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その表示を確認したクロスは画面にタッチして確認を済ませると、その場に倒れ込むように座り込んだ。
「もー、やだ……」
精神力0《ゼロ》、疲労値MAXであることは画面表示されなくても、体感で分かるほど疲れ切ったことを現すように情けない声を上げる。
そのことを労うようにアミがクロスの胸元に飛びついてくると、
「お疲れ様です! 今日はもうゆっくりしましょう。決闘の申し込みはないと思いますけど、『拒否』を許可します。それにフィールドを出るのは禁止です。いえ、明日も休むことにしましょう!」
この一ヶ月間、アミが言うことのなかった言葉が発される。
――そんなにオレ、疲れてるように見えるのか。
まさか、アミにこんなことを言われるまで心配されると思っていなかったクロスは困ったように髪を掻いた後、その場に倒れ込んだ。
それを邪魔するようにクロスの顔を覆う影。
カレンの顔だった。
喜び、悲しみ、心配、驚愕。
その四つが混じった表情をしていた。
「ごめんね、巻き込んじゃって」
「おう」
「疲れてるの知ってたのに」
「おう」
「勝ってくれてありがとう」
「おう」
「刃弓の使い方すごかった! 今度教えてくれないかな?」
「……おう」
「『おう』じゃなくて、しっかり返事しろ。カレン様が褒めてくれてるんだぞ?」
二人の会話に割り込んでくるベル。クロスの返事に対して不満そうな表情をしているが、決闘に勝ってくれたことは嬉しいらしく、雰囲気からそれをクロスは察することが出来た。
いつも通りの口調のベルを戒めようとカレンが口を開きかける前に、
「ありがとう。クロスのおかげでカレン様はこれ以上、酷い目に合わなくて済む」
腕を組み、頭を下げる様子もない。言い方もぶっきらぼうだったが、クロスが今まで聞いたことのない素直な言葉がベルから発された。
戒めようと開いてた口からクスッと小さな笑いを漏らすカレン。
その笑いを聞き逃さなかったベルは恥ずかしそうに背中をクロスへと向けて、ツンツンとし始める。
「今度からベル、お前が守れ。カレンのパートナーはお前なんだからな」
顔だけを上げて、クロスはベルにそう言うと、
「うん、期待してるよ。ベル」
それに便乗するようにカレンもまたベルに期待を込めて、そう言った。
その良い雰囲気を壊すように、
「スレイ! お、お前ッ!」
レイの怒号が飛ぶ。
怒られているもとい八つ当たりを受けているのは、パートナーであるスレイ。
カレンたちが勝者であるクロスに向かう中、スレイだけはパートナーであるレイの元に向かい、HP薬を使って、レイのHPを満タンにさせるほどの働きを見せたにも関わらずに……。
――やっぱりそうなるよな……。
クロスはこの光景が分かっていた。
いや、この場にいる全員が分かっていた光景。
クロスが負ければカレンが辛い思いをし、クロスが負ければスレイが辛い思いをすることなんて簡単に想像出来た。が、さすがのクロスも実際に存在するカレンとデータであるスレイを天秤にかけるまでもなく、カレンを選んだ。スレイの件は後から何とでも出来ると思っていたし、何よりも自分のパートナーをあそこまでけなし始めると思っていなかったから。そこまでレイが落ちぶれているとは考えたくなかったから……。
「お前はなんで、そんなにも使えないんだよ! なんでクロスの妖精の方が……この役立たずがッ!!」
「そ、そんな……スレイだって……一生懸命……ッ!」
「使えなきゃ意味がないだろうがよッ!」
「そこまでにしてよ!」
二人の言葉を聞いていたカレンが一括しながら立ち上がり、ズンズンと肩を怒らせながらレイに近寄る。そして、レイの胸倉を掴みあげるとパンッ! とビンタを一発。軽快な音が立てて周囲に広がる。
レイはカレンに引っ叩かれると思っていのか、叩かれた箇所を押さえて呆然としていた。
――なんていう顔をしてるんだよ、あのバカは。
ゆっくりと身体を起こしながら、レイの表情を見たクロスはそう思ってしまう。
叩かれることなんて当たり前のことをして起きながらびっくりしているレイの様子が、クロスには信じられない状況だった。
「ここはカレン様に任せて、お前は移動しろ。これ以上、巻き込まれたくないだろ」
クロスの方を見ることはなく、ベルは言い放つ。言い方は相変わらずだったが、心配してくれている事だけは分かったクロスは、
「そうする。ベル、後は頼んだ」
「お前に言われなくても、ボクがなんとかする」
「そうか。アミ、行くぞ。部屋に戻る」
フラフラな身体をゆっくりと起こしながら、ベルへと背中を向けて歩き始める。
「はい! じゃあ、また今度ね、ベルくん!」
「うん、また。アミさん」
「うん! あ、待ってくださいよ!」
アミは先を歩いていくクロスの後を必死に追いかける。が、後ろにいる四人の様子が気になっているのか、チラチラと何度も確認。
クロスもまたアミと同じように四人のことが気になったが、アミのように背後を確認する真似はしなかった。振り返ってしまえば気になってしまい、また変な展開になると思ってしまったからである。
アミはクロスの肩に座ると、
「大丈夫ですかね? パーティの件もありますけど、スレイさんのこと……」
同じ立場として、その気持ちを隠しきれないように漏らす。
「さあな……」
「……ですよね、誰にも分かりませんよね」
「関係なんてものは誰かが望んで作るようなものじゃないし……。それを言ったら、オレだってアミとは最高の関係で始めたわけじゃない」
「そうですね。本当に最悪でした」
「でも、現在は仲が良いんだ。あいつらだってカレンがパーティから外れれば、良い関係を作るしかなくなるさ。本当に仲良くなるという保証は出来ないけどな」
「……望むことが、あたしたちに出来ることですね」
「ああ」
「なんか疲れてるのに、相談してすみません」
「謝るなよ。気持ちが分からないわけではないからな」
「あ、ありがとうございます」
アミは「えへへ」と嬉しそうに笑みを漏らし、クロスの耳辺りに抱きつく。
これがアミのクロスに対する感謝の態度。
だから、クロスは嫌がることはせずにそのまま無視して歩き続けた。
ゆっくり休める場所――宿屋へと向かって。




