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吸血鬼は紳士です。

十字架もニンニクも太陽の光も大丈夫!そんな吸血鬼アリ!?


吸血鬼―エリュと暮らし始めて早一週間。ひなたは彼の居る生活に慣れつつあった。

彼がひなたの家に住むにあたって彼女と約束したことがいくつかある。


その一、ひなた以外の人間の血は吸わないこと。

その二、寝ている時に絶対何もしないこと。

その三、というかその前に襲ってこない事。

その四、着替えは絶対のぞかない事。

その五、部屋の中のものを勝手に漁らないこと。


とりあえずその5箇条に加えて彼が自発的に約束したのが

ひなたが居ない時に不用意にドアを開けない事と客が来ても見つからないようにすること。

エリュ曰く、さすがに一人暮らしの女の子の部屋に彼氏でもない男が居たら不審じゃない?とのこと。


一週間生活してみて分かったことがいくつかあった。

十字架もニンニクも太陽の光も平気なのだが、どうも彼は正座と箸を使うのが苦手らしい。

彼は吸血鬼だが人間の食べ物の味も分かる。

なのでひなたと一緒に食べることにしたのだが…。


ひなたと座卓に座り、食事をしている時、彼も正座をしようと試みているようだが、

ものの数分で情けない顔をして足を崩す。

それと同時になんとか箸を使って食事をしようとするものの、彼は吸血鬼。

血を吸う習慣はあるが、固形の食べ物を食べる習慣などまったくない。

もう一つ、彼は猫舌であることも判明した。

やはり熱いものを食べる習慣はないので一生懸命冷まして食べる。その姿が何とも可愛い


そして彼は普通の男性よりも優しいということも分かってきた。

一度買い物に連れて行ったとき、ひなたの荷物を全部持ってくれたのだ。

おかげでひなたは持って行ったバッグ以外ほぼ手ぶらで帰ることができた。

彼曰く。

自分たちは人間よりも頑丈で力も強いから、役に立てることがあれば役に立ちなさいと教わった。らしい。

とても素敵な教えでそれを教えた人物もそうなのだが、

それを実行しているあたり、彼が素直で優しい人物なのだという事がわかる。


他にも、ひなたの授業の都合上昼飯抜きになってもたまに情けなく声をあげるだけで文句も言わず待っていたり、“食事”をした後に「ごめん」と「ありがとう」を忘れなかったり等々。ひなたのイメージしていた吸血鬼像を普通にぶち壊すような言動の数々にただただ驚いていた。


「ねぇ、エリュって本当に吸血鬼…?」

「え?そうだけど?何で?」

ひなたが食事中にそんなことを言ってしまうくらい不思議なものだった。

だいぶここでの生活に慣れてきたのかエリュはのんびりと答える。

ひなたはうーん。と考え込む。解せぬ。

「なんかこう…なんか…もっとこう…のべつまくなし人襲って血吸うのかと思ってた」

「違うよ!んなことしねぇって!」

その言葉をエリュは全力で否定した。

確かに、エリュがそんな吸血鬼ならば今頃ひなたは生きていないだろう。

「それは一部の奴らだけで実際はそんな無差別に人襲うようなマネしねぇって!」

さすがに気分を害したのかむぅぅ。とひなたを見るエリュ。

それでもきつく睨んだりすることはなく、彼女を怖がらせまいをしているのが分かった。

「ご、ごめん。そうなんだ…。」

その言葉にうんうん。と力強くうなずくエリュ。

と、そんな時だった。


ひなたの部屋の呼び鈴が鳴った。

念のため、エリュはクローゼットに素早く隠れる。

「はーい。」

そう返事をし、ひなたはのぞき窓から訪問者を確認。

そこにいたのはひなたの幼馴染達だった。近くに住んでいて、こうしてときどき遊びに来る。

一人はショートカットではつらつとした印象を受ける女性。

もう一人はふわふわとした長い髪で性格も穏やかそうな女性だ。

かちゃり。とドアを開けると彼女たちは手土産を持ってきていた。

なんとなく、流れは分かる。

顔では笑いつつ、ひなたは後ろを気にしていた。

せっかく来てくれた彼女たちを無下に追い返すこともできずに、ひなたは彼女たちを家に入れた。

― …見つかりませんように。

二人とも同じ想いだった。

が。唐突にショートカットの方の女性が口を開く。

「ねぇ、なんかさぁ、ひなた何か隠してない?」

「ふえっ!?」

『…っ!?』

見透かされたような発言に変な声をあげる。

隠れているエリュも、反射的に声を上げて動きそうになった。

一体なぜそんな発言に至ったのか。

「な、な、何で?」

引きつった笑みを浮かべつつひなたは返す。

ひなたは昔から嘘をつくのが苦手だ。

もう一人の柔らかな雰囲気の女性が続ける。

「うん、何かね。私たちが来たあたりからなんか様子がおかしいの。」

「なーんか上の空っていうか部屋気にしてるって言うか?普段はそんなことないのに?」

「座る位置もいつもは玄関側なのに今日はベッド側だし、後ろ気にしてるし」

ねー。と勝気そうな女性に同意を求めると彼女も力強く頷く。

「そ、そんなことないよ…?」

「アンタ嘘つくの下手だからね〜。」

「うぅぅ…助けてよぉ優香ぁ…」

すかさず柔らかな雰囲気の女性―優香に助けをもとめるひなた。

「んー…薫ちゃん気になることは分かるまで問い詰めちゃうからねー」

ふふふ、と笑うだけでまったく助け舟を出す気配はなさそうだ。

一方、クローゼットに隠れているエリュは何とも申し訳ない気分になっていた。

出来ることならなんとかここから抜け出して隠れたい。とも思ったのだが、残念ながら出口は一つしかない。

その間にも薫は徐々にひなたを追い詰めていく。

とんっ。とエリュの隠れているクローゼットに追い詰められたひなた。思わず息を止めるエリュ

と。


ぐぅぅぅ〜。


― 俺の…馬鹿…っ!!

この至近距離。自分でも聞こえた腹の音。確実にひなたと薫にも聞こえていたはずだ。

「…何の音?」

「え、あ、えと…」

「ねーねー、何の音〜?」

「うあぁ…。」

「ひーなーたちゃん?」


くぅぅぅ〜。


追い打ちをかけるようにもう一度エリュの腹が鳴る。

こんな事なら先に飲んでおくんだった。と後悔するエリュ。

ちなみにひなたにも同じような考えが浮かんでいた。

「そこかな?」

「え、ちょっとダメっ!」

がちっ。と彼が隠れているクローゼットを開けられる。

と。

「あっれ〜?何もないや。」

クローゼットを開けるとそこにはひなたの服と丸まった毛布だけしかなかった。

つまんない。とでも言いたげな表情で薫はクローゼットを閉めようとした。

エリュとひなたが安心してため息をつこうとしたところで、薫は再びクローゼットを開け、目の前に転がっていた毛布を引っぺがした

「って、こんなとこに毛布なんて丸まってるわけないよねっ!」

「…っ」

いきなり視界が開けてエリュは顔をしかめる。

二人は別の意味でため息をついた。

「…ごめん、ひなた。」

「…お腹、空いてたんだね…。」

「…うん。」


改めてクローゼットから出てきたエリュはばつが悪そうに座卓の前に腰を下ろした

「はい、どういうことなのか説明してもらおうかな?ひなたちゃん」

「うぅ…」

「これって同棲っていうのかなぁ」

「ち、違っ…!」

「どう違うのよー。どう見たって同棲じゃない」

困ったひなたはエリュの方を向く。こちらも困ったような表情でひなたのほうを見ている。

お互いの考えていることはなんとなくわかる。

どうしよう。


とりあえずひなたはここへ至るまでの経緯を素直に話してみた。

「吸血鬼ィ!?」

薫はがばりとエリュの方を向く。優香も不思議そうな表情でエリュを見る。

二人の視線を受け。やや間があり、エリュが頷く。

「ちょっとぉ。冗談キツイわよ。今どき吸血鬼とかホラー映画じゃあるまいし、しかもそんなこんなところにホイホイいるわけないでしょ?」

「うーん、でも居たら面白いとおもうなぁ。」

薫のツッコミにのんびりと優香が答える。

案の定、二人はエリュが吸血鬼であることを信じる気はなさそうだ。

特に薫は真っ向から否定している。無理もない。ひなたも初めは疑っていたのだから。

「…エリュ、お腹空いてるよね。」

「うん。空いてる。」

ひなたの問いに即答するエリュ。薫に見つかる原因になったのはエリュの腹の音だったのだから当然腹は減っている。

「…分かった。」

そう言うと、ひなたは台所から包丁を持ち出した。

それを見て何をするのか分かったエリュがすかさず止めに入る

「ひなた!そんなことしなくていいってば!」

「ちょっとぉ!何してるのひなたっ!!」

「ひなたちゃん!?」

「こうでもしないと二人とも信じないもん」

「や、信じさせなくていいから!」

「いつも飲んでるくせに。」

「包丁でつける傷とはまた別っ!俺そんなに深く傷つけないし!!」

包丁を握るひなたの腕をしっかりと握り、エリュはひなたを説得する。

むぅぅ、と見上げてくる彼女を心底可愛いと思いつつ。


と、ひなたはある考えに至った。

右手が動かせないなら左手を動かせばいいのだ。

固定された包丁に左腕を思い切り持って行く。

さすがに予想外の行動だったのかエリュもすぐには反応できなかった。

「ひなた!」

「…はい。」

エリュは眉をしかめ、ため息をついた後差し出されたひなたの腕の傷口を口に含んだ。

少しだけ舐めた後。すぐにエリュは口を離した。

「え…もういいの?」

「あとでいい。」

その声は少し不機嫌そうだった。

それは表情にも表れていて明らかにひなたの行動に不満があったことを示していた。

「そこまでして俺が吸血鬼だって証明しなくてもいいだろ?」

「だっ…」

「ひなた…」

困ったような、諭すような表情で見つめられ、ひなたは反論できなくなってしまった。

彼に何をしたわけでもない。それでも何とも言えない罪悪感を感じる。

「…ごめんなさい。」

「今度からこんなことしなくてもいいからね?」

「…うん…」


一通りお説教した後、エリュはティッシュでひなたの傷口があった場所を丁寧に拭っていく。

最初の頃と同じように傷は綺麗に癒えていた。

その光景を薫と優香は信じられない。と言いたげな表情で見つめていた。

「確かに…ひなた…腕切ったわよね…」

「うん。」

「包丁に血がついてるし切ってるよね」

「う、うん…」

「てことは…本当に…?」

「そう…だよ…?」

エリュをちらりと見つつ、答える。

「アンタ馬鹿じゃないの!?」

その薫の叫びに優香も心配そうな表情でひなたを見つめる。

薫はエリュを指さしながら続ける

「男よ男っ!しかも相手は人間とかじゃないのよ!?」

「う、うん…でも…」

「でも何よ!」

「放っておけなかったんだもん…」

「あのねぇ、犬とか猫とかと違うのよ!?何されるか分からないのよ!?」

「ひなたちゃん…捨て犬とか捨て猫とかよく拾ってたもんね…。」

エリュは薫の気持ちが分かっていた。

ひなたの事を心から心配している。普通に考えて見ず知らずの自分を部屋に保護する事が不自然なのだ。

だからどんな言われ方をしようと、決して口をはさむことはなかった。

きっと、これが人間の…この世界の“人間の”、自分たち吸血鬼への普通で素直な反応なのだと。

ひなたの行動が、優し過ぎるだけなのだ。

そう、自分に言い聞かせていても、やはり少し悲しくて、さびしい。

眼前では、まだ薫がひなたに説教をしている最中だ。

目を閉じて、もう一度自分に言い聞かせてやる。

それが、この世界の普通なのだ。と


3人分のケーキを平らげ|(エリュは味覚しかないのでひなたに一口だけ貰った)薫と優香は帰ることにした

帰ることになっても、薫のエリュへの態度が変わることはなかった。

「ひなたに何かしたらただじゃおかないから!」

「薫…。」

その言葉にも、エリュは素直に頷いた。

反論するでもなく、怒るでもなく。ただ、静かに。

そんなエリュを申し訳なさそうに一瞥した後、ひなたは彼女たちを送るために家を出た。


「薫ちゃん…やっぱりあの人気悪くしたんじゃない…?」

「気分悪いのはこっちよ。まったく。ひなたも何であんなの拾ってきたわけ!?」

「あ、あのね?エリュも悪いひと…吸血鬼じゃないんだよ?」

「なによ。」

「うん…。エリュって血の匂いに敏感でね?」


その日、ひなたはもくもくとおやつを食べていた。

一応味覚はあるのでエリュにも一口おすそ分け。

と、少し食べ進んだ時だった。

「…っ」

「え、どうしたんだ?」

「口の中、噛んだ…。」

エリュは首を傾げて眉を寄せる。

そうして、ひなたの口の中も確認せずに言う。

「あー、本当だ、血出てるな。」

「え!?なんで分かるの!?」

「血のにおいがする。」

その言葉にひなたはぎくりとした。

血が出てる。血は吸血鬼の食べ物で、人間に言いかえれば食べ物の匂いがしていることになる。

しかし、血が出ている場所は口の中。

そこから血を飲む方法は…

そっとエリュを確認すると、意外なことに彼は何も反応を示していない。

「の、飲んだりしないの…?」

その言葉にエリュはひなたの唇にちょんちょん、と人差し指で触れる。

驚いたひなたが彼を見るとエリュはいたって普通に。

「唇は人間にとっては大事なとこなんだろ?」

だから、がまんする。と笑った。

その笑顔に、その行動に、ひなたは顔を赤くして俯く以外に何もできなかった。


「…ね?そ、そんなに悪いひとじゃないでしょ…?」

「あのひとってそこまで考えてくれるんだね」

のほほんと笑顔で優香が答える。

一方、薫の方はうーん、とうなりつつ。考え込んでいる。

「解せぬ。」

「…私もね、信じられないくらいいい人だとは思ってるの。」

「うん、たぶん普通の男の人より優しい人みたいだね」

「…吸血鬼っていう一点を除けばもしかしたら理想的な男かもね」

とうとう薫も折れた。1週間もひなたと一つ屋根の下で暮らしていて何もしない、しかも吸血鬼という身でありながらひなたが許可するまで血を飲むことは決してしない。

先ほども、ひなたが包丁で自身の腕を切ろうとするのを止めていた気もする。

その他諸々考えてみても普通の人間の男よりも優しい。

「ひなた。」

「うん?」

「あいつに謝っといて。後で、私も謝るから。」

その言葉にひなたはくすっと笑い、頷いた。

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