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異界寓話  作者: 来生尚
3/15

天空に舞い上がる大太刀

「助けてーー!」


 路地に響く女の絶叫。


「ベタだな」


「そうだね」


 興味なさそうにサクとギルは絶叫を聞き流す。


 こんな騒ぎにイチイチ首を突っ込んでいてはキリがない。


 ついでに、助けてやる義理もない。


 絶世の美女というのなら話は別だが……。


 淡々とした様子で、二人はその場から離れようとした。



 その時。


「あーあ。あんな強そうな兄ちゃんまで逃げるなんて、よっぽど俺様に恐れをなしたんだな。お嬢チャン、諦めな」


 ピクリ、とギルの眉が動き、足が止まる。


 サクは溜息をついた。


「俺、もしかして腰抜け認定?」


 敢えて何も言わず、サクはチンピラ風の男を見た。


 趣味の悪い格好だなとしか印象に残らなかった。


 この間も、お嬢チャンの悲鳴や泣き声が二人の耳には届いていた。



「何かムカつくなあ。やっちゃっていい?」


「好きにしろ」


 大太刀を背中から開放するギルを止めようとはせず、サクはタバコに火をつけた。


 せめて一本位は吸う時間をくれよと、心の中でチンピラの健闘を祈った。


 大太刀を構えるギルを見て、チンピラの額には冷たいものが流れた。


「近付くな。近付くとこいつを殺すぞ」


 焦るチンピラにギルはにっこりと笑いかけた。


「ご自由に。そのコ、別に知り合いでも何でもないし。関係ないもん」


 紫煙を燻らせ、サクはお嬢チャンを観察した。


 ただチンピラに絡まれたか、それとも大金持ちのお嬢様で誘拐されたのか、はたまた借金の質草に取られた貧乏娘か。


 そこはかなり重要なポイントだ。


 服は……特に目立った汚れはないな。珍しいものでもない。


 近付いてみないと、材質まではわからないし。


 貴金属もこれといって身に着けていないようだ。


 ということは金持ちでもなく、貧乏でもないといったところか。


 助けてやってもあまり見返りは期待できなそうだから、チンピラが傷つけようが何しようが放っておこう。


 と、取らぬ狸の皮算用を相方がしているとは露知らず、ギルはニコニコと男に詰め寄る。


「俺ね、こう見えてもそれなりに強いよ」


 じりっと男が一歩交代し、身構える。


「相手してみる?」


 チンピラが懐からナイフを出そうとした瞬間、ギルは太刀を空に放り出した。




「え!?」




 チンピラとお嬢チャンがあっけに取られて空を見上げた瞬間、ギルはぐっと体に力を篭めて後ろ足を蹴りだし、こぶしを男のみぞおちに一発食らわせた。


「がっ。素手かよ」


 苦痛に顔を歪め、男が地面に倒れこむ。


 チンピラに腕をつかまれていたお嬢チャンも、引っ張られるようにして地面に転がり込む。


 放り投げられた太刀は、ギルの目の前に深々と突き刺さった。


 鼻を掠めた太刀に、男は泡を吹いて気を失った。


「あぶなっ」


「ノーコン。いくら飾り物の切れない太刀でも、当たったら死ぬぞ」


 やっぱり一本もたなかったかと溜息をつき、サクはギルに歩み寄った。



「満足したか」


「うん」


 ギルは太刀を背中に背負いなおし、ぎゅっと硬紐で体に結びつけた。


 二人は完全にお嬢チャンの事は忘れ去っている。


「それにしても、折角なんだから歯をつけたらどうだ。鍛冶屋くらい紹介するぞ」


 タバコを踏み消し、サクがギルに呆れ顔で問いかけた。


 ギルは相変わらずの笑顔で、いーんだよとだけ答えた。


「だって、これで人を斬らないって約束したんだ」


「誰とだよ」


「俺の彼女」


「いたのか?」


 この図体のでかい相棒と旅して数ヶ月、そんな話を耳にするとは思っていなかったサクは、どんな物好きがと思ったがそれは口にはしなかった。


「うん、港町の巫女様。龍を連れて行ったら付き合ってくれるって言った」


「脳内彼女か。妄想はそのくらいにしておけ」


 珍しくギルが顔色を変えて怒った。


 しかしサクはどこ吹く風。気にも留めていない。


「大体お前、龍なんて本当に存在していると思っているのか。そんなものはこの国ではお伽話の中にしかいないんだよ。これ、基礎知識な」


「彼女は嘘をつくような人じゃない。龍はいるんだ、絶対に」


 ムキになって反論するギルをサクは嗜めるように肩を叩いた。


「それでも、いないんだよ。龍なんて」


 諦めろといわんばかりのサクに、ギルはその手を払った。


「うるさい! 俺は絶対に探し出して彼女と付き合うんだ!」


「……勝手にしろ」





 呆れた様子で、サクはギルにこれ以上何かを言おうとはしなかった。


 向かいあう二人の様子は、かなり険悪なものになっていた。


「あの……」


 お嬢チャンが恐る恐る二人に声を掛ける。


 ギルは微笑みながら、サクは特に顔色を変えることなくお嬢チャンを振り返る。



「礼なら現金以外は受け取らん。払うものがないのなら、話は以上だ」


 冷淡な口調で告げ、サクは踵を返して路地の角へと歩き出す。


 ギルもその後に続いて歩き出そうとする。


「……宝石なら」


 風のような速さでサクが舞い戻り、お嬢チャンの前に笑顔で立つ。


 もっとも、その笑顔はローブに隠されていてお嬢チャンが見ることは無かったが。


「話を聞かせて貰おうか」


 彫金師見習いのお嬢チャンは、手元に持っていたチンピラに狙われた宝石を二人に差し出した。


「これ換金して何食う?」


「お前は食い物の事しか考えてないのか。とりあえず小一時間説教な」


「えー。やだよー。何で俺がサクなんかに説教されなきゃいけないんだよ」




 ボコ。




 ギルの頭の上に巨大な石が落ちてくる。



「痛ーーー! 文句があるなら口で言え!」


「うるさい。ギャンギャン吼えるな」


 言い合いしながら遠ざかったいく二人組を見て、お嬢チャンは我に返る。


 結局チンピラに奪われるのと大差なかったような。


 しかし取り返す気力もなく、悪い夢を見たと思うことにでもしようと自分を慰めた。

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