(1)
翌朝、クロスはドンドンと叩かれるノック音で目を覚ました。が、そのノック音は気のせいだと思い込み、二度寝をしようと考えていると再び聞こえるノック音。
「あ、朝っぱらから誰だよ」
昨日のせいでまだ眠気の余韻が完全に抜け切れないクロスは、目をゴシゴシと擦りながら身体を起こす。
そして、枕の隣に小さなタオルケットをお腹に乗せるようにして、スヤスヤと気持ちよさそうな寝顔を見せながら寝ているアミの姿を見つめる。ノック音など完全に聞こえていないらしい。というより、そういう設定にしていることに気付いたクロスは、
「アミ、起きろ。お前に来客だ」
と、自分で行きたくなかったため、ゆさゆさと指でアミの身体を揺する。
「んー」とさすがに身体を揺すられたアミは、クロスと同じように目を手の甲で擦りながら、ゆっくりと身体を起こす。そして、電子キーボードを出現させてエンターを一回タンッと叩いて、大きく背伸び。
「お、ふぁようございます。早起きですね」
「起きたくて起きたんじゃない。つか、寝直す。その前に誰か分からないけど来客が来たから追い返してきてくれ」
「……まさか、そのために?」
「そう、そのために起こした」
「そんなの自分で――」
「昨日の件があるだろ」
「…………ですね、分かりました。クロスさんはゆっくりしてください」
「おう」
アミはまだ眠そうに小さく欠伸をするも、ふわふわと宙に浮くと玄関のドアの方へ向かい、いつものように電子キーボードを使って扉を開ける。クロスのことを気遣ってか、わざわざ外に出る。が、すぐに中に戻ってきて、
「クロスさん、大事な話が舞い込んできましたよ!」
「んー? 大事な話? ……もうちょっと寝た後でいいか?」
「無理です。もう入って来てます」
「誰が?」
「カレンさんとベルくんが」
「はあ? 分かった。お引き取り願え。オレはまだ寝たい」
「無理に決まってるだろ」
アミとの会話に割り込んできた声――ベル。声の様子から、いつまでも寝ているクロスが気に入らない。そんな雰囲気がモロに伝わってくる。
「うっさい、ベル。今日はアミに『休んでもいい』っていう許可を貰ってんだ。いつまで寝ようと勝手だ」
「カレン様が来てるんだ。来客に失礼な真似をするんじゃない」
「知ったことか」
「昨日の件の続きだ」
「そっちで解決してくれ。オレはすでに部外者だ。スレイのことは……、自分たちでなんとかするだろ。以上、オレの介入すべきことではない。そういう結論が出た。だから、帰れ」
クロスはもぞもぞとタオルケットの中に頭を埋めて、あえて三人の表情を見ないように抵抗した。こうでもしないと眠たいという気持ちが伝わらないと思った判断からだった。
「そっちは私も同意見なんだけどね。問題はそっちじゃないの」
ベッドに新たに加わる重みで少し傾くような感覚を感じたクロスは、ベッドの上にカレンが座ったことを察知。さすがにカレンにその態度は失礼だと思い、タオルケットから顔の半分――鼻より上を出して、カレンの背中を見つめる。
「そういう問題じゃない?」
「うん、クロスくんには問題じゃないかもしれないけど、私には十分大問題なの」
「へー、頑張ってくれ」
「うん、頑張るよ!」
「そうか。じゃあ、ゆっくり寝かしてくれ」
「それはちょっと無理かな」
「なぜに?」
「クロスくんが『うん』って言わないと帰らないように心を決めて来たから」
「分かった。眠たいから『うん』ってことにしといてくれ」
「本当に!?」
「おう、寝かしてくれたらそれでいい」
「やった! そういう適当なところ好きだよ!」
「それはありがとう。褒められてる気が全くしないけど」
「褒めてるよ、今はね! だって、ようやくクロスくんとパーティ組めるんだし! じゃあ、アミちゃん返事よろしくね! ベル、申請お願い」
アミは困った様子を浮かべながらもベルがしぶしぶ送った『パーティ申請のメッセージ』を受け取る。そして、それを許可したことにより、
〈カレン#MKさんとパーティを組みました〉
と、クロスが見やすいように位置が調整された電子画面にそう表示される。
――な、なんだ……と……。
クロスは電子画面に表示された文字を何度も繰り返しながら読んだ。目を今までにないぐらい見開いて。
驚いているクロスにカレンは顔だけをクロスの方へ向けて、にっこりと微笑む。この流れが分かっていた。そう言わんばかりの笑み――悪女が引っ掛かった男に見せるような笑みだった。
「あ、アミ! なんで勝手なことをッ!」
タオルケットを撥ね飛ばし、近くにいるはずのアミを探そうとし始めるクロス。しかし、アミは視線の先で宙に浮いており、
「勝手も何も……『「うん」ってことにしといてくれ』って言ったの、クロスさんじゃないですか。だから、あたしはその意見に従ったんですよ?」
「そ、それはそうだけど……と、とにかくだ! アミも馬鹿じゃないんだから、内容次第でオレが『はい』って言うか、『いいえ』って言うかの判断はつくだろ!」
「あー、それはですね……」
アミはクロスから視線を外して、カレンの方に視線を向ける。
クロスもアミの視線につられるようにカレンの方を向けると、「今さらそんなこと言わないよね?」と疑っていない表情。同時に切なげな視線がクロスとアミに向けられていた。
背後にはベルの「拒否することは許さない」と殺気が満ちた鋭い目もあった。
「今ではあんな感じですが、期待に満ちたものがありました。そんな状況でクロスさんが断れると思いますか? あ、いえ……クロスさんは顔を隠してたので分からなかったかもしれませんが、あたしに絶対に無理でした」
「そうだな。アミが無理って言うなら、きっとオレも無理だったに違いない。いや、絶対に無理だった」
クロスは素直に諦めた。
いや、諦める方が得策だと感じてしまったのだ。
――なんか、一難去ってまた一難って感じだな。
パーティを組んだことがなかったクロスにとって、パーティを組むということがどれくらい大変なことか分からなかったため、不安でしかなかった。それ以上に、自分の命を他人に預けることが出来るのか。他人の命を受け止めることが出来るのか。今までとは全く違う気の持ち方に戸惑いもあったのだ。
「大丈夫だよ、クロスくん」
不意にかけられた声にクロスはハッとして、カレンを見つめる。
「私だって、クロスくんだけに頼ろうと思ってないから。そんなに気負わないで。ううん、逆に私がクロスを守ってあげる」
「え、あ……ああ……」
「だから、そんな暗い顔しないでよ。私は今までパーティだったから、いきなり一人になるのが不安なの。あらかじめ言っておくけど戦闘中に助けなくてもいいし、私を見捨ててもいい。ただ、傍に置かせてほしいんだよ。それでも……駄目かな?」
クロスの目に映ったのは、カレンの決意ともとれる真剣な目。
冗談ではなく、それを本気で言っていた。
ここまでの決意をしている相手に、少しでも不安を感じてしまった自分が恥ずかしくなってしまう。同時に「命をかけてまで守ってあげたい」と思わされてしまうのだから、クロスは不思議でたまらなかった。
「分かった。これからよろしく。つか、オレは守られるほど弱くない。心配しなくても守ってやるから安心しろ」
「うん。よろしくね」
クロスとカレンは同時に手を差し出して、握手を求める。二人とも同時に手を出すとは思っていなかったため、お互いに笑いを溢しながらお互いが手を握り合う。
こうして、クロスとカレンのパーティは結成されたのだった。




