八話目 ほんの少しだけ違う日常
いつも通りの朝。
私はいつも通りに副業を開始する。
ただ、いつもとは違い獲物を見定めるということはしない。
二兎を追うものはなんとやらということわざがあるようにすでに狙いを定めている獲物があるのに欲を出せばすべて逃がす可能性があるというわけだ。
だからこそ、私は久方ぶりに純粋に副業に専念する。
今日の話は前の時とはまた違う話。
どこぞの寒村で次々と人が死神に襲われていく話だ。
別にそれが専門というわけではないが、それ以外の話をする気はあまりないので改めて話を創作する気はない。
ただ一つ気になるのは、あの少女の動向である。
本当にみすみす逃して大丈夫だったのか? その不安がどうしても付きまとう。
仮に彼女の死神が実在してみたいな話をしても信じられることはないと思うが、例の少年の耳に入ることがあればかなりまずい事態になる。
「さて、死神はあなたのすぐそばにいるのかもしれません」
普段から獲物を探しながら話をするという器用なことをこなしているせいか、他事を考えながらでも余裕で話をすることができた。
何人か魅力的な人がいるがとりあえず我慢だ。
私は深々と頭を下げる。
話が終わった時の反応はいつもとあまり変わらない。
子供たちは不安げな表情を浮かべ、大人たちはいい話が聞けたと満足げな表情を浮かべている。
麦わら帽子君と二人でお代を集めてその場から足早に立ち去っていく。
いつも通りの日常だ。
いや、今夜は久しぶりにぐっすり寝れるのだからそういった意味では少し違ってくるのかもしれない。
「さて、宿に帰るとするか」
「うん」
どういうわけかいつもの少年の影もないし、今日はどことなく調子がいい。
いいことが続くと何かがあるのではないか? などということは考えない。
そんなことを考えるから悪いことがあるのだ。少なくとも私はそう思う。
「今日の仕事はこれで終わりかい? いつもとは違うようだね」
「……結局、こうなるのね」
余計なことを考えたせいなのだろうか?
ある意味、いつも通りだから気にしなくてもいいか。
「何の用?」
「いや、今日は偶然通っただけだよ」
「いつも狙っているような口ぶりね」
「おや? なぜ、わかったんだい?」
彼の言動に思わずため息をついてしまう。
優秀なのかただのバカなのか、何を考えているのか全く分からない。
ただ、私の過去をご丁寧に調べ上げられるほどの力は最低限持っているという意味では油断ならないからただのバカということはないのだろう。
「そうだ。せっかくあったんだから、昨晩の続きでも話そうか?」
「昨晩?」
「そうだよ。どうして君が旅芸人なんてものをやっているか。あの後、もう少しだけ調べさせてもらったんだよ。まぁ時間がなかったから噂程度の裏がとれていない情報だけど」
「それで?」
聞きたくないといわんばかりに不機嫌を全身で表現するが、彼はわれ関せずといった雰囲気だ。
「……君さ。某国の専属魔術使いになるって話すらも断ったらしいね」
「どこからそんな話を?」
「まぁちょっとした情報筋からね。その反応だと本当にそうしたのかい?」
「事実よ」
嘘をついても仕方ない。というか、ついたところで彼はすぐに裏を取ってくるだろう。
だから、無駄なことはしない方が楽でいいという判断が頭の中でくだされたのだ。
「それはどうして?」
「私の勝手でしょ? あなたの想像通りだろうが、私がただ単に旅芸人を続けたいと思っているからか……」
「ねぇ。なんでお兄さんはお姉ちゃんがいるところにいつも来るの?」
ここにきて半ば存在を忘れかけていた麦わら帽子君が口を開いた。
少年は少し空を仰いだ後、ポツリと言った。
「……ボクの興味だよ」
そう言い残して、彼は立ち去っていく。
「あいつの方から離れていくなんて珍しい日もあるのね」
私の声は街中の喧騒に飲み込まれていった。