第三十六夜 消された足跡
晴矢たちは双葉の家に戻ってきたが、無口になった。
雄二は震えている。
事情を知らない柊は急に黙り込んだ晴矢たちに対してどうして良いかわからないようだ。
女子の中でそんな俺たちを見てすぐ反応したのは香織だった。
「晴矢、なにがあったの?」
他に悟られないように小声で俺に訊いて来た。
俺は、
「ここでは話せない。手が空いたら台所から外に出てくれないか?」
と、やはり小声で返した。
クリスマス会のための料理作りがひと段落したのはそれから30分ほど経った後だった。
「今なら大丈夫そうよ」
香織がそういうので、俺と双葉は香織を連れて双葉の部屋に行った。
「どうしたの? みんな。雄二の顔が青く見えたけど」
「あいつが……あいつが街中にいたんだ」
俺の心臓はバクバク言いっぱなしだ。
香織はそれを聞いて硬直するかと思ったが、冷静だった。
「それで、こちらの事は認識していた?」
「ああ。富士坂三丁目の交差点の真ん中ですれ違った。お互い向こう側に渡りきった頃振り返ると、明らかに「みつけた」という口の形をしていた」
俺の答えを聞いた香織はそこで初めて動揺を見せ始めた。
「生きて……いたのね」
「そうだ。もう香織は自分が人殺しだ、なんて悩む必要はない」
「でもアイツが私たちを探していたって事は……」
「ああ、俺たちに起こったことは誰かに話さなきゃならない。さもなければ俺たちはアイツに必ず仕返しをされる」
俺がそう言うと、双葉は心配そうに聞いた。
「話すって、一体誰にだよ!」
「私はいきなり警察に行った方がいいと思うわ」
香織は警察を万能だと思っているのか?
「警察が初動を間違うと俺たちは永遠にアイツに怯えて暮らさなきゃならなくなる」
「こちらを窺いながら潜伏してしまうってことなのね」
「ああ」
「じゃあ、晴矢は誰に言おうと思っているんだ?」
「『長谷川さん』を知っているだろう? お前の親父さんの秘書の」
「長谷川さん?」
香織は知らない。一方、双葉の顔はサッと青ざめ、険しく曇った。
「馬鹿言うな……! 長谷川さんに頼るってことは、俺たちが三年前に傷害事件を起こしたって、親父に知られるってことだぞ! そんなことになったら、俺は親父に殺される!」
「でも、このままじゃ俺たちが……!」
すると、階下から双葉のお母さんから呼び出しが掛かった。
「双葉ー! 何をやっているの? もうそろそろクリスマス会始めましょう」
「ああ! わかった。直ぐ行くよ!」
双葉は大きな声で怒鳴った。話は途中で終わってしまった。
双葉の家の階段は、居間に直接繋がっている。
自分の子供達が悪い友達を部屋に連れ込みにくくするために双葉のお父さんがそこに拘った、と双葉が言っていたのを思い出した。
居間に下りると、楽しげな女子三人と、青い顔をした雄二、そして雄二を心配する柊の五人と双葉のお母さんが待っていた。
「双葉、荒巻くん、大丈夫かしら。気分が優れないみたいだけど」
「おばさん、だ、大丈夫っす。すみません、心配かけちゃって」
雄二はプレッシャーに滅法弱い。
「まあ、みんなで楽しくやろう。じゃあ、みんなグラスにコーラとかで悪いけど注いでくれるかな」
双葉がそう促すと、みんなは騒がしくなった。
「来年は受験だし、全員でこんな事をするのも最後かもな」
俺がそう言うとブーイングが飛んだ。
「最後じゃないでしょ? 高校に入ったらまた集まろうよ」
と奈央。
「そうだな。そうしよう」
俺は奈央には会いたいからそう答えた。
「じゃあ、みんなメリークリスマース!!」
乾杯の音頭を何のためらいもなく取る双葉を見ていると双葉が政治家の息子である事を思い出させた。
女子達と双葉のお母さんが作った料理は何もかもが美味しくて、食べ盛りの男女八人はあっという間にすっかり食べ尽くしてしまった。
カリフラワーのスープ、スモークサーモンのサラダには皮むきしたパプリカの酢漬けが良く合っていたし、うまく照りの出たロテサリーチキンはジューシーで、美味しくて思わず声が出た。
「双葉、ケーキを皆さんに取り分けて差し上げて」
「えー? 俺がやるの?」
双葉は不承不承ケーキを冷蔵庫に取りに行き、包丁で見事に切り分けた。
「わぁー! 美味しそう! これ、どこのケーキ?」
「ごめんなさいね、関さん。本当はウチで作りたかったんだけど」
双葉のお母さんの態度は、麻里奈に対して少しキツくないか?
「あ、いえ、そういう意味では……」
麻里奈はそう言うと黙ってしまった。
「ねえ、母さん、何でそんな言い方するんだ!」
「ウチで作りたかったのよ。それだけよ?」
友達の親子喧嘩はこんな日に見たいものじゃない。
「せっかくのクリスマスなんだし、楽しくやろうよ」
雄二が涙目になって言った。
「ごめんなさいね、荒巻君。おばさんが悪かったわ」
そう言うと双葉のお母さんは居間から出て行ってしまった。
「みんな悪かったな。母さんも色々あってさ。情緒不安定なんだ。麻里奈、本当に悪かった」
麻里奈は答えず、涙をこぼしながら自分の上着と鞄を持って出て行こうとした。
「待てよ! 麻里奈!」
追いかけようとする双葉に俺は、
「俺が行く」
といって麻里奈を追いかけた。
靴を履き、玄関のドアを開けた。
外では雪が降っていた。
全く気がつかなかった。これでは帰りは自転車は無理だ。
俺はとにかく麻里奈を追った。
麻里奈の足跡が続いている。
俺は足跡を辿って行った。
すると、足跡は急に乱れ、そして消えた。
代わりに車のタイヤの跡が道の先に続いていた。




