(11)
クロスとカレンはあの後、しばらくスレイのことについて考えたが、良い解決策が思いつくことはなかった。そのため、いつまででも話していてもしょうがないという結論に至り、明日のことも考えてクロスたちは部屋に戻ることにした。
クロスとカレンの宿は別のため、途中までは一緒だったが途中からは別行動となる。
そして、部屋の前に戻ってくると、そこには姿が窓から漏れる月明かりのせいで一つの妖精の影が壁に映し出されていた。
――この流れ、間違いなくベルだな……。
疲れ切ったため息を一つ盛大に吐き溢す。
その妖精はクロスのため息に気付き、スィーと飛んでくる。
「何、ため息吐いてるんだ?」
クロスの予想通り、そこにはベルの姿があった。
相変わらずの不機嫌な様子で、腰に両手を当てている。
「次はお前がオレに話し相手を望むのか? って、あれ? お前ってアミのせいで強制的に眠らされたんじゃなかったっけ?」
カレンのお願いをアミによって叶えられたことを思い出したクロスが尋ねると、
「あれも『はい』『いいえ』の二択の選択肢が表示されるからな。あくまで他の妖精からの干渉を受けることが出来るというだけであって、拒否するか拒否しないかはボクたちの自由だ」
もっともな回答が返ってくる。
こればかりは実際に自分が体験しないと分からない。だから、それを体験したことがないアミはあんな風に嫌がった。そう、クロスは結論を導き出す。
「まったくカレン様もボクのことをもう少し信じてくれてもいいのに……」
「だからと言って、オレと二人っきりにさせたくないだろ?」
「それはそうだけど……。カレン様もそう望むなら、ボクはその望み叶えるしかないだろう? いくら、クロスと二人っきりにさせたくなかったとしても、所詮ボクは妖精なんだから」
「――それでも好きだと、カレンのことが」
「そうだよ! 文句があるか!?」
「ねーよ。少なくともオレよりは彼氏になれる素質はあるんじゃないか?」
本音からそう思うクロス。
あくまでクロスが今回カレンを鍛え直しているのは生き抜くため、そして自分の足手まといにさせないためである。だから、感謝の言葉を貰えるような立場ではない。少なくともベルよりもカレンのことを想っていない。
しかし、ベルはその言葉に嬉しそうな表情は浮かべない。それどころか、どんどん暗くなるばかり。
「クロスにそれを言われてもまったく嬉しくない。今、告白されたんだろう?」
「……」
そのことまで気付いていると思っていなかったクロスは心が跳ね上がる。
ベルが気付いていないとは思ってもいなかった。けれど、その言葉をこのタイミングで言われるとも思っていなかったからだ。
同時にこの場所にベルがこの場所にいる理由に気付く。
つまり、そのことに対しての文句を言うためということに。
素直に答えた方がいいのか、それとも誤魔化した方がいいのか、そのことに悩んでいると、
「そうか、やっぱり告白されたのか」
なんて、ベルは勝手に答えを導き出し、さっきよりもズゥーンと周囲の暗闇に紛れ込かのようにさらに落ち込む。
「お、おいおい。そんなに落ち込むなよ」
「うるさい。落ち込むような状況になってるんだから仕方ないじゃないか」
「そ、それはそうだけどさ」
「ボクのことはいいんだ。それよりクロス、お前のことだ」
「は?」
「ちゃんと返事したのか?」
「いや、してない」
「ん、やっぱりな。どうせ、告白されたノリで返事をしようとしたんだろう。だから、カレン様に『ちゃんと考えて』とか言われて、返事の延期をさせられたに違いない」
「な、なんで分かる――断言出来るんだよ! 見てもないくせに!」
「見てないと思ってるのか?」
「え? ま、まさか……」
あの時、あの場所に妖精の姿らしきものは一つもなかった。
しかし今の口調だと、どこかに隠れながらずっと見張っていたと言っているようなものだった。
――クソッ、アミの言葉を信じたオレが馬鹿だった!
心の底で悔しそうに毒付くクロス。
それに対して、ベルは悔しそうな表情から少しだけ勝ち誇った表情へと変わり、鼻で笑って見せる。しかし、それもまたすぐに落ち込んだ表情に戻ってしまう。
「バカだな。カレン様はボクが付いていくのを嫌がってたぐらいなのに、二人に黙ってこっそり付いていくはずがないだろう。ボクが言いたいのはそういうことじゃない」
「え? じゃあ、どういうことなんだ?」
「カレン様と同じだよ。『見てた』という意味合いは違うけど、同じようにクロスのことを見てたんだよ」
「あー、そういうことね。お前らはストーカーか何かか?」
「失礼に程もがあるだろ」
「悪い、冗談だ」
「とにかくだ。ボクが言いたいのは……クロスもカレン様のことを少しは意識して見守ってやってくれ。それを言いに来たんだよ」
「お前はその気持ちを諦めるのか?」
クロスの言葉に背中を向けて、ベルは身体を震わせ始める。
尋ねてほしくなかった言葉。
それを突き付けられ、今まで我慢していた悲しみが一気に溢れ出したらしい。
「うるさい。クロスに、は……関係……ないだろ……」
クロスは窓がある側の壁に背中を預け、顔だけは隣にある窓にある景色を眺める。
「それもそうだな。んでもさ、ベル。お前はオレでいいのかよ」
「……ッ!」
「オレでいいなら別だが、良くないなら諦めるなよ。それが言いたいだけだ。オレは前から言ってるだろ? アミと二人だけでいいって。例えば、オレとカレンの二人がピンチになった時、カレンを囮にしてオレだけ逃げる可能性あるんだぜ? カレンはそんなこと信じてないみたいだったけど。人間、ピンチになればどんな行動に出るのか分からない。それが現実世界より顕著に現れるのがこの世界だぞ? そんなにオレに期待を寄越すな」
「それがあっさり言えるだけ、クロスはマシだよ」
「あん?」
「だから、クロスを信用出来るんだろ。少なくともレイよりはマシだ。それは今日の戦闘のことだって、自分のためとか言いながら、カレン様のために一生懸命だったじゃないか。危ない時は援護してくれたし。それだけで十分だ」
「はぁ……」
ベルにこんなことを言われると思っていなかったクロスは、少しだけ居心地が悪くなり、髪をガシガシと掻いて、その気持ちを誤魔化す。
今までの調子じゃないベルに、今何を伝えたところで伝わらない。それだけがクロスにも理解出来たことだった。
「分かったよ。絶対に何とか出来るとは限らないし、守り抜けるなんてことも言えない。けど、言っといてやる。任せろ」
「うん」
「じゃあ、早く帰れ。カレンが心配するぞ」
「うん」
クロスの言葉に素直に頷き、出入り口の方へ向かい飛んでいく。
その様子をクロスは見送りながら、
「パーティを組んだ途端、ものすごく複雑な状況になっているような気がする。パーティを組んだのは間違いだったかな」
考えてもみなかった修羅場に、げっそりとしながら部屋のドアをノックした。




