(9)
「それで、これからレイくんはどうするの?」
カレンはおもむろにレイにそう尋ねる。
先ほどの戦闘により炎竜の強さは知っており、現時点では敵わないということはこの場にいる三人はすぐに分かっていること。だからこそ、無謀にももう一回戦いに挑むということは選ばないと思っていたのだが、
「俺はもう一回、あいつに挑みに行く。これ以上、ここで時間をかけていられないからな」
その予想を裏切るように何かの決意を込めたようにそう言った。
――やっぱりそう言うと思った。
クロスはレイが挑みそうなのはなんとなく分かっていた。確信なんてものはなく、ただの直感。
カレンはその予想が出来ていなかったらしく、レイの両肩を掴むと揺らし始める。
「あんなに強いんだよ! なんで、そんな無謀なことしようとするの!?」
「む、無謀も何も今言ったようにここで時間をかけてる場合じゃないって考えたんだよ!」
「どういうことか、ちゃんと教えてよ!」
「だから、このゲームをクリアする条件って、『現存するボスを全部倒す』だろ? もしかしたら隠しボスがいるかもしれないって考えると、ここでのんびりしてるわけにはいかないってことだよ!」
「それは分からないわけじゃないけど、ここで無謀に戦って負けたら死ぬってことなんだよ!? ちゃんとそのことを理解してるの!?」
「理解してるって! けど、俺は負けっぱなしで引くのは嫌なんだよ!」
「なんで! ここで! 負けず嫌いを発動してるの! そんなことを言ってる場合じゃないでしょ! ね、クロスくん! クロスくんも何か言ってやってよ」
カレンはクロスへ顔だけを振り返えらせて、「一緒に止めて」という目でクロスを見た。
しかし、クロスはそれを首に横に振る。
「え? な、なんで? レイくんを見殺しにするって言うの!?」
レイを突き飛ばすようにして離すと、今度はクロスに詰め寄り、睨み付ける。
「返答によっては許さないから」
「止めはしないってことだよ。止めないけど、このタイミングを利用してオレもその戦闘に参加させてもらうってことだ。それなら死なない確率はかなり上がるだろ?」
「…………え?」
「なんだよ? オレも行くんだから止める必要なんてないってこと。それにレイがそう言いそうなのは性格から考えても分かってたしな。だから、この際だから炎竜を倒しに行く。カレンはどうする?」
「……参加する」
「じゃあ、止めないでいいよな」
「うん、そうだね」
「問題解決っと。じゃあ、しばらくの間よろしくな、レイ。アミ、パーティの申請よろしく」
クロスは地面に座り込んでいるレイに向かって手を上げて挨拶した後、アミに向かって頷く。
それに応えるようにアミが頷くと、電子キーボードを出現させて、パーティ申請をスレイに送信する準備をし始める。
レイはレイで、クロスが付いてくると思っていなかったらしく、ポカーンとしていた。しかし、反射的にクロスの挨拶に反応して腕を上げて応える。
それを見たスレイが許可の承諾を出したと思い、アミからパーティ申請を許可。
レイの目の前にそれを知らせる画面が表示された時、改めて状況が読み込めたらしく、今度はレイがクロスへと詰め寄る。
「おい、いったいどういうつもりだよ! 俺はお前に迷惑をかけるつもりは――」
「しっ!」
クロスはその詰め寄りに対して、後ろにバックしながら自分の口元に指を当てて静かにするようにレイに促す。
そうする意味があることを気付いたらしく、レイが小声で尋ねる。
「どういうつもりなんだよ?」
「あのままカレンに邪魔されるよりはいいって考えたんだよ。カレンの奴、ああなったら力づくでも止めにかかったと思うぞ」
「力づくって?」
「下手したら決闘。そうなったら、惚れた弱みで負けに走る可能性あるだろ?」
「……あるかも」
「それを考えたら、オレたちも参加した方が楽だろ。それに、オレたちと一緒に戦ったら勝つ可能性があるんだ。リベンジするには悪い話じゃない」
「言われてみれば……」
「それを考えないからガキだって言われるんだよ。オレたちを利用するつもりでこの話はのれ」
「ガキって言うな! だいたいクロスは何才なんだよ!」
「二十歳ですけど何か?」
「……カレンより下じゃん」
「お前よりは上だ。十五歳」
「分かった。今だけ言うことを聞いといてやる」
「よし、話は決まりだな。つか、カレンが怪しんでるから、さっさと離れろ」
レイは背中越しなのでカレンの様子は見えないが、クロスからはばっちりその様子が見えているため、そのことに気付いたのだ。
もちろん怪しんでいる理由は今まで違い、大声でレイが話していないことが原因である。
そのことを確認するために、カレンの方を見たレイが小声のまま、
「どうするんだよ!」
質問してきたので、とっさに思いついた考えを話すクロス。
「リーダー争奪戦にするぞ」
「はあ?」
「だからパーティのリーダーを誰にするか、でこっそり揉めてたことにするんだよ。カレンのことだからオレをリーダーにしたいって言い出す可能性が高い。それを悟られないように、小声で話してたってことにするんだ。いいな」
「……分かった。それに乗る。リーダーはオレでいいんだろ?」
「おう。オレ、興味ないからな」
「よし。じゃあそういうことで」
レイはそれだけ言い残し、素早くクロスから離れる。そして、少しだけ満足したような歩き方でスレイの方へ近付いていく。
それを横目で見ながら、今度はカレンがクロスへと近付く。
「何、話してたの?」
クロスの考えた通りの質問がカレンから発される。
「ん、リーダーをどっちにするかだよ。二人ならまだしも三人なら統率力が大事になってくると思うし」
「ふーん、そうなんだ。それでどっちになったの?」
「レイ」
「なんか不安だなー」
「まー、そう言うなよ。大丈夫だって」
「んー、分かったー」
「クロス、カレン、早く準備しろよ。炎竜相手にアイテムがたくさんいるのは分かってるんだから、課金してでも買えよな!」
リーダーになったということで調子に乗っているらしく、レイの命令が二人に向けられる。
「はいはい」
「はーい」
クロスとカレンはそう返事を返しつつ、二人は自分の妖精の元へと歩き始める。
その時、小声で、
「誤魔化してるみたいだけど、ちゃんと気付いてるからね。レイくんをリーダーにして、後で痛い目を見ても知らないんだから」
そうカレンは言い残し、駆け足で去っていく。
まさか気付かれているとは思ってもいなかったクロスの背筋に寒気がゾゾッと走る。
――こ、怖い。
そんなことを思い思いながらアミの元へと近寄ると、
「どうしたんですか? なんか『隠し事はもう無理かも』みたいな顔してますけど?」
アミが不思議そうに尋ねてきたため、
「気のせいだ。うん、気のせいさ」
そう言うことしかクロスには出来なかった。




