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吸血鬼は憂鬱です。

自分にとっては、あたたかい場所になった。でも、彼にとってはどうなのだろう?



朝、ちょこちょこと弁当を作るひなた。

昼ごはんは大学の売店か食堂でも済ませられるのだが、微妙に高いので手作り弁当。

花嫁修業もできて一石二鳥ではないか。

そう思いつつ器用にフライパンを返す。

「ん〜…」

その声にひなたはちらりと座卓の方を向く。

寝起きのエリュが眠い目をこすってこちらを向いているのが分かった。

「おはよう」

苦笑しながらひなたは彼に呼びかける。

相変わらず寝ぼけているのか彼は起き上がって一人でうん、うん…。と頷いている。


彼の寝床は座卓の前にある座椅子だ。

これも一応二人で協議して決まったことで、今では普通にそこを寝床にしている。

ひなたの使っているのはふかふかの座椅子なので結構寝心地はいいらしい。

最初、彼は玄関で寝る。と言っていたのだが、さすがに春先はまだ寒い。

吸血鬼の温度の感じ方がどうなのかは分からないが、彼に聞いてみるにそう人間と変わらないという。

それならやはり寒いだろう。という事で比較的あたたかい座卓の方に来てもらった。

彼にしてみればやはり女性であるひなたの近くで寝るのはさすがに気が引けたのだろう。

座卓まできてはいるものの、やはりひなたのベッドからは比較的遠い位置に眠っている。


くすくすと笑いながらひなたは料理を再開した。

しばらくそうして料理を作っては弁当箱に詰め、作っては詰め。を繰り返したところで

ようやく彼が目を覚ましてひなたの所へやってきた。

「…おはよう。」

先ほどよりははっきりとした口調にはなったがまだ眠いらしい。

そのまま彼は洗面所へ行き、顔を洗って再びひなたの元に戻ってきた。

今度ははっきり目が覚めたようだ。

「まだ寝ててよかったのに。ご飯まだだよ?」

「人間の食べ物の匂いがしたから。」

「でも食べないでしょ?」

ひなたのその言葉に頷きかけて首を傾げる。

それから少しだけ考えて彼女が作った料理を見て首を振る。

「一口ちょうだい。」

力の抜けたような笑みでひなたに要求。何度も言うが彼には一応味覚はある。

しょうがないな、とひなたは料理を詰めていた箸でエリュの口に比較的苦そうなメニューを放り込んでやる

「おいしい。」

満足そうに笑う彼に、ひなたもつられて笑ってしまう。

自分の作ったものをこうしておいしいと言って褒めてもらえると誰でもうれしいものだ。


ここ数日で分かったことだが彼はどうも血と似たような苦い味を好んでいるらしい。

ちなみに人間の食べ物で一番好きな味はレバーや心臓といった内臓系の料理だそうだ。

確かに彼の主食を考えれば納得がいく。若干空腹も紛れるという事も分かった。

本当は生で食べたい、と言っていたのだが新鮮なものならまだしも

スーパーで買ったものなので、衛生上の理由から火を通して出している。

ちなみに一度、薫から牛肉などから出るドリップという汁ではだめなのかと問われていたが、

残念ながらだめ。と申し訳なさそうに答えていた。

もう少し濃いなら飲み物になるけど。とも答えていたような気もする。

あとから分かったことだがこの汁も結構衛生上よろしくない。


「…ごちそうさま。」

「う、うん。」

もうかれこれ数十回は繰り返されているそのやり取り。

やはり何度やっても慣れてくれない。

なぜ食事をするときだけこんなに妖艶な雰囲気になるのだろう。

ひなたの前に跪き、優しく手を取り、ゆっくりと牙を立てて。

伏し目がちに、こくりこくりとゆっくり飲み干していく。

飲み終わるとこうして呟くようにごちそうさま。と言うのだ。

その光景は何度見ても恥ずかしい。

うーん。と考えるひなたをエリュは不思議そうに眺めながらいつものように自分が口を付けた場所を優しく拭う。

彼の七不思議だ。


彼の“食事”が終わるとひなたは学校へ行く用意をし始めた。

今日は朝から夕方までみっちり講義があるため、エリュは昼抜きになってしまう。

それを少し気にしつつ教科書と弁当をカバンに詰める。

彼の方を見ると、座椅子にあぐらをかいてひなたの様子を見ている。

「え?なに?」

「いや?重そうだなと思ってさ」

どうやらカバンに詰めている教科書類を見てそう思ったようだ。

でもさすがに俺が大学まで持って行くのもなぁ…と困った顔をする。

いくらなんでも過保護だ。

ひなたも困ったように笑いながら教科書を入れる。

そうするうちにひなたが家を出る時間になった。

「行ってきまーす」

「ん、行ってらっしゃい。気をつけてね。」

「うん。」

これも日常になってきた。

行ってきます。そう言うと返事が返ってくる。

一見当たり前の光景、だけどつい先日までは一人で暮らしていたのだ。

誰もいない部屋。それが当たり前だった。

でも、彼が来てからはそうやって見送ってくれる。

優しい笑顔で、見送ってくれる。


家を出て、ひなたは思い切り息を吐いた。

その顔は心なしか赤い。

彼が行う“食事”、少年のように無邪気な笑み、時々見せる優しい笑み。

背に触れた手のぬくもり。

どうしても慣れなくて、そのたびにこうして鼓動が早くなる。

「…ち、がうよね…。」

一瞬よぎった可能性を打ち消して、ひなたは学校へと向かった。


一方。ひなたを見送ったエリュもまた、ため息をついていた。

彼女が閉めたドアに、こん。と頭をぶつける。

寂しい。彼女は学校へ行っただけだというのに、とてつもなく寂しい。

さっき出て行ったばかりなのにもう既に早く帰ってきてほしいと思ってしまうほどだ。

なぜこんなことを思うのか、分からなかった。

自分はこんなに寂しがり屋だっただろうか、そう考えてみるものの別にそうでもない。

座卓に戻り、彼女の居た台所を眺める。

ぽたぽたと水の滴る音がしていた。立ち上がり、少しだけ、蛇口をきつく締めてやる。

あまりきつく締めすぎると彼女が使うときに困ってしまう。

彼女と居たい、彼女の笑顔が見たい。

それもまた、彼の日常。

自分より小さく、華奢な彼女。怒ったり笑ったり、普通の人間として接してくれる

自分には姉が居ないから、彼女は自分よりも年上だから、彼女に甘えたいのかもしれない。


はじめは、そう思っていた。


彼女と日常を過ごすうち、それは違う。と思い始めてしまった。

自分に“食事”をさせてくれた後に見せる彼女の表情、困った顔、少しだけ怒った顔、優しい笑み。

そのすべてを愛おしく感じるようになってしまった。

そのたびに、胸が締め付けられる。

「何考えてんだよ…俺は、吸血鬼だぞ…。」

自分は吸血鬼でひなたは人間。目を閉じて、そう、自分に言い聞かせる。

そうしなければきっと自分は気持ちを抑えられなくなる。

この気持ちを伝えてしまえば、きっとすべてが壊れてしまう。

今は何よりも、それが一番恐ろしかった。

彼女に拒絶されることが、今の関係まで壊れてしまうことが。


首を振り、思考を中断させる。

こういう時は単純作業が一番だ。

そう考えることにして、ひょい。と彼女の仕事道具を引っ張り出し、ちょこちょこと作業を始めた。


彼女のいる部屋は暖かくて、でも彼女の居ない部屋は驚くほど冷たく感じた。

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