一話目 路地裏の少年
「くひっひっ血はくっそまずかったけれど魂いい色しているわねぇ。やっぱり、私の目には狂いはなかったわぁ」
返り血がべっとりとついたローブを脱ぎ捨てた私は満足げに手に持ったランタンを見つめる。
その中では真っ青な炎が光を灯しあたりを不気味に照らしていた。
手に持っているランタンの灯りは先ほどの男の魂だ。
なめたときに血の味がひどかったのが少々気になってはいたのだが、血の味と魂の質は必ずしも同一ではないのだという発見に好奇心を隠せなかった。
どうせなら、血もおいしくて魂も美しい人を探してみよう。
私は上機嫌で人気のない真っ暗な路地裏を闊歩する。
「いやーほんときれい! いや、いい収穫だわ。王都って人が多いし、仕事もしやすそうだからもうしばらくここにいようかしら」
私は軽く鼻歌を歌いながら路地を歩く。
殺人を犯した後でこんなにのんびりしていていいものかと聞かれれば、あまりよろしくないのかもしれなが、人払いの結界とかいろいろ張ってあるからまったくもって問題はない。
今まであの多重結界を破って外部から入ってきた人間はいないし、中に閉じ込めた人間も脱出をしたことはないと自負している。自負しているというのは、ターゲットと外からの侵入者以外に関心がないため、絶対にそうだとは言えないのだ。
「あーでも、ローブはやっぱり回収しておこうかしら。ちょっと、しくじって血がついちゃったけれど洗えば使えそうだし。いやーでも洗うのめんどそうだしどうしようかな……これと違って洗うの面倒だし」
独り言をぶつぶつとつぶやきながら路地裏で大鎌を振り回している姿はまさに異様だろう。
だが、その姿を誰かに見られることはない。
「まぁいっか。戻るの面倒だし。もう、路地も出ちゃうし……いやーいい収穫だったよ。一応、お礼は言っておこうかな。どこかの誰かさん」
私は男の死体があるであろう方向に語りかけ、鎌を小さな黒い筒の形にして路地の入口に置いていたカバンの中に収納する。
「損害はローブ一着。まぁこれが得られたと思えば安いわね。と、そろそろ宿に戻ろうかしら」
ローブを失ったことも含めて大体、ここまではいつも通りだ。
路地裏に放置した死体も結界を解除するとそれとともに消えるようになっている。
だが、いつもと違う点が一つだけあった。
何やら得体も知れない違和感を感じたのだ。
それは、ほんの一瞬だったが少しの異常も見逃すわけにはいかない。
仮にこんなことをやっていることがばれたらいろいろとまずいことになるからだ。
私は、小さくため息をついて違和感の発生源を探ることにした。
あくまで推測の域を出ないが、さっき感じたのは強力な魔力の類だとあたりを付けて路地を進んでいく。
しかし、路地裏に大した変化はない。
「気のせいね」
きっとそうに違いない。
誰にだって勘違いはあるだろう。おそらく、久しぶりの良物の獲物に浮かれすぎていたのかもしれない。
そう結論付けて、後ろを振り向いたとき。
「ありゃー気のせいじゃなかったのか……」
少しばかり頭痛がした気がして、思わず頭に手を当ててしまう。
私が振り向いたときに視界に入ったのは先ほどと同じ路地だ。
しかし、つい数分前と違うところはそのど真ん中に10歳にも満たないであろう男の子が倒れていることだ。
私は本日二度目のため息をついて男の子をいわゆるお姫様抱っこの要領で持ち上げる。
腹が上下しているから呼吸はしっかりとしているのだろう。
正直なところ普段であれば放置しておくのだが、残念なことにここは結界の中。
どうやって入ったかは知らないが、このまま放置しておけば結界の消失とともに彼はこの世から消滅してしまうのだろう。
そうなると何とも後味が悪いのでとりあえず、表通りにでも寝かしておけばいいと考えて私は彼を連れて暗い路地裏を後にした。