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広間に全員が入ると、背中を向けていた炎竜が侵入を感知して、身体をクロスたちの方へ向ける。ドスンドスン! と全体重を先へ進ませる前足に乗せ、雰囲気で怯えさせるように進んでくる。
レイとカレンは先ほどの恐怖が蘇っているらしく、足が竦み、その場で棒立ちのようになってしまっていた。
そのことに気付いたクロスが二人の間を割って入り、そのまま一人だけ前に進む。
雰囲気からやってくる恐怖が二人と違って怖いわけではなかった。本音を言ってしまえば怖かったが、今はそんなことを言っている場合ではない。この時点で心が負けてしまっていれば勝てるはずがないという想いで進んでいるだけだった。
クロスが前に進んでいると、
「お前に負けて……た、まるかよッ!」
そんな風に自分を鼓舞して小走りでレイがクロスの横へと並ぶ。
その言葉に対する返事をクロスはせず、無視して前に進んでいく。
「うー、あー、もう! 私の馬鹿ッ!」
それに倣い、カレンも自らの頬を両手でパン! と一回叩き、二人の元へ走る。しかし、カレンは二人の横には並ばず、二歩ほど後ろ。それは遠距離からの攻撃であることを理解しての位置だった。
アミたちはというと、入口で待機しており、すでに目の前にそれぞれに電子キーボードと電子画面を出現させて準備を整えていた。
そして、クロスたちが炎竜の攻撃対象範囲のことを知らしめるように、
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
咆哮だけでこの広間を破壊しかねないほどの威力の音が三人を襲う。
三人は反射的に耳を塞ぎながら、咆哮で生まれた風圧に耐える。
「う、うるせーな!」
その咆哮にクロスは少しだけイラついた表情をして怒鳴り返す。
しかし、炎竜に対して効果は一切ない。
「クソッ! レイ、標的は最初お前に行くから、逃げるかカウンター技を狙うか考えとけよ。カレン、オレたちは離れるぞ! その後のことは分かってるな!」
「うん! クロスくんも気を付けてね!」
クロスは二人に指示を出した後、カレンに言ったようにレイの近くから素早く左方向へと離れる。
カレンもまたクロスの指示に従い、その場から後ろに向かって五歩ほどバックステップをして大きく距離を取った。
レイはすでに戦闘に炎竜からの攻撃に集中しているのか、クロスの指示に反抗する態度は見せず、右方向へとステップした後、背中に携えている大剣を掴むと地面に先端を突き刺す。そして発動したのは、クロスがレイにトドメを差した時に使った周囲を爆発させて攻撃と防御を同時に行う技――【バースト・ウォール】。
そこまで準備が整った時、炎竜の尻尾による横薙ぎの攻撃がレイへと襲いかかる。
偶然にも尻尾が振られる初動の動きが、クロスが居る側とは反対側の動きだったため、
「アミ、双剣にチェンジだ!」
片手剣の武器チェンジの指示を出し、攻撃に移ることにした。
双剣は片手剣と手甲の派生武器である。双剣としてのメリットは片手剣のスピードを維持したまま、攻撃力と手数が増えることなのだが、デメリットの方が実は多い。そのデメリットとは、片手剣で使えていた盾が剣に変更されてしまったせいで防御が取れないこと、打撃武器に分類されていた手甲の技などが斬撃系技に変更されてしまったせいでスタンを狙えないということである。が、普通にプレイするならば、見た目や攻撃力や手数の多さから人気の武器の一つだったりする。
VR化した人間で双剣が人気なのかはクロスにも分からない。
分からないが、クロスのように防御力よりも回避力の方を上げているタイプにはかなり使える武器であることは間違いなかった。
クロスは左腕に身に付けていた盾がいきなり消え、急に背中に加わる重みを感じて、両手を肩口に回すと肩から突き出た柄を掴み、それを抜刀。
――珍しいな、アミが返事もなしに武器を変えるなんて。
今までは武器の交換する時は「はい」や「了解」などの一言があったはずなのだが、そのことが一切なかったため、ちょっとだけ驚いてしまう。しかし、そんなことで驚いている余裕はなかった。
そんなことよりも少しでもダメージを与えたかったからだ。
クロスが炎竜の胴体に近づくと技は使わずに通常の斬撃を一回――左右の剣で一回ずつ攻撃したタイミングでドゴォン! という炸裂音が聞こえる。
――この音はレイの技の成功音だな。
それを把握して、クロスはバックステップをして距離を取った。
本来効率良く攻撃するのならば、技を使った方がいいのは間違いない。しかし、今回クロスが通常の斬撃で終わらせたのは、次にクロスとカレンのどちらにターゲットが向くか分からないせいだった。何が次のターゲットとして選ばれるのか、その仕組みが分からない以上、無理が出来なかったのである。
その時、左端に電子画面が現れ、
『次のターゲットはクロスさんです』
と、アミの知らせが入ると同時に、
「クロスくんみたいだよ!」
カレンからの注意を勧告する言葉が耳に入る。
クロスは返事をすることなく、躱すことに全集中力を傾けて、炎竜の身体の動きを見落とさないように見つめた。
そして上がる炎竜の右足。
――踏みつけ攻撃か!
その動作から自分に行われる攻撃を判断したクロスは、赤竜の火炎放射を躱した時と同じように右足に全体重を乗せて、床に叩き落とす。ベキッ! とあの時以上に床の音が割れる音を耳にして、自分も無駄に緊張していることを感じつつ、炎竜の右足が落とされるタイミングを計る。そして、振り下ろされる瞬間にその反動を解放して、右方向に飛ぶ。
本来ならば攻撃判定距離外に到達すれば、クロスはその場で踏み止まり、攻撃に移る予定だった。
しかし、その予定は大幅にずれてしまう。
足の範囲だけではなく、足を踏み下ろす際に生まれる空気圧の範囲のせいで、クロスは踏み止まるのではなく、その場から飛び転がるような形で回避を取ることとなった。
もちろん、それを知らせたのはアミである。
「あ、危ねーッ! なんていう攻撃範囲だよ! 中ボスなんて、そこらへんの雑魚をちょっと強くした程度にしか思えなくなるな。アミ、サンキュー! 助かった!」
クロスは額を腕で拭いながら愚痴った後、アミに声だけでお礼を述べる。
依然としてアミからのお礼の言葉が来ることはなかった。
その代わりに、
「しっかりしろ、クロス!」
今の危なっかしげな回避を見ていたのか、レイの少しだけ苛立った声がクロスの耳に入る。
「お前と違って、初めての戦闘なんだから大目に見やがれ!」
そう反論すると、
「クロスくん、次からは気を付けてねー!」
カレンからも注意の言葉が届く。
それに対してもクロスは即座に、
「次はカレンだろうがッ! オレの心配をするより自分の心配をしろよ!」
順番的にターゲットになるカレンにそう反論して、炎竜に向かって走り出す。




