信じたくない一心で、この場に流れた気まずい空気を振り払うように笑い飛ばす。
しかし、妖精は笑わない。
無表情のまま、真人を見据えながら窓を指差す。
「どうぞ、その身を持って確かめてください。運が悪かったら死ぬかもですけど大丈夫ですよ、たぶん。嘘だと信じたいならどうぞ。あ、『I can fly』とか言いながら飛び降りたら、かっこいいかもしれませんね」
「……ネタにもならないよな」
「じゃあ、あたしが笑ってあげます。空笑いですけど」
「いや、そういうことじゃない。嘘って言ってくれ」
「あたしの雰囲気から分かりませんか?」
妖精は冷たい言葉を投げつけるだけだった。
次第に引きつり始める頬。
心臓を締め付けるように恐怖が真人をまとわりつき始めた。
――じ、冗談じゃない……のか?
真人は空笑いを溢す。
そして、ダラダラと気持ち悪い汗――冷や汗が全身を占領し始める。
しかし、妖精は真顔のままだった。ずっと指を窓に刺したまま、冷たい視線で真人を突き刺し続けた結果――真人も吠えた!
「そういうことは先に言えよ―――――――――ッ! なんとかしろ―――――――ッ!!」
「ッ! さっきのあたしの様子を見て分かりませんかッ!? 必死にこれをガチャガチャと叩いてたじゃないですか! 結果、無理だったんですよ! 何、目先の金に目を奪われてるんですか! バカですか! アホですか! いえ、言い間違えました! 阿呆ですか!」
「アホに『う』を付け加えんな! アホを漢字変換しただけだけど、なんかアホ以上のアホに感じるだろうがッ!」
「それぐらいの阿呆って言いたいんですよ! 人の話は聞いてくださいよ! っていうか、こういう重要なことはちゃんと最後まで聞くべきです!」
「うるせーよ! 自宅警備員の金の執着力を舐めんな!」
「そんなのあたしの知ったことじゃないんです! あたしの人を見る目がなかったみたいになってるじゃないですか!」
「なっ! オレをダメ人間みたいに言うな!」
「ダメ人間じゃないですか! 金の亡者じゃないですか! どこらへんをどう見たら、まともな人間に見えるんですか!?」
「うぐぐ……」
妖精の言葉に真人は言葉が詰まってしまう。
妖精の言う通り、勝手にボタンを押してしまった結果が現在の状況。妖精が悪いことなど何もないのだ。それが分かっていたとしても気持ちの整理がつかない真人はイライラしたと様子でベッドに戻ると寝転がる。
妖精の方は身体が小さい影響なのか、今のやりとりでハァハァと息を乱していた。
しばらくすると妖精の方から聞こえる小さな嗚咽。
――泣いてる……のか?
その嗚咽はとても小さく、真人に聞かせたくないように我慢しているようにも聞こえた。それを確かめるように要請に気付かれないように身体を起こす真人。
妖精の姿を見ると、そこには両手で顔を拭う妖精の姿があった。口を必死に閉じ、止めどなく溢れる涙を必死に止めようと、何度も何度も両手を往復させる。が、涙は妖精の中に生まれた後悔の量や自分の役立たずさを表現するように止まる気配は一切なかった。
妖精の様子を見た真人の中にも罪悪感が生まれてしまう。
こんなにも妖精が自分の身を想ってくれているとは思っていなかった。なのに、自分の欲望をぶつけるように発してしまった酷い言葉に後悔の念が生まれてしまう。
――オレの責任だから、泣き止むまで待つなんて出来るわけがないか……。
その後悔を拭うべく、スッとベッドから立ち上がると真人は妖精に近づく。
音で気付いたのか、妖精は慌てて真人に背中を向ける。
「こ、こっちに来ないでください! この阿呆!」
「さっきまでの礼儀はどこ行ったんだよ。つか、声漏れてるからな」
「うるさいです。バカな人間をこの世界に閉じ込めることに成功した嬉し泣きですよ」
「最悪な妖精だな」
「十分です」
「……悪かったよ。だから泣き止めって」
真人は妖精の頭の上に人差し指を乗せ、ゆっくりと左右に振って頭を撫で始めた。
ビクッと妖精は身体を振るわせた後、真人の方を振り向く。そして、潤んだ目で真人を見つめ、
「ご、ごめん……なひゃい……。あ、あたし……ッ!」
「悪いのはオレだ。だから――っておい!」
真人の胸あたりに飛びつく妖精。
そして、悲しみを我慢することなく外にいる人たちにも聞こえそうなほどの大声で泣き始める。
身体の大きさの都合上、行動として真人は何もしてあげられることはなかった。唯一出来たのは、泣きながら漏らす謝罪らしき言葉に、「うんうん」と頷き、泣き止むのを待つことだけだった。