(6)
「あ、あり……が、と……う」
クロスが何発の蹴りを入れた分からないほど経った後、レイはようやくその言葉を発した。
その言葉を聞けたクロスは蹴りを加えることを止めて、アミを見る。
「アミ、お前たちの名前って変更出来ないのか?」
「え? はい。一回付けたら変更出来ない仕様になってます」
「そうか……」
「あ、あの、いったいどうしたんですか? いきなり、そんなことを聞いて」
「別にアミの名前を変えたいわけじゃない。変えたいのはスレイの名前だ。意味が分かるよな、レイ」
スレイをチラっと見た後、まだ丸まっているレイを見るクロス。
レイはその言葉に身体をビクッと震わせると、そのままガタガタと震え始める。
当の本人であるスレイに至っては首を傾げ、なんで名前を変えさせようとしているのか、その意味が分かっていないみたいだった。
「クロスくん、それって昨日言ってたこと?」
カレンは昨日のことをしっかり覚えていたらしく、そうクロスへと尋ねる。
クロスは首を縦に振り、
「悪い。まずはカレンに謝らないといけないことがある」
「え?」
「名前の意味は昨日の時点で確信が持ててた。けど、それを言ったらカレンが怒って、ケンカを売りそうな気がしたから言えなかったんだ」
「……そう、なんだ。気を使ってくれなくても良かったのに……」
「オレより数倍カレンは優しいからな。だから言えなかったんだよ。ごめん」
「ううん、いいよ。それで名前の意味って何?」
「それはな――」
「や、やめろ。言うなッ!」
レイが突如として起き上がり、そのことを言ってほしくないようにクロスに飛びかかる。
不意打ちに近い突進だったが、クロスは身体を横にずらすことであっさりと躱しながらも、その場に右足だけその場に残す。
レイはその右足にあっさりと引っ掛かり、勢いよく地面に突っ伏してしまう。
「そんなに言われたら困ることなのか? お前が付けた名前だろ? いや、全部は付けてないから誤魔化しきれてると思ってる……もう思ってた、だな。残念だけど、お前の行動のせいで気付いたんだよ。スレイに付けようとした本当の名前は『スレイブ』だろ?」
「――――ッ!?」
「正解みたいだな」
クロスの発した単語に、レイは反論出来ないらしく、また蹲り、身体を震わせながら耳を押さえる。
何も聞きたくない。
何も言われたくない。
そう現すには十分な態度だった。
アミとベルはその意味に気付いたらしく驚いた表情を浮かべ、そして名付けられた本人であるスレイはちょっとだけ落ち込んだように顔を伏せている。
そんな中、その言葉の意味を知らないカレンのみが全員を見回しながら、
「え……あの、ごめんね? 私だけがその言葉の意味を知らないみたいなんだけど、いったいどういう意味なの? き、聞くタイミングじゃないとは思うんだけど、やっぱり……し、知りたいし……」
遠慮気味にクロスへ質問をした。
ここまで堂々と言ってしまったのだから、カレンにもその言葉の意味を教える必要があると感じたクロスは、その問いについて答えようと口を開きかけた時、
「スレイブ……それは、『奴隷』って意味です」
クロスより先に、その名前を付けられたスレイが悲しそうに答える。
カレンはその言葉の意味を知り、一瞬にして青ざめ、ショックが大きすぎたらしくその場に座り込んでしまう。
クロス、アミ、ベルはスレイ自身がその言葉の意味を言うと思っていなかったことに驚いてしまう。
わざわざ自分から傷付くようなことを言い出すと思っていなかったからだった。
「スレイ……」
「良いんです。これはスレイが答えるべきだと思ったので……」
「――――ッ!」
レイを追いつめる気はあったが、スレイまでも追いつめる羽目になると思ってもいなかったクロスは、歯ぎしりを鳴らしながら握り拳を作った。
「悪い、スレイ」
謝ったところでスレイの悲しみが晴れるわけではない。けれど、クロスは謝ることしか出来なかった。
「いいんですよ。クロスさんに言われる前に、スレイは名前の意味に気付いていましたから」
「気付いてた?」
「はい。レイさんの経歴からそのことに気付くのは簡単でした。どんな扱いをされようが、スレイはレイさんのサポート妖精であることは変わらないんです。意味はともかくせっかく付けてくれた名前なんですから、大事にしないといけないじゃないですか」
弱々しくだがそう笑うスレイ。
クロスもアミもベルも何も言えなかった。
そこまでしてレイのことを想い、どんな扱いを受けようともそれを受け入れているとは思ってもいなかったからだった。
しかし、それに応えるように動いたのはカレン。
レイの身体を無理矢理起き上がらせると、胸倉を掴み、全力でレイの頬にビンタを食らわす。
「この馬鹿ッ!」
その一言に対してもレイはぐったりとした様子で、視線だけをカレンに向けていた。
すでに反論も抵抗も言い訳も何も出来ない。
そんなヤケクソな状態。
だが、カレンの泣きながら、レイに怒りをぶつける。
「ここまで誰がしてくれると思ってるの!? 確かにね、私はレイくんの過去を教えてもらった。それに同情しちゃったりもしたよ! で、でもね……こんなにレイくんのことを想ってくれてる人がどこにいるの!? いないじゃん! あんなに怒られても、何をされてもずっと一緒にいてくれたんだよ? な、なのに……そんな……こんなのあんまりじゃん!」
「……」
「何か言ってよ! 言い訳でも……なんでもいいから、言ってよぉ!」
「……」
しかし、レイは何も言わない。
そうやって泣くカレンは最終的に我慢出来なくなったらしく、レイを掴んでいた胸倉から手を離すと、両手を目元に置いて泣くことに専念し始める。
クロスはそんなカレンに近寄り、頭を撫でた。
胸が痛くなるほど、その気持ちは伝わったから。
でも、そんなカレンに慰めることが出来る言葉も思いつかない。
頭を撫でることぐらいしか出来なかったのだ。
「ク……ロス、くん……ッ!」
やはりそれだけでは足りなかったらしく、カレンはクロスの胸元に飛びつく。
カレンがそんな風に抱きついてくるかも、と頭の中では少しだけ予想していたクロスだったが、タイミングがちょっとだけズレていたせいで地面に倒れ込んでしまう。
クロスを下にして、カレンは遠慮なく泣き続けた。
アミとスレイはそんなカレンに感化されたらしく同じように軽く泣き、ベルに至っては両拳を握って泣くのを必死に堪える状況。
――レイの奴、反省してるといいんだけどな。
自らが導いた状況ではあることはしっかりと理解しつつ、クロスはそう思うことしか出来なかった。




