表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月は君を見ていた  作者: Tohna
太陽の章
PR
14/47

第十三夜 フェーン現象

 日の出の時刻ごろまでには台風は完全に茨城県北部沖に抜けて、あれだけ強かった風も時折木の梢をザワつかせる程度までに収まっていた。


 赤笹川は、河川敷いっぱいまで川幅を広げたが、かろうじて決壊を免れたようだ。


 俺と香織はゾッとしながらも少し安心した。


 しかし、まだ濁った川の流れは治っていなかった。


 赤笹川が決壊すると富士坂の繁華街は水浸しとなってただろう。


 痛いことに、治水橋は未だに通行止だ。


 晴矢と香織は結局家には帰れず、着替えもできなかった。


「えー、このまま授業うけるのやだよー」

 沢崎とあんな事があった事を知らないのは仕方ないけど、香織の少し緊張感のない発言に、晴矢はちょっと苛立った。


「晴矢の体操着着てるとか、なんて説明すればいいの?」


「あたしたち付き合ってますとか言えばいいんじゃね?」


 俺は少し面倒くさくなって投げやりに適当に答えた。


「ねえ晴矢、あんたバカなの?」


 案の定のセリフだ。


(お前、夜中に抱きついて来やがったくせに)


 俺は苛立っている自分と、昨日抱いた香織に対する感情を消化できずにいた。


 そして香織の心配は杞憂に終わった。


 学校の西側の通学路は小さな土砂崩れによって通行止め、治水橋も水量が多く、未だに通行止めは解除されていなかったため、早々に自宅待機が決まった。


 治水橋を通らないルートで、なんとか帰れるらしいと太刀川(センセイ)から連絡が来た。沢崎さん経由だ。


 あんな事があっても、大人は平然としていやがる。


 俺は香織と沢崎さんに一応礼を言って、自転車に乗って水田の間の農道を走った。


 ピーカンに晴れた上に、フェーン現象で十一月も終わろうとしているのに、いや、今日から十二月じゃないか。とにかく暑い。


 武蔵山市は四方を千メートル級の山に囲まれているため、台風が去った後気温が高くなることが多かった。


 水田はすっかり水が入って、まるで田植え直前のように見えた。


 治水橋には警察車両が出ていて、市民がムリして渡らないように見張っていた。


 俺と香織は仕方なく左に曲がり、少々キツイ勾配の坂を立ち漕ぎで登った。


 でも、途中でやめた。


 この坂、キツいってもんじゃない。


「晴矢こんな坂も登れないの?」


「ばか、お前だって降りて押してるじゃん」


「ダメだよ男子がそんな事じゃ」


 香織は俺をからかうのが余程楽しいらしい。


「弱虫ペダルみたいに唄いながら漕いだら?」


「イヤだよ。ヒーメヒメとか。冗談言うな」


「知ってんじゃん晴矢」


「そりゃ知ってるけどよ」


 俺は、「巻島先輩が好きなの」と言いかけてやめた。


 山越えの迂回路が終わると、もうすぐ富士坂三丁目は近い。峠を過ぎれば下り坂だ。


 しかしこの突然の陽気と山越えですっかり晴矢も香織も汗だくになっていた。

 下り坂で風を受けて走ると汗が引いてくる。

 凄く気持ちがいい。


「鼻歌とか出ちゃうよね」


 香織は何かピアノの曲を鼻で歌っていた。


「お前さあ、沢崎さんの奥さんにピアノ習ってたんだろ?」


 香織は少しビックリした顔をしたが直ぐに、


「うん。そうだよ。ひとみ先生。とても優しくてピアノが上手だった」


「なあ、お前さ」


 と言いかけて、俺は躊躇した。


「なによ。途中で止めて気持ち悪い。全部言いなさいよ」


「いや、大した事じゃないんだ」


「大した事ないなら言いなさいよ」


「いや、ホント大した事じゃないから」


 俺は香織が沢崎に呼び出されたか否かを聞きたかったのだが、沢崎さんの奥さんの事をいまだに慕っているのが分かるから聞くのを躊躇ったんだ。


「お前、本当は沢崎さんに呼び出されたんだろ?」


「えっ、」


 香織は眉毛をハの字に曲げた表情をした。


 なんでお前はそんな表情をする?


 なぜ答えを躊躇うんだ?


 晴矢は戸惑った。


 少しの沈黙の後、香織は呟いた。


「そうだよ…沢崎さんがアタシを呼んだんだよ」

 俺は、自分の中の血が沸騰する、そんな感覚になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ