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第7話:追放された側の末路〜自動修復の切れた聖武具と黒の森の地獄〜

「クソッ、なぜだ! なぜただのオーガごときに、これほど手こずらねばならんのだ!」


万年雪をいただく霊山の麓、黒の森の奥深く。 Aランクに指定される危険地帯での攻略作戦において。


神聖ロザリア王国の勇者たる第一王子アレクサンドのヒステリックな怒声が木霊した。


彼は渾身の力を込め、代々王家に伝わる国宝『聖剣』を大きく振り下ろし、目の前に立ち塞がるBランク魔物・オーガの分厚い首筋に斬りかかった。


しかし、かつてのように一振りで両断するあの心地よい感覚は訪れなかった。


ガキィィィンッ!


哀れなことに、聖剣の刃はオーガの硬く変異した筋肉に浅く食い込んだだけで止まり、不快極まりない金属音を立てたのである。


「ちぃっ! 剣が重い!」


アレクサンドはすんでのところでオーガの丸太のような剛腕による反撃を避け、後方へと無様に距離を取った。


(どういうことだ……。この神授の聖剣の切れ味が、オーガの泥に塗れた肌ごときに弾かれるなど、あってはならない!)


     ▽ ▽ ▽


命からがらオーガの包囲網を抜け、ぬかるんだ野営地へと撤退した後。 アレクサンドは聖騎士の取り巻きたちに噛みついた。


「クソッ、聖剣の輝きが明らかに鈍っている! どうなっている!」


「予備の砥石を持ってこい、盾の修復魔法をいますぐかけろと言っているだろうが!!」


しかし、いつもならすぐに命令に従う側近の聖騎士は、恐怖で青ざめた顔を横に振った。


「お、王子……それが、我々の武具のメンテナンスをすべて単独で押し付けていた……いえ、一任していた『あのレオン』がいなくなってからというもの……」


「我々全員の武具に編み込まれていた『自動修復』ならびに『鋭利化維持』の高度なエンチャントが、完全に切れて効果を失ってしまったようです……!」


「なんだと!? 馬鹿なことを言うな!」


「あの無能な錬金術師一歩手前の雑用係がかけていた付与魔法ごときが、国宝であるこの聖剣そのものが持つ底力より上だというのか!?」


勇者は己の無力さを現実逃避するように怒鳴り散らしたが、実際に全員の装備は惨憺たる有り様だった。


泥まみれの鎧はへこみ、一流の職人が鍛えたはずの剣は全て激しく刃こぼれを起こしていた。


さらに致命的だったのは、彼らの絶望的な状況が戦闘面に留まらなかったことである。


今までは、レオンが野営地に到着するやいなや指先一つで一瞬にして敷いていた不可視の『絶対防壁結界』も、今はただの雨漏りする安物の布テントにすぎない。


簡易結界用の魔法陣は魔力が枯渇して明滅しており。 夜通し群がってくる毒持ちのゴブリンや、巨大な毒虫の襲来に怯えながら、一睡もできずに泥沼の野営を強いられていたのだ。


「いやあああ! 私の綺麗なシルクのドレスが泥だらけよ!」


「こんな冷たくて固い、石みたいな保存食なんて食べられないわ!」


わがままな大賢者の孫娘である魔導士のエリンが、ヒステリーを起こして泣きわめいた。


「レオンがいた時は、こんな森の奥地でも、泥ひとつない結界の中でいつでもほかほかのシチューと、ふかふかの焼き立てパンがあったじゃないの!!」


「早く彼に似た魔法陣の起動係を呼びなさいよ!」


「うるさい! あれはただの魔石の交換係だったはずだ! 代わりの錬金術師など、王都からいくらでも宮廷職人を呼べばいいだろう!」


王子の苛立ち交じりの言葉に、連絡用魔導具を持った側近の兵士が、絶望的な、泣きそうな声を出す。


「王子……急遽呼び出された宮廷筆頭錬金術師および魔導院からの最終返答です」


「本来、野営地での不可視の防壁結界の即時展開や、戦地において全武具の耐久度・切れ味を一斉に最上級修復するなどという行為は……」


「『数十人の一流魔導士が、高価なマナポーションを飲み続けながら半日がかりで儀式をして初めて成し得るレベルの大魔法』であり……」


「……なんだと?」


「『とても我々のような人間の手で即時展開などできるものではない。我々の手には余る、神の御業である。不可能だ』と……」


「な、なに……!?」


アレクサンドは目を見開いた。


何十人もの魔導士が必要な大規模儀式を、あの万年笑顔の雑用係は。 「ちょっと陣を描いておきますね。ご飯できるまで休んでてください」とたった一人で、しかも数分で済ませていたというのか。


しかし、天空よりもプライドの高い勇者アレクサンドは。 自分たちがどれほど常識外れの恩恵を何の対価も払わずに受けていたかという事実を、絶対に素直に認められなかった。


「レオンの奴……ふざけやがって!」


「自分が追放された腹いせに、わざと出発直前の我々の武具に、性能を著しく下げる『呪い』をかけて出ていったに違いない!」


彼は「自分の采配ミス」ではなく「相手が悪辣だった」と、事態の責任を完全に転嫁し始めた。


その時、泥水にまみれたテントへ、王都からの早馬の伝令が文字通り転がり込んでくる。


「報告です! デスバレーの不毛地帯の中心部に、突如として巨大かつ規格外である『謎の要塞都市』が出現したとの観測情報が上がりました!」


「周辺のマナを取り込むその異常性から、魔王軍の誕生ではないかと王都はパニック状態です!」


「なんだと……!? そうか、わかったぞ! それが我々にかかった呪いの諸悪の根源だ!」


アレクサンドは、都合の悪い事実を全てデスバレーの謎の勢力に結びつけ、血走った目で立ち上がった。


「見張っておれ、デスバレーの新興勢力、そして偽魔王よ!」


「この俺が直接討伐に赴いて、貴様らの化けの皮を剥いでやる!」


彼らは最悪のコンディションのまま、自身の首を絞めることになるとも知らず。 さらなる地獄(完全自律した恐怖の要塞都市)へと向かう決断を下したのだった。

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