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『DRAGON SLAYER』。別名、『ドラスレ』や『竜退治』などと呼ばれるMMORPG。タイトルや別名で分かるように、ボスとして設定された竜を倒すことが目的のゲームである。竜がボスとして存在するが、他にも定番のモンスターなどが出ているため、竜だけの世界のゲームではない。だから、それなりに楽しめるはずだった。
しかし、このゲームはある問題が二つ起きてしまう。
その問題とは、モンスターの強さの設定ミスと製作者の重要な部分を作った人の死である。
このゲームのモンスターは他のMMORPGと同じく雑魚モンスターはぼっちプレイヤーでも無傷で勝てるほどの設定がしてあるのだが、中ボスとボスの設定が鬼畜設定されているのだ。ぼっちプレイヤーは勝てないことは当たり前として考えたとしても、パーティを作って挑んだとしても大幅な確率で負けてしまうのである。それだけ受けるダメージが鬼畜仕様になっているのだ。そのせいで不満が溢れ、結果的に設定を変えるアップデートが行われるはずだった。が、それがある事情で出来なくなってしまった。
それが二つ目の製作者の死である。
相当頭が良かった人らしく、このゲームそのものを一人で作り上げた人と言ってもいい程の人物だったらしい。その人が心臓麻痺を起して亡くなってしまい、システムの改善が途中で止まってしまったのだ。それだけならまだ他人がやれば良い話だった。が、それも出来ない事態が起きてしまう。それがゲームのシステムを変えるために必要なパスワードである。ハッキングなどの被害が起きないように高度なパスワードで保護されていたらしいのだが、それを記録してあった機械の所在が分からなくなり、誰も弄れなくなってしまった。そのためアップデートされることも、ゲームのそのものを終わらせることが出来なくなってしまい、制作チームが何とかしようと日々奮闘しているらしい。
そんな呪いとも取れる不幸なゲームとして、本来とは違う形で有名になってしまったゲームなのだ。
◆◆◆
そのことをニュースやネットから知っていた真人は絶句してしまう。
まだ他のゲームならまだしも、そんな曰くつきのゲームに召還されるとは思っても見なかったからだ。いや、召還されたとしても他のゲームが良かったというのが本音である。
「な、なんでオレが選ばれたんだ? 他の奴でも良かっただろ?」
真人は妖精に上ずった声で尋ねる。
「いえ、真人さんじゃないと駄目なんです。このゲームをクリア出来るという確信をラクシム様が感じたらしいので……」
「らく……しむ……? 誰だ、それ?」
「説明は難しいのですが、役職として『ゲームの神様』ですね。このゲームのように恵まれないゲームたちを導き、その中に存在するモンスターたちを成仏させるのがお仕事らしいですよ。あたしは見たことないですけど」
「げ、ゲームの神様っておい……」
「あっ、何ですか、その顔は!」
妖精の言う通り、真人は疑いの眼差しで妖精を見つめていた。というよりも、妖精が「見たことがない」と言っている時点で胡散臭さが漂い、何を信じればいいのか分からなくなってしまっていた。
それをプンプンと怒る妖精が少しだけ可愛いなって思ってしまったのは別の話。
「わ、悪い。と、とにかく話を進めよう。このゲームの世界に呼ばれたってことは、何かをクリアしないと現実世界に帰れないってことでいいんだよな?」
「いえ、帰れますよ? まだ契約してませんから」
「へ?」
こうやって召喚された場合によくある『拒否権なし』のことを考えていた真人は、妖精の一言に一瞬思考がフリーズ。間抜けな返事を思わず返してしまう。
「まだこの世界に呼んだだけですから問題なく帰れます。やる気がない人を強制的にゲームに参加させても上手くいかないでしょうから」
「なるほどな。じゃあ帰る」
「参加してクリアしてもらった人には報酬が出るんですけど……その内容を聞くだけ聞きませんか?」
「報酬、ねー」
妖精のその発言に、真人は疑いの視線を向ける。
――報酬で釣る作戦か?
真人が思いついたのはこのことだった。
小説やアニメではこのパターンはよくあり、事実報酬に釣られて、自分から地獄に足を踏み入れてしまう人種がいる。そうやって踏み入れた人種は主人公とエキストラに分かれ、エキストラの人種は大概死んでしまう。
真人は自分が主人公タイプではないことは自覚しているため、そんな報酬ごときで釣られるわけがなかった。
だが、目の前にいる妖精は聞いてほしそうな上目遣いで見つめてくるため、
「分かったよ、聞くだけだぞ。絶対に気持ちは変わらないから」
と、期待させるようなことはさせないように釘を刺して了承。
妖精は元気良く「はい!」と返事をした後、自らの手元に電子キーボードを出現させ、カタカタと打ち始める。ターン! と軽快にエンターキーを叩くと真人の目の前にヴォンと音を立てて、画面が現れる。
画面の中には〈契約しますか? 『はい』『いいえ』〉と書かれた文章が表示され、本当に強制ではないことを知らせる内容が書かれてあった。
「もし納得したら押してくださいね。これで強制じゃないことは分かりますよね? 物分かりがものすごくいいみたいですから」
「物分かりじゃなくて、先験者による知識の賜物だよ。うん、それだけのことだ」
「はぁ……」
真人の言っている意味の分からない妖精は困ったように笑った後、報酬について説明をし始める。
「えーと、報酬に関してですが、『宝くじを買った時に一度だけ一等を手に入れることが出来る』らしいですね。つまり、タイミングによってはかなりお金が手に入れることが出来ます。現実世界の最高金額だと……158億ですかね。アメリカになりますが……って、あっ!」
説明が終わる前に真人は『はい』のボタンを押していた。
金に目が眩んだ。
大金が欲しかった。
働かなくても余裕を持って過ごせる。
他人からすれば不純な動機だろうが、自宅警備員である真人からすれば十分な動機だった。
そして、後戻り出来ないことを知らせるかのように、「ピー!」と電子音が鳴り、画面には一人の戦士の画像が表示される。