第二十一夜 視線
「おい、雄二? ちょっとの間、店番頼めるか?」
「おー、分かった」
雄二は「荒巻酒店」の次男坊ゆえにこうして父親から店番や品出し、納品時の検品を請け負うことがたまにある。
なんとなく自分がこの店を継ぐんだと思っていて、この手の手伝いを勝手に「修行」と位置付けていた。
雄二の兄、祥一も同じことを考えていたのだが、そのことはお互いに知らないし、父親の健児も知らなかった。
それが近い将来の荒巻家の火種とも知らずに、健児は荒巻酒店を引退とともに閉めるつもりでいたのだ。
どこで仕入れた知識か、
「酒の販売免許ってさ、価値があるんだろ?」
とか、
「コンビニやろうと思ってるんだ」
が息子達の口癖だ。
コンビニの経営の難しさは、酒販組合の中では半ば共通認識になっている。
この街でもコンビニのフランチャイジーオーナーになって休む事もできず健康を損ねただの、加盟店費を巡って訴訟を起こしただのという話には枚挙に暇がなかったからだ。
健児はコンビニにだけは手を出すまいと、常日頃思っている。
閑話休題。
健児は軽のボンネットバン「SUZUKIキャリー」にビールケースを積んでいた。何処かへ配達するらしい。
任天堂Switchにヘッドセットを繋いで店のレジの前に雄二は座ってオンラインゲームに興じていた。
さっきから白熱した戦闘がバーチャル空間では繰り広げられていた。
百戦錬磨の「スコッチ」は、――雄二のオンラインゲーム上のサインネームだが―― パーティーの一人がアサルトライフルで対戦相手を狙撃し、そっちに注意が向いているところに正面から躍り出てサブマシンガンを乱射し、仕留めた。
「ウェーイ! やったぜ! カッチン、掩護サンキューな!」
「スコッチ、普通逆じゃね? サブマシンガンで陽動して物陰から狙撃するんだよ。お前セオリーってもんが……」
「セロリだろうが何だろうが知らないけどそんなもんに縛られてたら負けるぜ? この世界では」
「カッチン」とは、かつての対戦相手だ。かなりの好敵手だったと言っても良い。
あともう一人、BJと呼ばれているパーティーで連戦連勝を重ねてきた。BJはボイスチャットには参加してこない、謎の男だ。
カッチンもおそらく中学生だろう事はなんとなくだが分かっていた。
「なあ、BJってどんなやつかな?」
とカッチン。
「知らねえけど腕が良いよな」
「BJはこの会話聞こえてんのかな?」
「ボイスチャットをオンにしないと聞こえないはずだけど?」
――確かそうだよな、と、うろ覚えな知識を話したことに雄二は少し後悔した。
「そうだっけか」
カッチンも半信半疑のようだ。
すると、見慣れた顔が店の外からやってきた。
「悪いな、店番しててお客さん来たから落ちるわ。また後でな!」
そうカッチンに言って雄二は任天堂Switchを置いた。
「いらっしゃいませ」
「あら、雄二くん。お店番なの?お父さんは?」
奈央の母親だ。
「あー、さっき配達に行きましたね」
「そう。じゃあ、これ、頂ける?」
そういって奈央の母、尚子はガラス扉の冷蔵庫からゴールドと深い青のコンビの缶ビール350mlの六本パックを取り出して、雄二の前に差し出した。
「千三百六十円になります」
雄二は慣れた手つきでビールをレジ袋に入れようとしたが、尚子に、
「エコバッグがあるのよ。レジ袋は必要ないわ」
と言われレジ袋を引っ込めた。
「ところで雄二くん、最近は奈央と話したりしてるの?」
ピンクのカーディガンを羽織り、スカーフを緩く頸に巻いた尚子は、冷たい視線を雄二に向けている。
(…何故こんなにも俺のことを毛嫌いするんだろう。)
と心の中で尚子の視線を嫌悪した。
「あ、ええ、帰りの方向は一緒なんで話しますよ。でもこの辺に引っ越してきた小山さんって女子と仲良くなったみたいなんで」
「あらそう。さっきウチに来ていた子かしらね」
尚子は視線を雄二に合わせることもせず返した。
余計なことは言わない方がいい。
そう悟った雄二は渡された二千円から代金を差し引いた六百四十円を尚子に返して、
「毎度ありがとうございました!」
と、半ば強引に会話を切った。




