(7)
「さっすがクロスくん!」
甘くとろけたような様子でそう言うカレン。
そんな様子のカレンを見ていると恥ずかしくなってしまい、クロスはカレンと反対側へ視線を向けながら、
「なんで、この場所に来たかったんだ?」
そう尋ねた。
すると、カレンもそこから先は特に考えていなかったらしく、顔を上に向けて少し考え込み始める。
時間にして数秒。
話題を思いついたらしく、凭れかかっていた身体をずらして、クロスの膝の上に頭を乗せると見上げるようして話し始める。
「ちょっとした思い出話やお互いのことを知ろうって思ってだよ」
「嘘吐くな。今、思いついたくせに」
「あ、バレてる」
「バレないと思った根拠を教えてくれ。ついでにオレの膝の上に頭を乗せた理由も」
「根拠は……うん、ない。膝の上に頭を乗せたのはクロスくんが顔を逸らすから。それに嫌がってないみたいだから良いかなって」
「嫌がった方が良かったか?」
「ううん、ダメ」
「じゃあ、最後のはいらなかったな」
「そうだね」
「それより一体何の思い出話をするんだ?」
「初めて出会った時の話なんてどう?」
「――初めて出会った時ねー」
クロスは真っ暗に染まっている空を見上げながら、あの時のことを思い出し始める。
思い出し始めるとは言っても、そこまで印象深い出会いではなかった。ただ、クロスからしてみれば、初めてVR化した人間の中で話したのがカレンというだけのことであり、特に大したイベントはなかったのだから。
「わざわざ話しかけてきたんだよな。『相席していいか?』って」
「そうそう。慣れない環境で一息つきたかったから、どこか空いてるベンチを探してたらどこにもなくて、仕方なく一人でベンチを占領してたクロスくんに話しかけたのが出会い」
「占領はしてない。けど、そんな出会いの何が良くて、こんなことになってるんだろうな」
「私が力尽きて寝ちゃったにも関わらず、ずっと側にいてくれたからじゃない?」
「ああ、そんなこともあったっけ?」
カレンにそう言われたことで、その時のことをクロスは思い出す。
中ボスである赤竜討伐、レイとの決闘に比べると大したことのないイベントだったため、すっかり忘れてしまっていたことだった。少なくともイベントとして起きたわけでもないので、そこまで気にしていなかったのが本音なのかもしれない。
なんとなく相席して、なんとなく隣の女の子の表情が気になったから話しかけた。そしたら、勝手に愚痴り始めたので黙って話を聞いてあげていると途中で寝てしまっていた。この状態で一人っきりするのは気分的に嫌だったから、起きるまで隣にいただけに過ぎない。
クロスからすれば、それだけのことであった。
「あれはちょっと嬉しかったんだよ? まだパーティを組んでなかった時期だし」
「そうなのか。オレはこの場所に居座る理由が出来たから、それはそれで嬉しかったぐらいだけどな。まー、ベルの視線が微妙に痛かったけど……」
「それは今もでしょ?」
「まぁな。気にしたら負けだと思って、スルーする方向ではいるけど」
「それがいいよ。私のことを好きだと思ってくれてるのは嬉しいけど、さすがに妖精に恋愛感情は持てないしね」
「その感情については気が付いてんのな」
「分からない方が馬鹿でしょ」
「それもそうだ」
カレンがクスッと笑ったため、クロスもつられて軽く笑ってしまう。
そして、なんとなくカレンの髪に触れ、すくようにして撫でる。
「んっ、ありがとう」
「お礼言われることじゃないと思うけどな」
「そう?」
「おう」
そこで二人の会話は止まってしまう。
これ以上の話題が思いつかなかったからだ。
いや、話そうと思えば話せることはあった。が、お互いの不可侵領域が分からなかったこともあり、それを考えていたせいで話しかけるタイミングを失ってしまったのだ。
その内容はもちろん現実世界のことである。
ふと、クロスが視線をカレンの方へ下ろすとカレンは少しはにかみ、
「もしかして同じこと考えてる?」
「同じこと……考えてるっぽいな」
「思考回路が一緒みたいだね」
「うるせーよ」
クロスもそう言われて悪い気はしなかったが、やっぱり少しだけ恥ずかしくなり、悪態をついてから微笑み返す。
「じゃあ、私から話してあげようかな」
「いや、別にいいよ。つか、現実世界の何について話すつもりなんだ」
「んー、『この世界に連れて来られた原因』についてとかどう?」
「また悪い部分の話だなー」
「お互いのことを知るって大事だと思わない?」
「そんなに大切なことか?」
「パーティを組んでいる以上、そういうことも大事だよ!」
「そんなことを言うタイプだったっけ? つか、がっついてくるタイプじゃなかったと思うんだけど……」
「――こんな私は嫌だった?」
クロスの何気ない言葉にカレンは傷付いたようにしゅんと落ち込み始める。
「あ、いや! そういうわけじゃなくてさ! あ、あのな……その……――」
少しだけアワアワしながらクロスは急いでフォローをし始めるも、頭の中では少しだけ動揺を隠しきれていなかった。だからこそ、そこで言葉が詰まってしまい、なんて言えばいいのか分からなくなってしまう。
「――レイと一緒に居た時と違うなって思ってさ」
唯一、比較対象として見ることが出来た言葉を口にする。
が、カレンから聞こえてくるのは「ふふっ」という笑い。
「ごめんね、冗談だよ。私自身、積極的なのは分かってるから気にしないでいいよ。ううん、クロス君の前だからそうなってるのかもね」
「は?」
「吊り橋効果って知ってる?」
「もちろん知ってるさ」
クロスが知らないはずがなかった。
そもそも、現在の自分の身の置く状況がそのままだったから。
同時にカレンの言いたいことに気付くクロス。
しかし、それを言う前にクロスの口にはカレンの人差し指が置かれて口を封じられる。が、その指が離れた直後、クロスの唇はカレンの顔の一部によって塞がれる。
――き、キス……されてた……!?
一瞬、フリーズした脳がそのことに気付き、心の中で呟いたのはクロスから顔を離したカレンの顔を見てからだった。
そのカレンの顔は真っ赤。
クロスもそれにつられるように顔が朱に染まってしまう。
「え……あ……」
「クロスくん、私はクロスくんのことが好きだよ」
カレンのさらなる追撃。
潤んだ瞳で放たれたその一言はクロスにとって、今までにない衝撃を受けてしまう。
そんな目で見られ、告白までされたクロスは何をどう言ったらいいのか分からなくなってしまっていた。だけど、そんな中でもほんの少しだけ働いていた思考は、『告白の返事をしろ』と言っていたので、その返事をしようと口を開く。




