(6)
あれから、夕日が暮れるまでカレンとベルは戦い続けた。それはHPとMPのアイテムが尽きてしまうほどの勢いで。
そのおかげでこのフィールドで出現するモンスターに対する対処法も分かり、後半は必要最低限のダメージを食らう程度にまでに成長することが出来た。そして、同時にレベルも二つほど上がったところで、クロスたちはセーブポイントに向かい、今日は切りあげることにした。
アイテムが尽きかけたという理由もあったが、カレンたちの疲労の限界がクロスには分かったからだ。カレン本人はやる気満々だったが、最初からそんな風に飛ばし過ぎてボス戦までに集中力が尽きる可能性を考慮しての判断。そのことに対して、ちょっとだけカレンは不満そうな顔をしていたが、素直にクロスの指示に従い、アルセイム王都に帰還した。
その日の夜のこと。
クロスの部屋のドアがコンコンと、朝と比べて遠慮気味にノックされる。
まだ起きていたクロスはドアに向かいながら、
――カレンなんだろうなー。
そう思いながら、ドアを開ける。
クロスがそう思ってしまった理由は二つあった。
一つ目はこうやってパーティを組むまでは誰もクロスの部屋に来ることがなかったから。
二つ目は用事がある人物がカレン以外誰も思いつかなかったから。
ドアを開けるとそこには案の定、カレンが一人で立っていた。
「こんばんは」
「おう、こんばんは。あれ? ベルは?」
いつも側にいるはずのベルの姿がないことに気付いたクロスは、ドアから顔を出してまでベルの姿を探す。
しかし、その姿はどこにもなかった。
そんなベルを探すクロスの姿が面白かったのか、クスクスと口元に手を押さえて笑うカレン。
「なんで笑うんだよ。結構大真面目に聞いてるんだぞ?」
「置いてきちゃった」
「は? よくそれを許し――」
「ねー、アミちゃん」
クロスの肩から奥を見つめながら、カレンはウインクを飛ばす。
そのウインクの追いかけながら、クロスが振り返るとそこにはアミの姿があった。アミはアミで、そのウインクに応えるように親指を立てている。
「アミ、いったい何をした?」
「え、こ――」
「あーあーあー! ちょっと相談したいことがあって、アミちゃんに手伝ってもらっただけだよ!」
いきなり出されたカレンの大声にクロスはビクッと身体を震わせて、再びカレンの方を見つめると、そこには頬を真っ赤にして動揺しているカレンがいた。なぜか、アミに向かって怒気を含んだ鋭い目を向けながら。
また後ろから慌てた様子のアミの回答が聞こえたため、今度は身体をカレンとアミの二人が見えるようにドアに凭れ、顔だけを向けてクロスはアミの話を聞く。
「そ、そうなんですよ! べ、ベルくんはその相談に対して邪魔だったので、主人であるカレンさんの許可を貰って、システムに介入して強制的に眠らせたんです!」
「え? そんなこと出来るのか?」
「本当は駄目なんですけど……カレンさんからのお願いだったのでやってみました!」
「よし、分かった。アミがうるさい時はベルに頼んでそうしてもらうようにしよう!」
「はうあっ! 言うんじゃなかった!」
「もう遅い」
「ちょっ、今のは聞かなかったことに――」
「んで、相談って何?」
アミの言葉をスルーして、クロスはカレンの方へ顔を向けて尋ねる。ここまでして話したいことなのだから、よほど重要なことだと思ったからだ。
「んーと……」
「ん? まぁ、中に入れよ。ここじゃ話しにくい――」
「あのー、悪いんですけど、外で話してくれませんか? あたしも眠たいんですよー」
「はぁふ」と欠伸をしながら、アミがそう言い始める。
「はあ? どこに行けってんだよ?」
「適当に外でぶらぶらしてきたら良いじゃないですかー。せっかくカレンさんが誘ってくれてるんですからー」
「いつ誘ったよ」
「まーまー、細かいことは気にしちゃ駄目ですよー」
「棒読みが酷いぞ」
先ほどからアミが下手くそな演技をしていることをクロスはちゃんと分かっていた。そして、何かの理由があって自分とカレンを二人っきりにしようとしていることも。
カレンの方もクロスがそのことを気付いていると分かっているらしく、先ほどからチラチラと視線を送って。様子を気にしまくりだった。
――いったい、何を企んでんだよ。
二人の意図が読めないクロスは少しだけ憂鬱な気分になってしまう。けれど、断れるような状況でもなかったため、
「分かったよ。少しカレンと出かけてくるから、大人しく寝てるんだぞ? 鍵閉めるのはいいけど、オレが返ったら部屋に入れるようにしとけよ?」
と、仕方なさそうに言うと、
「はい! もちろんです!」
アミは嬉しそうに手を上げて、ブンブンと振って見送り始める。
カレンは嬉しそうな表情を浮かべると、クロスの腕に自分の腕を絡め、グイグイと引っ張り始める。
「お、おい!」
「ちょっとだけ行きたいところがあるんだ! だから付いて来て!」
「ど、どこだよ!」
「秘密!」
「は、はあ?」
「いいからいいから!」
カレンはそのままクロスの腕を掴んだまま、その目的地まで引っ張っていく。
同じようにVR化した人間以外にはクロスがカレンの後を追尾しているようにしか見えないけれど、クロスはいつの間にか周囲の視線を気にしてしまっていた。
それはもちろんVR化した人間にこんな場面を見られたくなかったという気持ちもあったが、それ以上に今までこんな風に女の子と腕を組んで歩いたことのなかったため、初めて味わうこの気持ちに緊張してしまっていたからだった。
――ああ、もうどこに連れて行くつもりだよ!?
その緊張感とどこに連れて行かれるか分からない不安感に悩まされながら、クロスはカレンの腕から自分の腕を引き抜く真似をしなかった。クロス自身、その行動を思いつかなかったこともあるが、一番の理由は、『カレンとこうやって腕を組んでいたい』と心のどこかで思っていたからだ。
二人が辿り着いたのは、あるベンチ。
現在、誰も座っていない。
カレンはホッとしたように小さく息を吐いて、誰かに先に座られないように絡めていた腕を離すと先だって座る。そして、隣をポンポンと叩きながら、
「ほら、クロスくんも座って!」
と、促されたため、クロスもまた素直にその隣に座る。
そして、カレンは一度大きく背伸びをした後、今までクロスの隣に座ってやっていた行為――クロスの腕に凭れかかって、満足そうにクロスを見上げながら微笑む。
「こうやってしてると癒されるー」
「これがしたかったのか? それなら――」
「『部屋でも良かったんじゃないか?』とか野暮なこと言わないでよ? 今日はここでしたかったの。この場所、覚えてる?」
クロスの考えを読んでいたようにカレンは口を尖らせて不満そうな表情を見せる。も、すぐに元の微笑んだ表情に戻り、クロスに真剣な目で尋ねた。
「――覚えてるよ。つか、忘れるはずがない」
カレンに尋ねられるより先にクロスはこの場所がどんな場所であるか、ちゃんと気付いていた。が、カレンの目を見ると、覚えていなかったとしてもそう答えてしまうような気がした。
それほど、カレンの目は『覚えていてほしい』と訴えていたからだ。
なぜなら、このベンチはクロスとカレンが初めて出会った場所――言ってみれば、思い出の場所だった。




