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「だから、お前がカレンの優しさに付け込んでるって言いたいんだよ、レイ。お前の行動はリーダーとして言ってるんじゃなくて、ワガママを言ってるようにしかオレには見えない。分かったか、厨二病」
その視線に応えるようにクロスは言い放つ。
ピクッと眉を動かすレイ。
クロスがそこまで言い切ると思っていなかったのか、自らの口を押えて驚いているカレンとアミ。
ベルはクロスの発言に共感しているらしく、レイには見せないように嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「く、クロスくん!」
「本当のことだろ?」
「――ッ!」
「一回だけフィールドで見たことがあったけど、ステータス関連まで指示してたの聞こえちまったんだよ。聞く気はなかったんだけど……。さすがに人のステータス管理まで口を挟むなんてあり得ない話だ」
クロスがその光景を見たのは二週間ほどの前のことだった。知り合って、まだそんなに話していない時期であり、あまり深く関わろうとも思っていなかった時のこと。レイがカレンに対して怒鳴りつけていた。
その内容が、ステータス配分やスキル配分のことである。
もちろん、人それぞれに考えがあり、その人に合った作り方があって当たり前。カレンからアドバイスを聞くために尋ねたのならまだしも、あの時の様子を見ていた限りではそれはなかった。何かを言おうとするカレンに対し、大声で押さえつけていた。
それを見てしまったせいでクロスはパーティを組もうとも思わなくなったし、報酬よりも生き延びることを優先することを心に決めた要因の一つでもあった。
「なぁ、レイ。お前はどういうつもりなんだよ? 何を思って、カレンをそんな風に支配してるんだ?」
「お前には関係ないだろ? パーティを組もうとしないお前に何が分かるんだ!」
「そうだな。オレには分からないな。いや、お前の気持ちなんて一生分かろうとは思わない」
「だろうな。ぼっちプレイの奴にパーティプレイの役割を教えようと思っても分からないか」
「組んでる奴が納得してるんならいいんじゃないか? オレはそこまでして縛られようとも思ってないし、縛るのも嫌いなんだよ。いや、そもそもオレはお前が嫌いなのかもしれないな。いや、お互い嫌いなのか。初めて会った時から、そんな敵視するような視線で見てきてたしな。正直、気持ち悪いんだよ」
一触即発。
クロスとレイの間に気まずい雰囲気どころではなく、お互いが嫌悪を露にした空気が漂い始める。
これはまずいと思ったカレンが、
「クロスくん! わ、私は大丈夫だから! レイくんも止めようよ! 会うたびにそんなに怖い目をしてたら勘違いされちゃうよ!」
クロスの腕を掴み、少しだけ潤んだ目を向けて首を横に振る。
必死な訴え。
何か訳がある。
それを伝えるには分かりやすい表情。
が、クロスはカレンがそこまでしてレイを庇う意味が分からない。その理由を知ろうとも思っていなかったが、会うたびに敵視されていると分かる視線をぶつけられ、挙句の果てに普段以上に疲れている現在の状態では怒りスイッチが入ってしまうのはしょうがないことだった。
しかし、それ以上に機嫌が悪そうにカレンの腕を掴むレイ。
「なんだよ、そいつを庇うのか? お前とパーティを組んでるのは俺だろうがよ!」
「それはそうだけど、クロスくんは友達なんだよ? 一人なんだからそれだけ心配になっちゃうのは仕方ないことでしょ!?」
「うるさい! カレンは俺の心配だけをしてりゃいいんだよ!」
「そういうわけにはいかないよ!」
「うるさいって言ってるだろ!」
振りかぶられるレイの右手。
怒りから我を忘れたらしく、遠慮ない本気の平手打ちがカレンへと放たれる。
カレンも手が出されると思っていなかったらしく、身体の動きが完全に硬直していた。
咄嗟にそのことに気付いたクロスが、その平手打ちの軌道に自らの身体を動かすことで顔にヒット。が、クロスも食らうだけで終わるはずがなく、そのままレイの腹部に向かって蹴りを放っていた。
顔面が横に振り向くクロス。
クロスの蹴りをまともに受け、後ろに少し吹っ飛ぶレイ。
お互いが顔を向け合った瞬間、自然と闘志が燃え上がっていたのは言うまでもない。
「アミ、分かってるな!」
レイを見つめたまま、アミに吠えるように言葉を放つ。
「え、あの……本当にやるんですか?」
クロスの言っている意味を分かっているのか、『何をするのか?』ではなく、『本当にいいのか?』と尋ねるアミに、
「当たり前だろ。今のオレは完全に不機嫌だ。こいつに実力の差ってやつを教えてやるよ!」
クロスはレイを指差す。
カレンは再び二人の間に入って止めようとするが、その前にベルが立ち塞がる。そして、首を横に振った。
「べ、ベル!」
「今さら止められると思ってるんですか?」
「無理かもし――」
「無理ですよ。カレン様に悪いですけど、原因を作ってしまったのはカレン様なのですから。前からこんな風になりかねない状況だったのをクロスさんが回避してくれてたんですよ? そのクロスさんも怒ってしまった。それを止めるなんて無理に決まってるじゃないですか」
はっきりとベルに言われたことで、カレンは言葉に詰まってしまう。
ベルにまでも言われると思っていなかった。
そのことを隠そうともしない表情でカレンは、クロスとレイを交互に見つめる。
「絶対にお前には渡さないからな、クロス!」
「意味が分かんねーだよ。別にオレはぼっちで十分だって言ってるだろ。必要としてるのはお前だけだよ」
「吠え面かかしてやる」
「それはお前だろ。おい、それよりお前の相棒のスレイは? あいつがいないと返事が出来ないだろ」
「ちっ、アイテムを買いに行かせてるんだよ。ったく、ちんたらちんたらしやがって! あのノロマがッ!」
「おま――」
「誰がノロマですか! スレイさんはしっかりとやってるじゃないですか!」
クロスが文句を言う前に怒ったのはアミだった。
同じサポート妖精として主人のために必死に働いていることは当たり前。何よりも自分が選んだ主人を死なせたくない。そんな思いで主人のために動いているのだから、こんな風にバカにされたくなかった。
その気持ちを訴えるようにレイを睨み付けるアミ。
それはアミだけではなく、ベルもだった。
あんなにクロスのことを嫌っていたベルが、クロスの耳元に近づくと、
「あまり頼みたくないけど、カレン様のためにもそいつをボコボコにしてください。クロスさんよりも腹が立ってたんです」
と、耳打ちしてくるほど。
――お前、嫌われ過ぎだろ。
今まで燃焼していた怒りが少しだけ和らいでしまうほど、妖精にも嫌われるレイが不憫に思えてきてしまうクロス。
まさか妖精にまでもこんな視線を向けられると思っていなかったらしく、レイの怒りは目に見えて燃え盛るばかりだった。




