第31話:月の改善〜魔界の女王、安眠の香りに釣られる〜
世界を(勝手に)平和にした聖職者レオン。 彼のスローライフは、とどまることを知らなかった。
ある夜。 レオンは新しく完成した温泉街のテラスで……。 セリアと一緒に月を眺めていた。
「うーん、セリアちゃん。やっぱり最近、夜がちょっと暗いよね」
「……はぁ。レオン様、それは今、新月に向かっている時期だからではないでしょうか?」
「いや、そういう周期的な話じゃなくて、反射効率の問題だと思うんだ」
「月の表面がデコボコしていて、せっかくのマナを乱反射させちゃってるんだよね」
「これじゃあ、夜に外を歩くお年寄りや、外灯係のアウロラさんの負担が大きいよ」
セリアは嫌な予感がした。
レオンが「効率」や「負担軽減」を口にする時……。 物理法則が泣きを見ることを、彼女は経験上知っている。
「ちょっと、光沢を出して……」
「色も安眠効果のあるパステル系に塗り替えちゃおうかな」
「レオン様!? 月は天体です! 建築物ではありません!!」
だが、レオンの右手は既に天空へと向けられていた。
【天体表面改善:ルナ・ポリッシュ&パステル・コーティング】。
その瞬間。
夜空に浮かぶ無愛想な岩石の塊だった月が……。 一瞬にして眩いばかりの「神聖パステルピンク」へと変色した。
さらにレオンが「ちょっとしたサービス」として。 月の高度を概念的にぐいっと下げたことで……。
月から降り注ぐ光は、全人類の精神を強制的にリラックスさせる「超高濃度安眠粒子」へと変貌した。
世界中の夜が、桃色の幻想的な光に包まれる。
人々は戦意を忘れ、憎しみを忘れ……。
「……ふぁぁ、なんだかすごく眠くて幸せだ……」
その場にパジャマ姿で、次々と崩れ落ちていった。
▽ ▽ ▽
一方その頃。 大陸の裏側、常にドロドロとした怨念と不眠に苛まれる「魔界」。
その最奥で、数千万年の間、苛立ちから一度も眠りについたことがない。
そう豪語する魔界の女王リリスが……。 窓から差し込んだピンク色の光に目を剥いていた。
「な、なんだこの光は……!?」
「私の不滅の呪縛が……魂の底にこびりついた不眠の楔が、スッと……溶けていく……?」
リリスは抗えなかった。
あまりの心地よさに、彼女は女王としての正装ではなく……。 フリフリの可愛らしい寝巻き(ネグリジェ)姿のまま、光の源であるデスバレーへと音速で飛来した。
「……ここか! 私の『不眠』という名のアイデンティティを破壊した無礼者は!!」
デスバレーに不時着したリリスの前に。 チェック柄のエプロン姿のレオンがひょっこりと現れた。
「あ、いらっしゃい。夜更かしは体に毒だよ?」
「ちょうど安眠効果のあるカモミールティーを淹れたところなんだけど、一杯どうかな?」
「……っ。な、私を誰だと思って……」
(ズズッ)
「……っ!? な、なんだこの美味さは……!!」
一瞬でリリスの表情が蕩ける。
数千年の恨みが、一杯の紅茶とピンク色の月光によって……。 あっけなく「漂白」されてしまった。
こうして、 レオンの「ちょっとした改善」は、ついに次元の壁すらも破壊し始めたのである。




