第30話:これからも続くスローライフ〜改善の果てに〜
かつて「死の谷」と呼ばれ、いかなる生命も拒んできた絶望と呪いの地デスバレー。
今、そこは大陸全土から人々が憧憬の眼差しを向ける……。 世界で最も眩しく、最も幸福なマナに満ちた多種族共生国家『レオン・グラナダ』へと生まれ変わっていた。
朝の光が世界樹の黄金の葉に反射し。 村中に清涼な、そして魂を芯から癒やす神聖波動を撒き散らす。
空では伝説の黒龍クロが。 背中に元・王国の子供たちを大勢乗せて、子犬のように喉を鳴らして朝の空中散歩を楽しんでいる。
村の広場では、エルフの王女ルナリスがドワーフの名工バッカスと肩を並べ……。 世界中の知恵を集積する「空飛ぶ魔導図書館」の建設に熱い議論を交わしていた。
「レオン様、おはようございます! 今日も最高のトマトの収穫日和ですわ」
「温泉の温度もバッチリです!」
かつての聖女……。 今は村の総務とレオンの世話を担当するセリアが、眩い笑顔でレオンに駆け寄る。
彼女の隣には、かつての呪われた聖剣を多機能スコップに持ち替え。 元気に、そして真剣に土を耕す一人の青年の姿があった。
「あ、レオン。この区画の土、少し窒素が足りない気がするんだ」
「僕がマナを注入して調整しておいてもいいかな?」
真っ白に浄化され、少年のように穏やかな瞳を取り戻したアレクサンドが。 かつてのライバル……今は「人生の師」であるレオンに、敬意を込めて声をかける。
「うん、アレクサンド君。土の改善、最近すごく上手になったね」
「明日は新しい品種の『虹色メロン』を一緒に植えてみようか」
レオンは満足げに。 自分が「ちょっとした片手間」で作り上げた、スローライフの集大成であるこの美しい街を穏やかに見渡した。
そこには、もはや「追い放った側」も「された側」もない。
ただの庭師になった勇者。 移動タクシー兼・子供の遊び相手になった龍。 夜道を照らす巨大な外灯係になった神。
そして泥にまみれて草むしりに精を出す元国王や貴族たち。
全ての価値観がレオンの「ちょっとしたメンテナンス」によってポジティブに再構築され……。
世界は不毛な支配という名の非効率なシステムを完全に捨て去り。 ただ「今日を美味しく、楽しく、健康に生きる」という究極の効率的な幸福へと移行していたのである。
その日の夜。 村の中央広場では、物語の完結を祝うかのような盛大な収穫感謝祭が開催された。
商人ギルドのシルバがどこからか調達してきた最高級の美酒と料理が並び。 帝国のウルリック将軍がクマの着ぐるみ姿で華麗なステップを披露し、村全体が万雷の笑い声に包まれる。
「……レオン様」
「本当に、最初はただ静かに暮らしたかっただけでしたのに、随分と遠いところまで来てしまいましたね」
温泉上がりの濡れた髪を拭いながら、傍らで月を見上げるレオンにセリアが優しく微笑みかけた。
「そうだね」
「でも、みんなが毎日たっぷり笑って、温泉に入って、美味しいカレーを食べてぐっすり眠れるなら……」
「これが、僕にとっての『最高のスローライフ』なんだと思うんだ」
レオンはそう言って、手元にある使い込まれた一冊のノートを開いた。 そこには、これまで彼が村を良くするために書き留めてきた「改善案」が記されている。
「……あ、でもセリアちゃん」
「さっき月を見ていて思ったんだけど……」
「夜道が少し暗いのは、月の高度が低くてマナの反射が足りないせいだと思うんだよ」
「……ねえ、明日から月をもう少し世界樹に寄せて大きくして……」
「ついでにつやつやのピンク色に塗り替えちゃわない?」
「そのほうが、みんなの寝付きも絶対に良くなると思うんだよね」
「……っ!!? つ、月を……天体そのものを改善する、ですってぇぇ!!?」
セリアの絶叫が夜のデスバレーに、そして世界中に響き渡る。
だが、レオンの瞳は既に、遥か彼方の夜空……。 次なる「ちょっとした改善対象」へと向けられ、少年のようにキラキラと純粋に輝いていた。
物語は、ここで一旦の区切りを迎える。
だが、聖職者レオンの「無意識で過剰な世界のリブート」は、これからも止まることはないだろう。
明日も、明後日も。 彼は、誰かが困っているのを見つけたら、ただお節介な笑顔でこう言うのだ。
「あ、それ。僕がもっと便利に『改善』しておきますね!」




