第37話:料理評論家の襲来〜至高の美食は、大盛りのカレーでした〜
ユグドラ・ネットの開通は、デスバレーの「味」の噂をも。 光の速さで世界へと拡散させた。
特にレオンが時折アップする『特製ポークカレー』の画像は……。 深夜のタイムラインにおいて、全人類の胃袋を無慈悲に破壊し続けていた。
「フン、画像に騙されるな」
「所詮は辺境の煮込み料理だ」
そんなある日。 大陸随一の舌を持つとされる美食評論家、バルカスが。 鼻を鳴らしながらデスバレーに降り立った。
彼は数万人のフォロワーを持ち。 その一言で王宮の専属料理人を路頭に迷わせることさえある、食の権威であった。
「香辛料で舌を麻痺させ、情報の濁流で脳を誤魔化しているに過ぎん」
「真の実力など、この私が一口食べれば即座に見抜いてやろう」
バルカスは、ユグドラ・ネットに『今からデスバレーの欺瞞を暴く』と投稿してから。 食堂の暖簾をくぐった。
店内でエプロンを締め、鼻歌まじりに大鍋をかき混ぜていた聖職者に。 彼は突き刺すような視線を向ける。
「おい、そこの下っ端。噂のカレーとやらを持ってこい」
「私の厳しい審美舌に耐えられる幸運。お前にその覚悟はあるか?」
「あ、いらっしゃい。ちょうど一番美味しい状態になったところだよ」
「ゆっくり食べていってね」
レオンは、いつものように屈託のない笑顔で応じた。
だが、彼の手元では。 大陸最高の食材が「レオン流」の最適化を受けていた。
魔界の密林でしか採れない『熟成ダークカカオ』。 天界の最上層から湧き出る、一切の不純物を排除した聖水。
そして、デスバレーの肥沃な大地で育った、魔力を帯びた完熟野菜。
【至高の旨味濃縮:神聖スパイス・アルケミー】。
やがて、バルカスの前に置かれた一皿。 黄金色に輝くルゥからは、食欲の根源を揺さぶるような……。 芳醇かつ暴力的なまでの香りが、立ち上がっていた。
「な……なんだ、この香りの『層』は!?」
「スパイスが……踊っている? いや、私の脳に直接語りかけてくるようだ……」
「『抗うな、早く食え』と!」
バルカスは困惑した。
一流の評論家として、まずは見た目、次に香り、そして一口……。 そんな作法を守るべき彼が。
気づけば獲物を狙う野獣のような眼差しで。 無作法に匙をルゥへと突き立てていた。
黄金の匙が、優しく煮込まれたポークに滑り込む。 そのままルゥと共に口の中へ運んだ、その瞬間。
「…………ッ!!???」
バルカスの脳内で、味の爆発が起こった。
最初に訪れたのは、スパイスの心地よい刺激。 続けて、豚肉の繊維一本一本から溢れ出す、怒涛の旨味。
そして最後に、隠し味のカカオがもたらす仄かな苦味とコクが。 すべてを優雅に締め括る。
「……美味い(ア・ボーン)。いや、違う。これは……救済だ……」
バルカスの目から、熱い涙がボロボロと溢れ出した。
これまで数多の宮廷料理を食べ歩き、高慢な態度で点数をつけてきた自分。 そんなものが、この一皿の「純粋な美味」の前では……。 すべて塵に等しいことに、気づいてしまったのだ。
「私は……私は今まで何をしていたのだ」
「冷めた料理に難癖をつけ、作り手の魂を削るような言葉を並べて……」
彼は震える手で、懐から『美食評論家認定証』を取り出した。
そしてそれを、あろうことか食堂の暖炉。 赤々と燃える炎の中へと投げ込んだのだ。
「バルカスさん!? 何を……」
驚くセリアをよそに、バルカスはその場でレオンの前に平伏した。
「マスター……。いや、導師」
「私を、この店の皿洗いにしてください! 私は今日まで、鼻が詰まっていたようです!」
「このカレーの前に膝を屈する一兵卒から、人生をやり直したいのです!!」
「え? 皿洗いならアレクサンド君がやってるけど……二人で協力してやる?」
「光栄ですぅぅぅ!!」
こうして、大陸最高の美食家は。 ユグドラ・ネットに『私は本日、美食家を廃業しました』という、衝撃的な投稿を残し。
人生の第ニ幕を、歩み始めたのである。
「あ、みんな楽しそうだね。やっぱりカレーは、みんなを平和にするよね」
レオンは、バルカスのために用意した「大盛りのおかわり」を見つめながら。 満足げに頷いた。
デスバレーのカレーの伝説は。 情報の海を通じて、さらに一段と輝きを増していくのであった。




