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(8)

 口を開こうとしたクロスの口を閉ざすように、カレンがクロスの口を指でつまんで阻止させられる。


「んむっ!?」

「駄目だよ。今のは間違いなく流れで返事を言おうとしたでしょ? 私はそういう返事が聞きたいわけじゃないの。だから、よく考えて返事をして欲しいな」


 カレンは真剣な表情でクロスに注意した。が、目は悲しさで溢れていた。

 望んでいる返事を言ってくれる。

 だけど、それは本心じゃない。

 そんなカレンの気持ちを汲みとり、首を縦に振った。いや、振ることしか今のクロスには出来なかった。


「うん、ありがとう」


 満足そうにカレンはつまんでいたクロスの口を離し、再びクロスの膝の上に頭を乗せる。今度はクロスを見上げるのではなく、クロスに顔を見られないように、クロスに背中を向けるようにして。


「やっぱりちゃんとお互いのことを知ってから付き合わないとね。だから、私は勝手に私の現実のことを話すことにするね」

「……あ、ああ」

「動揺しすぎだよ。私の気持ちに気付いてなかったの?」

「いや、薄々とな」

「でしょ?」

「だけど、信じてはなかった。オレたちの状況を考えれば、そんなことを言ってる場合じゃないと思ったから」

「うん、それは分かってるんだけどね……。あ、それよりも私のことを話していいかな?」

「ああ」


 カレンは少しだけ自分のした行動に後悔し、泣いているらしかった。

 その証拠はない。

 証拠はないけれど、なんとなく鼻をすすっているような音と肩が少しだけ震えているような気がした。

 そこまでして自分のことを思って気丈に振舞うカレンに、クロスは手を伸ばして下にしている手を握るように掴み、空いている手で頭を優しく撫でてあげることしか出来なかった。

 ちょっとビクッと身体を震わせるカレンだったが、


「ありがとう。やっぱり優しいよね」


 なんて言葉が帰ってきたが、


 ――優しくねーよ、こんなことしか出来ないんだから。


 と、心の底で自分に対する毒を吐くクロスだった。

 自己嫌悪に陥っているクロスに構わず、カレンはゆっくりと話し始める。


「私の名前は真中まなかかえでって言うの」

「名前の後の『MK』は名前のことだったのか」

「うん。それで職業はOL。秘書課だったんだー」

「すごっ!? なんで、そんな職業についているのになんで現実逃避したいって思ったんだ?」

「んー、それを話すとしたら、学生時代の話もちょっとしないといけないかも……。あ、大丈夫だよ? そんなに込み入った話でもないし。単純に『順風満帆な学校生活を送っていた』って言いたいだけ」

「そこから察するに挫折を知らなかったってことか?」

「そうとも言うかな? 両親が頑張ってくれて、私は小学校から中学までのエスカレーター式の学校に入ることが出来た。高校も大学もそれなりに良い所に入ったおかげで別に苦労することがなかった。友達にも恵まれていたしね」

「あ、年上なんだ」


 カレンの言葉から自分より年上だと気付き、ボソッとクロスが呟く。

 すると、それに反応するようにカレンがびっくりして起き上がる。目は泣いていることを知らせるように少しだけ赤くなっていた。


「と、年下だったの!?」

「うん。オレ、20はたちだから。大学行ってたとしても、まだ卒業してない」

「意外と落ち着いた雰囲気だから、勝手に年上かと思っちゃった。あ、私は――」


 そう言いかけたところで、クロスも今までカレンにされたように、カレンの唇に指を当てて、


「言わなくていいよ。女性に年齢聞くのは失礼だろ? というより、年下は嫌いだったか?」


 と、年齢に関しての情報を誤魔化すように尋ねる。

 すると、カレンは慌てたように首をブンブンと勢いよく首を横に振って全力否定。


「そ、そんなことないよ!? 大丈夫だよ! 私はクロスくんという人柄を好きになったんだから!」

「ちょっ、落ち着け! そんな大声で言ったら……って、今までの会話が全部コメントに出てるんじゃ……」


 今までの会話全てがコメントに表示されていることに思い出したクロスは慌て始める。

 もし今までの会話が全部コメントに表示されていると考えると、プライバシーとかいう問題ではないからだ。

 しかし、そんな慌てるクロスに落ち着きを取り戻したカレンの冷静な説明、


「あ、それは大丈夫だよ? アミちゃんが気を使って、シークレット状態にしてくれてるから」


 それを聞いたクロスはホッと胸を撫で下ろす。

 ちなみに『シークレット状態』というのはコメントの種類のことである。このゲームではコメントの種類は『全体』『パーティ』『シークレット』の三つ。『全体』と『パーティ』は名前の通りの意味であり、『シークレット』とは許可したメンバーだけで話せる状態のコメントのことである。


 ――そういうことは先に言っとけよな。


 そのことを知らなかったクロスはそう心の内で漏らす。

 カレンはクロスの心の呟きに気付いたのか、


「ごめんね、言うの忘れてた。でも、シークレットもしないでこんな個人情報は話さないよ」


 と、クスクスと軽く笑っていた。

 それに気付かなかったことにちょっとだけ恥ずかしくなってしまい、


「もうこの話は良いから、カレンのことについての話の続きをしてくれ」


 この話を逸らすべく、先ほどの会話の続きを訴えることが精一杯だった。


「うん、じゃあ続き話すね」


 今度は膝の上に頭を置くのではなくクロスに凭れかかるようにして、カレンは続きを話し始める。


「えーと……そうだそうだ。無事に大学を卒業して、それなりの企業に入社することが出来たの。それがさっき言ってた秘書課ね」

「なるほど。そこで問題が起きたわけだな」

「うん。ぶっちゃけて言えば、セクハラされたの。社長に」

「あー、よくあるよくある。大企業とかそういうの問題になってるような気がする」

「分かってくれるんだ! 良かったー。私は自分で自分のことが可愛いとか綺麗とか思ってないんだけど、男受けがいいらしいんだよね。あ、友達談ね?」

「ふむ、なんとなく分かるような気がする」

「そうなの?」

「容姿は分かんないけど、ここにいるカレン……さんの雰囲気は男を誘ってるようなものがあるな」

「ないよ! 私からしたら普通だもん! っていうか、『さん』付け止めてよ。今まで通りでいいから」

「あ、いいんだ?」

「うん、この状態で『さん』付けされても嫌味にしか聞こえない」

「そんなつもりはないけど、分かった。カレンって呼ぶ」

「それでいいの。っていうか、私にそんな雰囲気とかあったらクロスくんも引っ掛かってると思わない?」

「あ、オレが対象なの?」

「当たり前でしょ! 好きになった人が引っ掛からないでどうするの?」

「んー、状況が状況だから引っ掛からなかっただけじゃないか? レイは掛かってるような気がしたけど……」

「レイくんは……ちょっと違うんだよ」

「へー。まぁ、カレンが現実逃避したいって気持ちが反映されたのは、『社長のセクハラで逃げ道がなくなったから』という具合か」

「その通りだよ。だから、私はゲームに逃げただけ。そしたら、本当にゲームの中に来ちゃったんだよね」


 困ったように苦笑いを溢すカレン。

 現実世界でもこの世界でも、あまり変わらない状況にどういう風に適応していいのか、本当に悩んでいるようだった。


 ――これじゃ、癒しを求めるはずだなー。


 カレンが求める癒しの根源が分かったクロスは、そんなカレンの首の後ろに自分の腕を回して反対側の肩を掴んで引き寄せる。引き寄せた後は、今までの苦労を労う気持ちでゆっくりと頭を撫でた。

 こんなことで傷が癒せるとクロスは微塵も思っていなかったが、これぐらいはしてあげてもいいだろう、と思ったからだった。


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