天空に舞い上がる大太刀
「助けてーー!」
路地に響く女の絶叫。
「ベタだな」
「そうだね」
興味なさそうにサクとギルは絶叫を聞き流す。
こんな騒ぎにイチイチ首を突っ込んでいてはキリがない。
ついでに、助けてやる義理もない。
絶世の美女というのなら話は別だが……。
淡々とした様子で、二人はその場から離れようとした。
その時。
「あーあ。あんな強そうな兄ちゃんまで逃げるなんて、よっぽど俺様に恐れをなしたんだな。お嬢チャン、諦めな」
ピクリ、とギルの眉が動き、足が止まる。
サクは溜息をついた。
「俺、もしかして腰抜け認定?」
敢えて何も言わず、サクはチンピラ風の男を見た。
趣味の悪い格好だなとしか印象に残らなかった。
この間も、お嬢チャンの悲鳴や泣き声が二人の耳には届いていた。
「何かムカつくなあ。やっちゃっていい?」
「好きにしろ」
大太刀を背中から開放するギルを止めようとはせず、サクはタバコに火をつけた。
せめて一本位は吸う時間をくれよと、心の中でチンピラの健闘を祈った。
大太刀を構えるギルを見て、チンピラの額には冷たいものが流れた。
「近付くな。近付くとこいつを殺すぞ」
焦るチンピラにギルはにっこりと笑いかけた。
「ご自由に。そのコ、別に知り合いでも何でもないし。関係ないもん」
紫煙を燻らせ、サクはお嬢チャンを観察した。
ただチンピラに絡まれたか、それとも大金持ちのお嬢様で誘拐されたのか、はたまた借金の質草に取られた貧乏娘か。
そこはかなり重要なポイントだ。
服は……特に目立った汚れはないな。珍しいものでもない。
近付いてみないと、材質まではわからないし。
貴金属もこれといって身に着けていないようだ。
ということは金持ちでもなく、貧乏でもないといったところか。
助けてやってもあまり見返りは期待できなそうだから、チンピラが傷つけようが何しようが放っておこう。
と、取らぬ狸の皮算用を相方がしているとは露知らず、ギルはニコニコと男に詰め寄る。
「俺ね、こう見えてもそれなりに強いよ」
じりっと男が一歩交代し、身構える。
「相手してみる?」
チンピラが懐からナイフを出そうとした瞬間、ギルは太刀を空に放り出した。
「え!?」
チンピラとお嬢チャンがあっけに取られて空を見上げた瞬間、ギルはぐっと体に力を篭めて後ろ足を蹴りだし、こぶしを男のみぞおちに一発食らわせた。
「がっ。素手かよ」
苦痛に顔を歪め、男が地面に倒れこむ。
チンピラに腕をつかまれていたお嬢チャンも、引っ張られるようにして地面に転がり込む。
放り投げられた太刀は、ギルの目の前に深々と突き刺さった。
鼻を掠めた太刀に、男は泡を吹いて気を失った。
「あぶなっ」
「ノーコン。いくら飾り物の切れない太刀でも、当たったら死ぬぞ」
やっぱり一本もたなかったかと溜息をつき、サクはギルに歩み寄った。
「満足したか」
「うん」
ギルは太刀を背中に背負いなおし、ぎゅっと硬紐で体に結びつけた。
二人は完全にお嬢チャンの事は忘れ去っている。
「それにしても、折角なんだから歯をつけたらどうだ。鍛冶屋くらい紹介するぞ」
タバコを踏み消し、サクがギルに呆れ顔で問いかけた。
ギルは相変わらずの笑顔で、いーんだよとだけ答えた。
「だって、これで人を斬らないって約束したんだ」
「誰とだよ」
「俺の彼女」
「いたのか?」
この図体のでかい相棒と旅して数ヶ月、そんな話を耳にするとは思っていなかったサクは、どんな物好きがと思ったがそれは口にはしなかった。
「うん、港町の巫女様。龍を連れて行ったら付き合ってくれるって言った」
「脳内彼女か。妄想はそのくらいにしておけ」
珍しくギルが顔色を変えて怒った。
しかしサクはどこ吹く風。気にも留めていない。
「大体お前、龍なんて本当に存在していると思っているのか。そんなものはこの国ではお伽話の中にしかいないんだよ。これ、基礎知識な」
「彼女は嘘をつくような人じゃない。龍はいるんだ、絶対に」
ムキになって反論するギルをサクは嗜めるように肩を叩いた。
「それでも、いないんだよ。龍なんて」
諦めろといわんばかりのサクに、ギルはその手を払った。
「うるさい! 俺は絶対に探し出して彼女と付き合うんだ!」
「……勝手にしろ」
呆れた様子で、サクはギルにこれ以上何かを言おうとはしなかった。
向かいあう二人の様子は、かなり険悪なものになっていた。
「あの……」
お嬢チャンが恐る恐る二人に声を掛ける。
ギルは微笑みながら、サクは特に顔色を変えることなくお嬢チャンを振り返る。
「礼なら現金以外は受け取らん。払うものがないのなら、話は以上だ」
冷淡な口調で告げ、サクは踵を返して路地の角へと歩き出す。
ギルもその後に続いて歩き出そうとする。
「……宝石なら」
風のような速さでサクが舞い戻り、お嬢チャンの前に笑顔で立つ。
もっとも、その笑顔はローブに隠されていてお嬢チャンが見ることは無かったが。
「話を聞かせて貰おうか」
彫金師見習いのお嬢チャンは、手元に持っていたチンピラに狙われた宝石を二人に差し出した。
「これ換金して何食う?」
「お前は食い物の事しか考えてないのか。とりあえず小一時間説教な」
「えー。やだよー。何で俺がサクなんかに説教されなきゃいけないんだよ」
ボコ。
ギルの頭の上に巨大な石が落ちてくる。
「痛ーーー! 文句があるなら口で言え!」
「うるさい。ギャンギャン吼えるな」
言い合いしながら遠ざかったいく二人組を見て、お嬢チャンは我に返る。
結局チンピラに奪われるのと大差なかったような。
しかし取り返す気力もなく、悪い夢を見たと思うことにでもしようと自分を慰めた。




