プロローグ
王都の路地裏を一人の男が顔を真っ青にして駆け抜けていた。
男は、何度も何度も後ろを振り向きながら、ごみをかき分け路地裏の猫を蹴って走り続ける。
男が振り向くたびにその視界に移るのは一人の少女である。見た目だけでいえば、10代前半ぐらいと思われるが、真っ黒なローブをまとい、背丈と同じぐらいの長さの大鎌を持つその様子はとてつもなく異様な雰囲気をまとっており、まさに死神という言葉がぴったりと合う容姿だ。
男はほんの軽い気持ちで……帰りが遅くなるから近道をしようと思っただけなのだ。なのに路地裏に入ったとたんにこうして少女と出くわした。
異様な雰囲気をまとった少女は男に対して無関心な様子で悠々と歩いている。しかし、その両目は冷たく男を見つめ彼女が持つ大鎌は月光を反射して怪しい光を放っている。
命からがら必死に逃げ回る男とは違い、彼女はまるで男の動きを読んでいるかのように彼の行く先々に現れ、この狭く入り組んだ路地から彼を開放することを許す様子は一向に見えない。
男はそれでも自らが逃げ切られると信じて必死に路地から脱出を試みるが、ついに彼は行き止まりの道に追い詰められてしまった。
「おいおい! 勘弁してくれよ!」
少女はゆっくりと男の方へと歩み寄ってくる。
必死に壁をよじ登ろうとするが、壁は高く足台になるようなものが見当たらないため、どうあがいても壁の向こうに行くことはかないそうにない。
「おい! 待て! 待ってくれ! 俺が何をしたっていうんだ!」
逃げ場がないと判断した男は意地もプライドも捨てて、生きたいという欲求に忠実になりながら少女に語りかける。
腰を抜かし、それでもなお壁に背をぴったりとつけて少しでも少女から離れようとするが、彼女がこちらへ歩み寄っている以上、距離が離れることはまずない。
「やっやめろ! 近づくな! 金か? 金なのか? 金だったらいくらでも出すから! だから助けてくれ! 来るな!」
どれだけ必死に男が抵抗しようと、少女には関係ない。
彼女は、感情のこもっていない瞳で男の様子を一瞥した後に手に持った鎌を振り上げる。
「ひっ!」
男は小さく悲鳴を上げた後、ザシュッという音とともに男の首と胴体が切り離される。
その体から鮮血が噴き出し、少女に降りかかるが少女は無表情でそれを浴びる。
男の身体が崩れ落ちるのを確認すると、彼女は鎌についた血液を口に含んだ。
「まずい……さすがにこんな奴の血は飲めたもんじゃないわね」
ここにきて、少女は初めて顔をしかめるという形で表に感情を現しが、すぐに元の無表情に戻る。
口に含んだ血を吐きだし、少女は男の死体に背を向けて立ち去って行った。
翌日、住民がいつも通りにそのあたりの路地を利用していたのだが、不思議なことにその男の死体が発見されることはなかったのだという……