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そして、クロスの目の前にある文字が表示される。
〈カウントダウン中に攻撃してしまったため、あなたの反則負けです〉
その文字の言葉の意味が分からず、クロスは頭の中に?マークを浮かべて固まってしまう。
どう考えても時間的に攻撃がヒットした感覚が一切なかったからだ。むしろ失敗したと思っていたのに、なぜかフライング攻撃がヒットしたのかの理解が追いつかない。頭は目の前の状況よりもそのことを優先して考え始めたせいで、次の指示が遅れてしまう。
そのせいで、クロスはカレンたちに次の指示を出す前にその場から強制転送され始める。
それはアミも一緒だったが、アミはその攻撃がヒットした理由に気付いていたらしく、
「どっちでもいいですから、『離脱の種』をつか――」
ベルとスレイのどちらかにそう指示した。が、その途中でクロスと一緒に転送されてしまったため、言葉が途切れてしまう。
バチン! と明かりを消され、強制的な感じで瞼を閉じられたような感覚に襲われたクロス。その感覚がなくなり、ゆっくりと目を開けると、そこはついさっきまでレイをどうやって助けようかと悩んでいた場所――入口のワープポイントの前に立たされていた。もちろん武器も回収済みの形で。
隣にはもちろんアミが浮いている。
「だ、大丈夫ですかね?」
「え、あ……あぁ」
指示した言葉がちゃんと通じたか、アミは不安が拭えないらしく、クロスに尋ねた。
しかし、クロスも先ほどのことが気になりすぎて、相槌を打つことが精一杯。
クロスが何に対して悩んでいるか分かっているアミは、
「さっきの反則の負けのことを考えてるんですか?」
と、困ったように頬を掻いた。
クロスは素直にその言葉に頷く。
「いったい何が起きたんだ?」
「あれはカレンさんのせいですよ?」
「カレン?」
「あ……いえ、カレンさんというかベルくんの指示に近いですね」
「え? それはどっちでも良いんだけど、いったい何を――」
そのタイミングでワープポイントが一度パァ! と光ると、光の粒子が溢れ始める。祖に光の粒子はクロスからずれるように前に移動して、足から順に人間の身体を形成し始め、最終的にカレンとレイを形成した。
二人は転送が終わったことを知ると、どちらからともなく盛大に大きくため息を溢す。そして、二人は倒れ込むようにしてその場に座り込んだ。
クロスは二人の前に移動すると、覗き込みながら、
「大丈夫か?」
そう尋ねることしか出来なかった。
「うん、大丈夫」
「なんとかな」
二人の返事はあまり良い物ではなかった。
その返事だけでクロスが強制転送された後、ロクでもないことが起きたと知るには十分な返事。
だから、何が起きたかを知るためにクロスはベルを見た。
「クロスが転送された後に火炎放射をされたんだよ。その前にアミさんに指示された通りに『離脱の種』を使ったけど、攻撃には飲み込まれるだろ? ダメージなしで。それをまともに受けて驚いてるだけさ」
「そのせいか。それじゃげっそりして当たり前だな」
「っていうか、決闘を申し込むなら言っとけよな! ボクが察しなかったら大変なことになってたじゃないか!」
「わ、悪い。そんな余裕なかったからさ」
「それは分かるけど、あそこでボクがカレン様に指示しなかったら、本当に大変なことになってたんだぞ!?」
「あ、あー、そうだ! 今、アミからその話を聞いてたんだ!」
「その話?」
「オレが反則負けになった理由を聞いてる最中に、お前らが戻って来たから聞きそびれたんだよ。いったい何をしたんだ?」
「それは――」
ベルがその説明を言いかけようとした瞬間、
「私がクロスくんの片手剣を【速射】で撃って、加速させたの。だから、クロスくんやレイくんが思ったよりも早くレイくんに当たったんだよ」
と、カレンが少しだけ立ち直ったらしく、親指を立てて褒めて欲しそうにクロスを見つめた。
【速射】とは弓が覚える技の一つである。普段よりも早いスピードで矢を放つため、躱すこと難しく、決闘で使われた場合どちらかと言えば防御に徹した方がいいタイプの技。もちろんスピードが速くなる分、威力が落ちるのは言うまでもない。
しかし、あのタイミングで自分の予想を裏切った原因を知ったクロスは、
「なるほど。カレン、ありがとうな。ベルもよく気付いてくれた。サンキュー」
あくまで運が強かった救助方法にベルが気付いてくれたこと、カレンが努力してあげた射撃能力のおかげで成功率が上がったことを知ったクロスは二人を素直に褒めることにした。
カレンはそれだけで嬉しそうに照れ、ベルはベルでいつも通り、クロスに背中を向けて照れた。
そして、今回の原因であるレイを見て、そのままレイの頭に拳を全力で振り下ろす。声をかけることもなく、無言で。
不意打ちでの拳骨だったため、レイはそれをまともに受ける。
「いってええええ! な、何すんだよ!? つか、痛みの軟化システムはどうなってんだよ!」
頭を押さえながら、不思議そうにレイがスレイを睨み付けると、
「スレイがそれを解除しました。今回だけは全力で逆らいます!」
そう拗ねた口調でスレイが吐き捨てる。
クロスもカレンも今までにそんな風に拗ねるスレイを見たことがなかったので、驚いた顔で見つめる。も、相変わらず可愛い拗ねた方だったので、すぐさま正気に戻る。
――いい反抗だ、スレイ。
クロスは内心で呟きながら、遠慮なくレイに蹴りを放つ。
今回は不意打ちではなかったため、手を重ねて、クロスの蹴りをガード。
「何すんだよ!? つか、勝手に助けに来てんじゃねぇよ!」
「うっせーんだよ、クソガキがッ!」
「だから、蹴るな! 少なくともクロスにはかん――」
「助けに来てもらった側がそれを言えた側かよ!」
「頼んでない! 俺はそんな命令――」
「何が命令だ! 不甲斐ないお前のせいでスレイがオレたちに連絡をくれたんだよ! だから、お前は生きてる! それを自覚しやがれ!」
「け、蹴るな! や、やめ!」
「アホか! 感謝の言葉もねーのに止めると思ってんのか!? それともお前は死にたかったのか? ああん?」
「か、勝手に――」
「じゃあ、今から一人でもっかい炎竜に挑むか? 今回みたいにまた助けてくれると思ってるのか?」
「――ッ!!」
そこでレイは言葉が詰まる。
しかし、クロスの八つ当たりに近い蹴りを止めることはなかった。
最終的にレイはクロスの蹴りから身を守るため、身体を丸くして完全な防御態勢に入らざるをえなくなってしまう。
が、それでもクロスは蹴りを止めることはなかった。
痛みこそは走るものの、HPが減ることはなく、単純に痛みだけが身体に伝わるだけだからだ。
そのことに対して、カレンと三人の妖精が止めなかったのは、クロス同様に今の発言に怒りを感じていたせいだった。




