サクの正体とギルの嫉妬
「返せって言われてもなぁ」
サクは困ったように顔を歪める。
ふーっと溜息を吐いたエイがノゾミに冷たい視線を投げかける。
「ノゾミには龍魂を持つ資格は無い。あれはクレア公のものだ」
「ではお兄様にも持つ資格なんてありませんわ。お兄様はクレアの名を継がず、緑の民におなりになられるのでしょう」
「だからといってノゾミが持つという事は未来永劫ありえない。その資格は僕か兄さんのいずれかにしか無い」
「でもお二人とも継ぐ気が無いのですから、順番的にわたくしがなるべきでしょう?」
「代々クレア公は男性と決まっている」
「はっ。今時そんな男尊女卑な発言はまかり通りませんわっ」
エイとノゾミの会話を聞きながら、すすすーっとギルがサクの傍までやってくる。
「わかりやすく説明して」
ふっとサクが鼻で笑う。
が、それはギルに向けられたものではないようだ。
「俺にもわからん」
「はー?」
呆れたギルの様子など、サクは全く気に止める素振りもない。
「俺はずっと親元を離れて暮らしている。お前に会う前も気ままに一人旅をしていた。だからクレアの事はわからん」
一刀両断して取り付く島もないサクに、ギルは溜息を吐き出す。
「お前、クレア領の領主の息子なんだろ?」
「ああ。長男だ」
「で、緑の民なの?」
「ああ。緑の民だ。別名を森の民とも言う」
視線の交わったギルはサクの顔を見つめる。
緑の瞳。緑の髪。白い肌。
他の誰もが持たない異質の証。
それが異質だとしても、数ヶ月を共にしたギルはサクを避けたいだとか気持ち悪いだとかという感情が芽生える事は無い。
恐らく実の兄弟であるエイも同じであろう。
どのような姿形をしていても、サクはサクだ。
「お前はどうしたいの?」
「……多分、旅を続けるだろうな。一所に留まって、いい結果が出る事は無い」
「じゃあ俺の国に来たらいい。俺の国には緑の民なんていないけれど、珍しがる程度で化け物だなんて思ったりしないからな」
えへんと胸を張るギルにサクの頬が緩む。
「それもいいかもしれないな」
「ダメに決まってる!」
「ダメですわっ」
二つの声がギルとサクの間に割って入る。
エイとノゾミ。
言い争いをしながらギルとサクの会話にも耳を澄ましていたようだ。
「兄さんにはクレアを継いで貰うよ」
さらっと言ったエイをキっとノゾミが睨みつける。
「クレアを継ぐのはノゾミですっ」
はーっとエイがこれみよがしの溜息を吐く。
「絶対にノゾミには継がせない。そもそも龍魂を兄さんに入れたのはクレア公である父さんなんだから、ノゾミがいちいち口を挟むことじゃない」
「ぬぅわぁんですぅってぇぇ」
怒りの形相のノゾミが、吼えるように威嚇する。
「お兄様もエイ様も二人ともクレアから逃げようとしているから、ノゾミがやってあげようって言っているんじゃないですかっ。それを何で頭から全否定? ノゾミがやれば全部丸く収まるんですよっ」
ぺちっと、全く勢いも無ければ音も立てない程度のやわらかさで、エイがノゾミの頬を叩く。
「どこの誰の入れ知恵か知らないけれど、ノゾミはそんな事しなくていい」
手の優しさとは裏腹の冷たい声がノゾミに掛けられる。
「ノゾミまで巻き込むつもりはないよ」
「……でも……」
「いいんだ。これは現クレア公の問題だからね」
言いながらエイは叩いたノゾミの頬にそっとくちづける。
サクは呆れたように息を吐き出した。
そういうことか。
再び先ほどと同じ言葉を心の中で呟きながら。
が、冷静に分析するサクの横で、ギルは嫉妬の炎に身を焦がしていた。
目の前で、愛しの巫女様がサクの弟にちゅーされているってどういうことだ?
どかーんと爆発しそうだけれど、辛うじてプルプルと身を震わせながら拳を握り締める。
普段は温厚であるとかのんびりであるとか、彼の相棒とは正反対の鷹揚さでもって人と接しているのに、今のギルは怒り狂ったサクと同じような目をしていた。
思わず隣にいたサクがぎょっとしたほどに。
「……侵略してやる」
ぼそっと呟いた言葉に、サクは目を見開いた。
何言っているんだ、このバカは。
そう言ってやろうかと思ったけれど、ギルの目は嫉妬の炎で燃え上がっていた。
「侵略って」
サクの呟きに、今度はエイとノゾミが目を見開いた。
「ギルバート様っ!?」
ノゾミの慌てたような声も、今のギルには届いているのかどうか。
「絶対に侵略してやる。んで、絶対に泣かしてやる。跪いて土下座するまで、徹底的にやってやる」
どこかで聞いた事のあるようなフレーズを口にするのを、サクは呆れ顔で聞き流した。
対照的にエイは顔を青褪める。
「本気でおっしゃっているのですか、ギルバート様」
こいつに「様」を付ける必要性などないのにと、サクは弟エイを見やる。
エイの視界にはサクはこれっぽっちも入っていない。
「本気。本気。超本気。冬の山越えはやだから、春まで待ってやるけれど」
「一体何がお気に召さなかったのかわかりませんが、こちらに失礼がありましたのなら謝りますので」
青褪めたエイが近付こうとするのを、手を払って拒む。
ギルの目の鋭さは、サクが今までの数ヶ月で見たことのないものだった。
「ギルバートさま。何をそんなに怒っていらっしゃるの?」
「はっ。キミにはわからない? わからないか。そーだよね。わかるわけもないよね」
鼻血を出していた姿はどこへやら。
冷ややかな視線をノゾミにも向ける。
「クレアの人間たちが真剣にこちらと向き合う気が無いと言うことはよくわかった。結婚すると匂わせておいて、今は存在しないモノを連れて来いと言ったり」
「ギルバート様」
悲しげな瞳をノゾミがしているのに、ギルは気付く気配も無い。
「差し出すと見せかけて、裏では小バカにしていたのだろう?」
凡そギルらしくもない言い方だなと、観察しながらサクは思った。
恐らく育ちがいいんだろうなと感じていたが、ギルはもしかすると只者ではないのかもしれない。
その確信をサクは強く持った。
まあよくわからないけれど、とりあえず止めるか。
覚悟を決める為にふーっと息を深く吐き出し、それからギルの頭めがけて水球を一つ叩きつける。
ザバー。
突然起こった水難に、危うくギルは溺れかけるところだった。
話を続けようと口を大きく開いた瞬間だった為、大量の水を口と鼻から吸い込んだからだ。
「なにすんだよーっ」
抗議の声をフっとサクが鼻で笑う。
「あんまりシリアスモード続けると、お前、肉ゲージが減りすぎるぞ。ここにAランクの肉は無いぞ」
本気とも冗談とも取れる言い方でサクが踏ん反りかえる。
エイとノゾミはぽかーんと口を開けた。
「濡れたじゃないかっ。あーっ。もうっ。折角髪の毛もセットしてきたのに台無しじゃないかよ」
「昔から水も滴るいい男って言うだろう? 男っぷりが上がったから安心しろ」
「え? そうかな?」
「ばーか。本気にしすぎだ。ど阿呆」
「お前何様のつもりだっ」
「サク様だ。何度も同じ事を言わせるな」
ふんっと鼻で笑うのも忘れず、腕を組んだままギルを睨みつける。
ギルはぶるぶるっと首を左右に振り、頭から滴る水を動物のように周囲に飛ばす。
「冷てえな。ちょっとは周りに気を配れっ」
「人に水ぶっ掛けるヤツに言われたくない」
「なら全力で乾かしてやろうか?」
ふわりとサクの腕に掛けられているローブが舞い上がる。
「イイエ。全力でオコトワリシマス」
言ってからギルがふっと笑みを漏らす。
髪の毛や服の水を絞りながら、ギルはサクを見つめる。
踏ん反り返ったままのサクを見て、どこかで緊張の糸が解けるような気がしてきた。
どういうわけか、ギルはいつだってサクのペースに飲まれっぱなしだ。




