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五人の叫びが聞こえていたにも関わらず、クロスは身体に舞い落ちている破片などを落としながら立ち上がる。何事もなかったように立ち上がれたのは、痛覚軟化システムが働いたおかげだった。
そして、未だに何か言っているベルとスレイの電子画面を上にスライドさせることで、電子画面を消去。
残された画面に移されたアミがムスッと拗ねた様子で、
『クロスさん、みんなに心配かける行為をしちゃ駄目じゃないですか!』
文句を言いつつもハイHP薬とMP薬の錠剤タイプをクロスの目の前に出現させる。
クロスはそれを手で掴み、口の中に投げ込むと一瞬にしてHPとMPが全回復する。
ゲームとしてのHP薬やMP薬の表示は小瓶扱いになっているが、VR化した人間はサポート妖精に頼めば、錠剤にも形を変えてくれることが出来るようになっている。クロスが錠剤にしてもらっている理由は、いつものぼっちプレイの時に無駄な飲む行為のせいで隙を生みたくなかったからだった。
「悪いな、ちょっと今までの自分に戻るために必要だったんだよ。けど、もう大丈夫だ。このダメージを受ける感覚。最高だな」
『はい? なんでいきなりドM発言してるんですか?』
「そういう意味じゃねーよ! なんでそうなった!」
『思いっきりそう言う発言してましたからね! 勘違いされるような発言でした! って、それはどうでもいいんですよ! 本当にもう大丈夫なんですか!』
「大丈夫だって。とりあえず解析が終わるまでの間、オレの回復アイテムを出す妖精を――」
『それなら大丈夫です! スレイさんに頼みましたから!』
『はい、頼まれました! 避けるサポートは出来ませんが、それぐらいならお任せください!』
再びスレイが映された画面が現れ、「よろしく」と言うように頭を下げる。
「ん、よろしくな」
『はい、本当は避けるサポートもしたかったんですが、同時になると……』
「無理しなくていいから、オレがダメージを食らって危ないと思ったら出してくれたんでいさ」
『心遣いありがとうございます』
「じゃ、話はこれまでだ。二人ともやるぞ!」
カレンへの攻撃がちょうど終わり、標的がレイへと変わったタイミングでクロスはアミとスレイにそう言った。
二人とも「はい」と返事が返ってくる。
その声が聞き終わった後、クロスはレイに向かって叫ぶ。
「レイ! オレは尻尾の方で攻撃するから、前の方頼んだぞ!」
「ちょっ、おい! 何、自分だけ良い場所に向かって――」
「訳ありなんだよ!」
「あー、もう! 分かったよ! って、こっちは呑気そうに話してる場合じゃないんだよ!」
レイに向かって放たれる左足の振り下ろしに対して、レイは再びMPを消費し、今度は【ガード・スラッシュ】を発動。
大剣を斜めに構えることで防御の体勢になったレイに向かって、容赦なく炎竜の左足が振り下ろされるも、技の効果により炎竜が一時的に仰け反る。
「今の内だ、行け!」
「サンキュー!」
クロスはそう返し、尻尾の方へ向かいながら、両手に持っている銃で炎竜の胴体にビームを撃ち込んでいく。銃弾系と違い、引き金を引いている間はずっとビームは連射され続ける仕組みを利用し、クロスは引き金を離すことはなかった。
尻尾の方へ移動し終わったその時、クロスはザワッとした何とも言えないものを感じる。
それは赤竜の時にも感じたことのある違和感。
――不意打ち気味の一撃をする気か!
その違和感の正体を知っているクロスはそう判断した。
そして、自らの位置から一番近い部位――ほぼ真上に上がっている尻尾を見つめていると、いきなりクロスへと向かい、軌道修正され振り落とされる。
「クロス、尻尾が来るぞ!」
前足の方からクロスの様子を伺っていたレイの注意がクロスに向かって飛ばされる。
クロスはレイの返事に答えることはなかった。
答えるよりも回避することに全神経を集中させていたからだ。
「ちっ!」
しかし、クロスは舌打ちを打って悔しがる。
それは炎竜の振り下ろし攻撃から生まれる風圧を避けることが出来なかったからである。
クロスはその風圧のダメージと床に直撃した尻尾から生まれた振動のせいでバランスを崩していると、なぜか側面からやって来た尻尾にクロスは吹っ飛ばされる。
――なっ、に、二連撃!?
完全に予想外の攻撃にクロスは吹っ飛ばされ、地面を何度かバウンドした後、ゴロゴロと転がる。そして、最終的にカレンがいる場所まで引き戻される結果となった。
その光景にアミを除く全員が驚愕し、動きが完全に止まってしまう。
「く、クロスくん!」
さすがにあんな痛覚軟化システムがあるといえ、まだ地面に突っ伏しているクロスのことが心配になったのか、カレンが近寄ろうと右足を踏み出そうとした時、
「駄目です! 今、カレン様がクロスに寄ったら巻き添えの攻撃を食らってしまう! だから、反対に移動してください!」
入口近くに居たベルがカレンの目の前にまでやって来て、直接引き止める。
カレンはビクッとし、悔しそうな表情を浮かべながら、ベルの言われた通りに身体を反対側へと走り出す。
カレンとベルがそんなやり取りをしている間に、クロスはスレイから引き渡されたハイHP薬を二個ほど飲むことで体力を全力まで回復させていた。
「クソッ! この派生武器使っても避けれないってことはかなりキツいな。いや、二連撃ってのが予想外だったんだが……」
クロスは起き上がりながら、自分が持っている二丁の銃を見つめる。
現在、使用している派生武器は武器の名前ではなく、体術の名前が使われている派生武器――『ガン=カタ』と呼ばれるもの。
本来、銃は遠距離から攻撃するものだが、こちらは超近距離で行われる銃と体術を混ぜ合わせた架空の武術である。つまり、遠近両用の派生武器。
そのため、VR化した人間が使った場合、回避力と探知・索敵スキルを上げていれば、相手の懐の中で攻撃しながら、相手の攻撃を躱すことが簡単に出来る便利な派生武器となっている。
しかし、その便利さが反比例するように、大変なことが二つあった。
それは今までは二つだけレベルを上げていれば良かった武器が、三つに増えるということ。さらにそのレベルが今までの武器使用レベルより上になっているということだった。
この派生武器を使いたいという気持ちで鍛えるのならばまだしも、興味本位でここまで上げる人間はいない。それはこのゲーム自体がパーティ推奨している時点で、レイとカレンのようにパーティを組むと近距離と遠距離に分かれるからだ。
それ以前にボスが倒しにくいせいで、ここまで武器のレベルを上げる前に飽きる人間が多いせいもある。
アミがサポート出来ない時点で、この派生武器を使うという選択肢は間違っていないという自信があったクロスにとって、少なからずショックを受けてしまう出来事だった。




