(9)
「なんかこうやってると付き合ってるみたいに感じるよね。そういう状況じゃないのに……」
カレンは嬉しそうに言いながらも、ちょっとだけ意地悪言う。クロスが困る言葉をワザと選んで言っているように。
クロスは空笑いを溢すことが精一杯。
「冗談だよ。別に今すぐ返事を貰おうと思ってるわけじゃないし、私自身この世界でどうなるかも分からない。だから、気持ちだけは素直に言っておこうと思っただけなの」
「知ってるよ」
「うん。だから、そんなに気にしないでほしいな」
「気にするような発言を言ったのは誰だよ?」
「私です。ごめんなさい」
「よし、許す」
「ありがとう。じゃあ、次はクロスくんのことを聞きたいな」
カレンはハッとしたように思い出して、クロスの顔を見ながら、
「あ、嫌ならいいんだよ? 別に強制じゃないし、私は話したくて勝手に話したに過ぎないんだから!」
と、慌てた様子で付け加える。
現実の話題をカレンと同じように考えていたクロスにとって、カレンのその言葉が意外であり、ちょっとだけ面食らったようにポカーンとしてしまう。
お互い無言が続いた後、クロスの弱めの拳がカレンの頭に向かって振り下ろされる。
「いたっ!」
「何を言ってんだよ。カレンがせっかく辛いことを話してくれたのに、なんでオレが話さないみたいなことになってるんだ?」
「だ、だって――」
「だっても何もないだろ。別に話すのは嫌ってことじゃない」
「どういうこと?」
「カレンからすればオレのは……大したことじゃないってだけだ」
「そ、そうなの?」
「おう、だから話すに決まってるだろ」
「無理しないでいいって意味だったのに……」
「オレの言葉を先読みするのも悪い癖だぞ」
「ごめん」
叩かれた箇所を擦りながら、カレンはしょんぼりと項垂れる。落ち込みながら、反省しているらしい。
クロスはそんなカレンを一瞥した後、現実世界のことを思い出すように、真っ暗な空を見上げる。
あの時のことは絶対に忘れそうにない。いや、今でも下手をすればトラウマとして蘇りそうな記憶。
その瞬間、クロスの身体はブルッと一回大きく身震いをしてしまう。
「大丈夫? なんか今……」
カレンにも身体を通してクロスの震えが伝わったらしく、クロスが視線を下ろすと、心配そうにカレンが見つめていた。
「やっぱり言わなくても大丈夫だよ?」
「……いや、大丈夫。ちゃんと言うから。単純に寒くなっただけだよ」
「そっか……」
――下手な言い訳だな。
このゲームに気温という概念は一切ない。
フィールドではそういう温度の差で生まれた場所があるだけであり、多少の足場の悪さのデメリットは発生してしまうだけ。だから、『寒いから』という理由で身体が震えてしまうはずが絶対にないのだ。
あるとしたら、それは心による影響のせいだけである。
カレンは相変わらず心配そうな目を浮かべていることから震えた原因に気付いているようだったが、クロスの気持ちを汲み、これ以上静止の言葉をかけようとはしなかった。
その代わり、
「寒いなら温めてあげないとね」
そう言って、カレンはクロスに抱きつく。
これが私の出来る精一杯だよ。
言葉では言わなかったが、そう伝えるようにちょっと痛いぐらいに腕をきつく締めつけていた。
「うん、温かいな」
「でしょ?」
「ああ。じゃあ、温めてもらっているうちに話そう」
「うん」
クロスは一回ゆっくりと深呼吸した後、自分の起きたことについて話し始める。
「オレの現実世界の名前は黒城直人。今はニートってやつだな。っていうか、名前の後にある――」
「『NE2T』って、ニートって意味だったの?」
「そう。戒めも込めて」
「ニートであることの?」
「それ以外ないだろ?」
「現在の時代はそんな風に気負わなくてもいいと思うんだけどなー。当たり前って言ったら駄目だけど、それなりの理由があると思うし……」
「そう言ってくれる人がいてオレは嬉しいよ。とにかく、オレも脱落者であることは間違いないさ。高卒で働いて、一年も持たなかったんだから。しかも、それが原因で少しだけ人間不信だったから」
「ねぇ、いったい何が起きたの?」
「上司のミスをオレのせいにされただけさ。単純な話な」
「何のミスしたの?」
「発注ミスだよ。ある部品の発注をミスして、会社が倒産しかねない大損害を出した。それをオレだけのせいにされて、会社を自己退社させられただけだよ」
「うわっ……。だ、誰も庇ってくれなかったの?」
「庇ってくれなかったよ。その上司にみんな逆らえなかったっていうのが強いかもしれないけど、結構権力を持っていた人だったからさ。逆らったら、裏で苛められると思ったんじゃないか?」
クロスはあの時の全員から見られる憐みの視線を脳裏に思い出してしまう。
上司に怒鳴られ、社長に呼び出しを食らって怒られる。部屋から出れば、コソコソとクロスを見ながら話し始める社員のみんな。誰も近寄ろうともせず、仲の良かった同期さえも離れていく。しかも、その日の内に全員から着信拒否などもあり、相談する相手はいない状態。
孤独な状態での上司との戦い。
それを庇う社長と社員。
駄目だと気付いた時にはすでに追い込まれ、居場所を失くしていた。
その時の恐怖や絶望が、再びクロスの身体に悪寒が走らせ、また身震いをしてしまう。
それもまたカレンにしっかりと伝わり、さっき以上に腕を強く締めるカレン。
その痛みでクロスはその恐怖が過去のことと思い出し、
「い、痛いって。大丈夫だから」
そう呟くと、
「あ、ごめん。つ、つい……」
カレンは慌てて腕の力を抜いていく。
――ありがとう、助かった。
心の中では感謝の言葉を言うと、クロスは再び話を再開させる。
「そんなわけでさ、オレは駄目になったって話。そこからは社会に出るのが怖くなった。だから、この世界に来るまでは色んなゲームに登録してはプレイして、すぐに飽きて違うゲームをやる。そんな毎日を送ってたのさ」
「しょうがないよ、それじゃあ」
「――釣り合わないから、オレはやめ――」
「それは無理。クロスくんの環境はともかくとして、私はクロスくんの中身を好きになっちゃったの。少なくとも私はクロスくんのことを、このゲームの中では主人公タイプだと思ってるから」
「しゅ……じんこう?」
クロスは目を点にしながら、その言葉を確認するように呟く。
それに対して、カレンは真面目な顔でコクンと頷いた。その言葉を全然疑っていないような眼差しで見つめながら。
――オレが主人公タイプ?
一度もクロスが考えもしなかったことだった。
素質的にはモブキャラ的な立ち位置であり、主人公みたいは他にいると考えていた。
だからこそ、カレンの言葉に対しての返答が全く見つからない。
カレンは戸惑っているクロスを見ながら、
「少しはネガティブな考えは吹き飛んだ?」
そう言って、クスクスと笑い始める。
この瞬間、クロスはカレンの言葉は自分を励ますために言ってくれた冗談だと知り、心の底で少しだけ残念に思いつつもホッとするのだった。




