事情説明と事実確認
「ま。いっか」
「何がだよ」
「侵略」
「寝るとか食事とか買い物とかと同じレベルでいう言葉ではないだろう」
くすくすっとギルが笑い声を上げる。
「多分、俺、サクには勝てないもん」
「当たり前だ」
当然だと言うサクがおかしかった。
そしてサクがそう言うなら、きっとそうなんだろうとギルは思ってしまった。
単純すぎるがゆえに刷り込まれているだけだと、サクが知ったらツッコミを入れるだろうが。
「ねえサク」
「なんだ」
「クレア公になるの?」
「ならない。だから龍魂を親父に返しに行こうと思っていたんだ」
「あー。だからクレア領の都に行くって言ってたんだ」
サクが頷くのを見て、どこかギルは安心した。
この企みにサクは関わっていない。多分サクもまた、巻き込まれているだけなのだろうと。
「で。お前は何様だ?」
「何様って」
問いかけるサクにエイのストップの手が伸びる。
横からサクの口にエイが手をあて、喋るのを制する。
「ちょっと黙っててください。兄さん」
ギルは自分とサクの間に立ちはだかるエイを、憮然とした表情で見下ろす。
決してエイの背が低いわけではなく、ギルはクレアの民の平均身長に比べてかなり背が高い。
「ギルバート様。一度整理しましょう。どうやら複雑に色々な事が絡みすぎているようですから」
別にそうだとは思わなかったが、ギルは頷いてエイの話を促した。
ノゾミはエイとギルの二人を忙しなく見比べる。
その視線が、ギルにまた不快感を思い出させると知ってか知らずか。
「まずこちらの事情を説明しましょう」
エイの説明はこうだ。
クレア公はそろそろ引退して最愛の妻(サクとエイの母)との時間を楽しみたい。
なので息子のどちらかに跡を継いでもらいたい。
が、放蕩長男は帰って来ない。次男は次男で魔法使いの弟子入りをしてしまって帰って来ない。
最愛の妻に手許に戻ってきてもらう為には、手っ取り早く長男を手中に収めて森から出てくるよう仕向ければいい。
というわけで、公は領主の証であり代々引き継いでいる「龍魂」を長男サクに埋め込んだ。
そうすればサクは都に戻ってこざるを得ない。必然的に妻も都に戻ってくるだろう。
「母さん、そんなに単純じゃないぞ」
バカかと呟くサクの声をエイは無視した。
「というわけで、現在のクレア公は必然的に兄さんね」
もう訂正するのも馬鹿馬鹿しいと思ってサクは黙り込んだ。
更にエイの話は続く。
現状クレアに後継者はいないことになっている。
サクはエイが生まれた後、幼い頃から森で育てられている。その存在を領民たちは知らない。
ごくごく僅かは身内だけがサクの存在を知っている。
エイはエイで緑の民の特徴は薄いが、その特殊な能力の一部を使う事が出来る。
その力に磨きをかける為に某有名魔法使いに弟子入りして帰って来ない。
クレアは断絶される。
そう悲観した有力者たちが担ぎ出してきたのがノゾミ。
神殿で花嫁修業中だったノゾミはサクとエイのはとこであり、二人を除けば唯一クレアの血を引き継ぐ者。
ノゾミを担ぎ上げ娶ってしまえば、クレアの椅子は必然的に転がり込んでくる。
そんなわかりやすい陰謀劇が水面下で繰り広げられている。
それに気が付いたクレア公は、ノゾミを自領で降嫁させることに不安を感じ、異国に嫁がせることに決める。
「で、その相手に選ばれたのがギルバート様です」
サクがえっ? という顔でギルを見る。
ギルもえっ? という顔でエイを見る。
「全く身に覚えが無いようだが」
サクの言葉にエイもえっ? という顔でギルを見る。
「単純に俺、巫女様に一目惚れしただけなんだけれど? そんな複雑な話なの?」
当人は暢気なもので、ギルはきょとんとしている。
「ギルバートさま」
ノゾミの目は明らかにハートになっている。
やっぱりノゾミはギルに惚れてんのかよと、サクは心の中で呟いた。
んじゃ、エイは?
思ったけれど口にはしないまま、事の成り行きを見守る事にした。とりあえずギルの問題を片付けてしまわないと龍魂をどうにかする話にはならなそうだし。
サクは再び煙草を口に咥える。
それが話すつもりは無いということを表しているのだと、ギルもエイも知っている。
「元は複雑な話ではなかったと思いますよ。ノゾミが異人に求愛されたと聞き、それが誰かを調べた結果、ギルバート様なら構わないという事になったのです」
「ふーん」
「もっとも、ノゾミがそれを望んでいるのかが問題ですが」
はっとした表情でノゾミがエイを見る。
エイとノゾミの間にえもいわれぬ空気が流れる。
責めるような、居心地の悪いものが。
「……ノゾミは、ノゾミは」
何かを言おうとし、そしてノゾミは俯いてしまう。
なーんか複雑そうだなと思ったが、サクは口を挟まずギルを見つめる。
ギルは困ったように眉を下げている。
うーん。面白い展開だな。
サクは口をにやりと引き上げる。
知る限りノゾミとエイはこれといった関係は持っていなかったはずだ。が、先ほどのエイの振る舞いを見ると、何かがあったと見てもいいだろう。
そこにギルがちょっかい出して、あとはノゾミ次第といったところか。
面白すぎるじゃないか。
自分の事でなければ、とことん厄介事は楽しむ主義のサクである。
「クレア領の領主に縁続きでも、わたくしはちょっと小金持ちの家の娘に過ぎません。ノゾミはギルバートさまには相応しくないと思います」
顔を曇らせるノゾミは本当にそう思っているのだろう。
だがそれはエイの問いへの答えにはならない。
「ギルバートさま。ノゾミはギルバートさまに相応しくなる為にも、クレア領主になりたいのです」
「いやいや。別に領主とかどーでもいいし」
ギルはにっこりと笑ってノゾミを見る。
「一緒にいてくれたらそれでいいよ。領主になったら一緒にいられないでしょ。俺、いつかは国に戻らないといけないし」
「でもぉ」
「どこの誰が言ったか知らないけれど、別に俺はただのギルバートだし。国のことは関係ないよ」
うん。これはエイが振られたと見ていいだろう。
ぽんっとサクがエイの肩を叩く。が、エイは淡々とした表情をしている。
「説明してあげましょうか?」
「何をだ」
「ギルバート様の正体」
「……大方隣国のお偉いさんの息子なんだろう? お前までが様を付けて呼ぶくらいなんだから、賓客扱いする程度に身分が高いんだろ?」
「兄さんは暢気で羨ましい」
侮辱とも取れる言い方に、サクがぴくりと眉を動かす。
「ギルバート様は隣国の王子ですよ。気軽に水掛けるのはもう止めて下さいね」
「おうじさまだぁ!?」
ひっくり返った声が神殿の中に響き渡る。
「言ってなかったっけ?」
「知らんわっ」
のんびりとしたギルの声にサクは即答する。
「でも勘当されてるから別に偉くないし」
「そーいう問題じゃねぇ。このスカポンタン!」
手の中に風を集めたが、それを投げつけるのはやめておいた。
そんなサクの様子にギルはふんっと鼻を鳴らす。
「見た目。身分。そんなものが大事かな? そんなものを通して見たものなんて何の価値も無いのに」
「ギル?」
「俺はサクが緑の民だろうがクレア領主だろうが関係ないよ。ただのサク。傍若無人で短気でやたら高度な魔法を使う魔法使いでしかないよ」
エイがふーっと溜息を吐いたのをギルは無視した。
恋敵だからという理由だけではなく。
「生まれた時の環境が全てだなんておかしくない? 俺は俺。サクはサク。ノゾミちゃんはノゾミちゃんでしょ。身分とか関係なくてさ」




