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(1)

 どこからか入ってくる太陽の光が眩しくて目を覚ました真人の目に入ったのは見慣れない天井だった。


 ――病院じゃないな。


 見慣れない天井を見た瞬間、真人が考えたことは病院の天井。

 ここで病院の天井が思い浮かんだのは、ドラマや漫画などの影響のせいもあった。それ以上に見慣れない天井=病院にいることしか思いつかなかったからだ。そのこと以上にもっと重要な言い方をすれば、他の場所に移動してまで他人の家のベッドに厄介になることなど、自宅警備員ニートをすることになった真人には絶対にあり得ない現象なのだ。


「……起きるか」


 このあり得ない状況を確認するために身体を起こす必要があった真人は勢い良く身体を起こす。すると、ゴンッ! と顔面に何かが当たり、真人の鼻頭に衝撃が走った。


「痛っ!」

「はう!?」


 鼻頭に当たった真人は鼻を押さえながら痛みに苦しんだ後、その当たった物を確認しようと目の前を見つめる。

 見つめた先には、同じく痛そうに顔面を押さえている小さな何かがフワフワと空中に浮いていた。罪悪感に包み込まれてしまいそうなほど、それは涙を流しており、唯一の救いは鼻血などのケガを負っていないことだった。

だからと言って、真人が謝らないわけにはいかず、


「ご、ごめん」


 と、謝罪すると、


「こ、こちらこそすみません。お、起きられたので……ふ、不用意に近づいたあたしが、悪かったので……」


 未だに痛そうに片手で顔面を押さえながら近付いてくる少女。


「そ、そう。悪い、なんか心配かけて」

「いいえ、こちらが悪いので気にしないでください。それより驚かないんですか?」

「何に?」

「あたしの存在に。あ、それ以上にこの状況に」

「ああ、この状況にか」


 真人は目の前に浮かぶ天使の羽を持ち、味気ないワンピースを着た妖精の言葉を噛み締めるように繰り返し、言われた通り周囲の状況を確認し始める。

 部屋は完全に個室。そして必要最低限に置いてある木の椅子と机。机の上には現代社会では当たり前である電気スタンドではなく、昔の人が使っていたとロウソク立て。しかも、つい最近まで使われていたことを見せつけるようにロウソク立てには、極端に短いロウソクが立てられていた。そして、自分が寝ている柔らかさなど全くない古びたベッド一式。

 ここから推測される答えは一つ――違う世界に移動させられたということ。


 ――ああ、それに驚かないといけないのか……。


 真人はそれに驚くよりも逆に冷静になってしまっていた。

 理由としては最近のライトノベルやそれが原作のアニメのせいで、よくある展開だったからだ。さらにその回答に至った理由を突き詰めるのならば、『いつかはこうやって異世界に飛ばされる奴の一人や二人ぐらい居てもおかしくないだろ』と思ってしまっていたことが原因だった。その独自の解釈のせいで、驚くよりも自分が連れて来られた理由の方が真人にとって一番重要だったからだ。

 しかし、それを今すぐに聞けない状況でもあった。

 なぜなら、目の前にいる妖精は驚くことを期待している――目をキラキラさせ、ワクワクさせて真人を見つめていたからだ。


 ――オッケ。その期待に応えようじゃないか。


「うわー、マジかよ。まさか、こんなへんてこなところに連れて来られるなんて思っても見なかったなー」


 固まる空気。

 訪れる沈黙。

 絶句した妖精の表情。

 そして、自然と漏れるため息。

 意図せずに行われた下手くそな演技もとい棒読みのせいで事態は悪化しただけだった。


「あっ、今流行(はやり)のやれやれ系ってやつですか? なるほど、真人さんはそういうタイプだったんですね!」


 妖精は慌てたように手を叩き、一人で納得するように頷くようにフォローし始める。


 ――逆に傷付くなー、これ。


 アニメのキャラのようにやれやれ系キャラをやってきたつもりがない真人は、妖精のフォローに戸惑いを感じつつ、


「そ、そうなんだよ! 悪かったな。オレって成り行き任せな感じだからさ」


 と、そのフォローに乗っかってこの場の空気を良くすることを試みた。

 その言葉に妖精は苦笑。

 真人もつられるように苦笑。

 二人はしばらく何とも言えない空気の中、苦笑いし続ける羽目となった。


「じゃあ、本題に入りましょうか」

「そうだな。そうしよう」


 微妙な空気が結果的に拭いきれないまま、この展開の核心に触れる話を妖精が促してきた。

 一刻も早く、この空気を何とかしたかった真人は迷うことなく同意。


「真人さんの認識具合を確認したいと思います。ここがげー――異世界だとちゃんと認識出来ていますか?」

「もちろん。オレは少なくともこんな状態の部屋なんて知らないからな」

「ありがとうございます。異世界に転送された理由などは分かりますか?」

「それは分からない。少なくともここに転送される前の世界では、そういう現象に関連する出来事に一切関与してないから」

「オッケーです。じゃあ、まずはこの世界について説明しましょうか。雰囲気や様子を見て思い当たる節とかありますか? あ、外を確認しても大丈夫ですよ?」


 妖精はそう言って窓を指差す。

 思い当たる節も直感でも分からない真人は、その指示に従い、窓の前に立つ。

 窓から眺める景色はどこか西洋のような建物が並んでいた。そして、所々に胴体だけを甲冑で武装した兵隊が立っていた。その周囲を同じように武装した人、私服の人たちが走り回り、何かを会話しては走り去っていく。少しだけ遠くを見てみれば、魔法陣が描かれた地面の上に水色のクリスタルのようなものが浮いており、そこに移動した人が辿り着いた順に姿を消していく様子があった。


 ――あのクリスタルは転送装置か何かだろうな……。


 ああいう系はアニメやゲームなどで見たことのある真人はそう結論付けた。それ以外、あのクリスタルに辿り着いた順に人が消えるわけがないからだ。

 それと同時にこの世界がアニメかゲームの世界である確証を得ることは出来た。いや、すでに妖精がほんの少しだけ言いかけたこともあり、『何かのゲームの世界』であることは分かった。

 が、真人はそのことを言うつもりはなかった。

 なぜなら、妖精が求めている回答はそんな大雑把なものではなく、『何のゲームなのか?』ということだからだ。

 その答えを見つけようとしばらく外を見つめ続けたが、何のゲームの世界までは分からず、


「悪い、分からない。お手上げだ」


 わざとらしく両手を上げて、真人は妖精に降参した。

 年々増えるゲームソフトに対し、ハードウェアも分からない以上、似たような世界はいくらでもあり、断定することなど限界がある。だからこそ、いくら悩んでも答えが出ることはない。つまり、これがベストの選択なのだ。


「あたしの意図は分かったみたいでしたが、さすがに無理でしたかー」

「まぁなー。無理がありすぎる。それで何のゲームの世界なんだ?」

「作品の名前は『DRAGON SLAYER』。PCのMMORPGです」

「な……、マジかよ……」


 驚く真人。

 その反応が妖精は嬉しそうに笑顔を浮かべ、首を縦に振った。


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