二話目 朝になっても彼はいる
朝。大して寝た覚えがないが私はゆっくりと体を起こして伸びをする。
朝日が宿屋の窓からちょうど私に向けて差しこんでいて、まぶしさで目を細める。
昨日から続く高揚感のせいか眠気はなく、なんとも目覚めの良い朝だ。
ただ、先ほどからおなかに感じている重量が気になってい仕方ない。
とりあえず、上体を起こしてその重量の正体を確認する。
「あぁ。なるほどね」
そして、体を寝かす。
「うん。きっと夢だ。まだ、夢を見ているに違いない」
自分に言い聞かせながら頬をつねってみる。うん。痛い。
今一度体を起こすと、私の上に乗っかるような形で男の子が寝ていた。
黒い髪、小麦色の肌、そして麦を編んで作ったと思われる帽子に肌着と必要以上に短いズボンという服装……昨日は暗くてよく見えていなかったが、恐らく昨日の男の子だろう。
「なんでここにいるのさ……」
記憶が正しければ、確かに表通りに寝かしておいたはずだ。
しかし、彼はなぜかここにいる。
私は小さくため息をついてその小さな体を揺り動かす。
「おい。起きろ。どこのだれかわからないけれど、起きてくれ」
「うーあと、三十分……」
ある種、典型的なギャグをかましながら男の子は眠り続ける。
「何があと三十分だ! 起きろ!」
私が頭をたたくと、スパーンといい音がして、ようやく男の子が覚醒する。
彼は周りを見回した後、いかにも眠いですという具合にとろんと垂れた目で私を見つめた。
「お姉さん誰? ここはどこ?」
「少しはひねりがないのか? まぁいいけれどさ。思いから降りてくれない? 起きれないから。あと、ここは王都の13番通りにある宿だよ。帰るなら勝手に帰って頂戴」
「王都13番通り? どこそこ?」
「はっ?」
思わず聞き返してしまった。いくらなんでもこれを知らないとはいかがなものだろうか?
今まで多くの町を渡り歩いてきたが、どの街も例外なく一番中心にある環状線から順に1番通り、2番通りと名付けられて放射線状に道が伸びていた。
そこから枝分かれするような形でいくつもの細い通りや路地が存在しているというのがこの国における一般的な町の構造だ。
これは古くの王が一気に整備したものだという話で……とこんなことはどうでもいい。
一番の問題は、目の前の男の子が国にいる人間なら簡単に知りえる常識を持ち合わせていないということだ。
「あのさ……どこから来たとかわかる?」
男の子は静かに首を振る。
「じゃあ名前とかは?」
「わかんない」
「はい? つまり、どこのだれか自分でもわからないって言いたいの?」
「うん」
俗にいう記憶喪失というやつだろう。
これはますますややこしいことになってきた。
突然、厳重な結界の中に現れ、記憶は持っていない。
どう考えてもゆゆしき事態だ。
結界が入られた云々はどうでもいいとして、記憶を持っていない彼の扱いが問題になる。
事情を説明して冒険者ギルドに託せばいつかは親が見つかるのかもしれないけれど、あまりそれはしたくはない。かといって、彼を連れていくとなると“本業”に支障が出る恐れがある。
私は目の前に立ちはだかる問題に思わず頭を抱えてしまう。
はっきり言って、彼の人生など私には関係ないのだからそこら辺の通りに放っておいてもいいのだが、現状を考える限り、彼は再び自分の目の前に現れる可能性が高い。
「だったらさ、記憶を取り戻すまで私と一緒に来る? 一応さ、私が旅芸人をやってるからその仕事を手伝ってもらうことになるけれど」
勝手に口がそう動いていた。
決して、お金を稼ぐための“副業”がめんどくさいからとかそんな理由ではない。断じて違う。
いかにして、本業をごまかすかは後々考えるとして私は男の子を見つめる。
彼はあたりをきょろきょろと見回して、少し空を仰いだ後、小さくうなづいた。
「わかった、お姉さんの手伝いするよ」
「そうか。だったら、よろしくな!」
「うん!」
男の子はニコッと笑みを浮かべる。
私もそれにつられるように笑顔を浮かべた。
この子の魂。どんな色をしているのかしら……
ただし、それは心のうちに秘めるどす黒い感情からくるものだが……