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第35話:魔導ネットインフラ整備〜世界樹の葉は、スマホになります〜

デスバレーの朝は、いつものように穏やかだった。 ……はずだったのだが。


「セリアちゃん。やっぱり、今のやり方は非効率の極致だと思うんだ」


中庭でハーブティーを啜っていたレオンが、ふと真面目な顔で呟いた。


傍らで書類を整理していたセリアは。 またこの「お改善病」が始まったかと悟り、小さく息を吐いた。


「レオン様。鉄道の開通により、物資の流通速度は以前の百倍を超えています」 「これ以上の何を……」


「速度じゃなくて、『鮮度』なんだよ」


レオンは、手元に届いたばかりの一通の手紙を振ってみせた。 それは魔界の住民からの感謝の便りだが、日付は三日前。


「彼が『美味しい!』と思ったその瞬間の熱量は、三日も経てば冷めてしまう」


「これじゃあ、世界の進歩がもったいないよ」


「……よし、ちょっと世界樹の力を借りて、みんなを『直結』させちゃおう」


そう言うや否や、レオンはデスバレーの中央にそびえる世界樹へと歩み寄った。


レオンは世界樹の幹にそっと掌を当て。 極めて繊細、かつ暴力的なまでの情報変換魔法を流し込んだ。


【全広域思考共有網:ユグドラ・ネット・オンライン】。


「……えい」


その瞬間、世界樹が黄金色の粒子を撒き散らしながら鳴動した。 梢からヒラヒラと舞い落ちた、無数の光り輝く木の葉。


それらは重力を無視するように風に乗り。 光の尾を引いて四方八方へと飛散していった。


     ▽ ▽ ▽


魔界の僻地。 天界の浮島。 旧王国の路地裏。


人々の元に、一枚の「透き通った緑色の葉っぱ」が届いた。


何事かと手に取った人々が、その表面を指でなぞった瞬間――。


パァンッ、と目の前の空間に半透明のウィンドウが浮かび上がった。


「な、なんだこれは!? 私の顔が映っているぞ!」


「遠く離れた街の住人が、今食べたパンの感想を呟いている!?」


混乱は、一瞬で熱狂に変わった。


レオンが「管理者」として最初に投稿したのは、一枚の鮮やかな画像だった。


『今日の晩ごはん:特製厚切りカツカレー』


その瞬間、全世界に配布された葉っぱが「ピコーン!」と一斉に音を立てた。


『カツ……なんだこの黄金色の食べ物は!』


『レオン様! そのカツの断面、尊すぎます!』


『至急、レシピを! 聖務を放り出してでも作りたいッ!』


爆速で流れるコメントの滝。


情報の断絶が支配していたファンタジー世界は、この瞬間。 レオンの指先一つで、「リアルタイム・ネット社会」へと強制アップロードされたのだ。


だが、新しい技術には「使い間違い」が付きものだった。


「ふふ、これで私も最新の流行を……あ、このボタンかしら?」


魔界の宮殿。 女王リリスは、寝室でゴロゴロしながら最新のデバイスに四苦八苦していた。


深夜までの業務で疲れ果て、涎を垂らしながら大の字で寝ていた、先程までの自分。 それを「間違えて」自撮り撮影し……。 こともあろうに全世界共通チャンネルへ、誤爆送信してしまったのだ。


「…………。……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


リリスの絶叫が届く前に、ネットは史上最大の大炎上を引き起こした。


『【緊急】魔王様の寝顔がガチで無防備すぎる件について』


『涎垂らしてる! 可愛い! 死ぬ!』


『崇高な女王だと思ってたけど、親近感爆上がりなんだが』


一瞬で一億回再生。 リリスの恥ずかしい姿は、瞬く間に全次元の住人に保存された。


「殺す……! 今すぐユグドラ・ネットを遮断してやるぅぅぅ!!」


顔を真っ赤にして地団駄を踏むリリスだったが。 彼女の元には、史上空前の「ファンレター」がデジタルで届き続けることになった。


「あ、みんな結構使いこなせてるね」


「これならカツカレーの布教も、以前の数万倍の効率で行えそうだよ」


レオンは、絶え間なく流れる世界の「声」を満足げに眺めながら。 自分もポップコーン……ではなく、残りのカレーを口に運んだ。


世界はもう、レオンの改善から逃れることはできない。


一枚の葉っぱが、何千年も続いた「情報の壁」を……。 あっけなく粉砕してしまったのである。

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