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第28話:王国の最期〜楽園への亡命〜

かつて大陸随一の魔導文明を誇った神聖ロザリア王国は。 今や音のない崩壊の淵に立っていた。


魔力供給は完全に死に絶え、夜は呪われたような漆黒の闇に沈み……。 昼は骨を刺すような飢えと酷寒が民を苛む。


彼らが縋った勇者アレクサンドは自壊して廃人と化し。


最後の一線として召喚した「光の神」もまた……。 デスバレーの庭園を煌々と照らす『多機能防犯ライト(兼・マッサージ師)』へと再就職してしまった。


「……もはや、これまでか」


「我が誇り、我が王冠は……最初から砂の城だったのだな」


玉座の間。 暖房魔法の切れた冷たい空気の中で、老齢の国王は震える手で純金の王冠を脱ぎ……。 塵にまみれた床に静かに置いた。


「生存者全員に通達せよ」


「我らはこれより、大陸の禁忌地……デスバレーへと移動する」


「……魔王レオンに、一抹の慈悲を乞うのだ」


それは、建国以来最大の屈辱であり、同時に民を生かすための唯一の希望だった。


王宮を捨て、泥を啜りながら未開の荒野へと進む数万人の列。


かつて豪華な絹のドレスを纏い、他者を蔑んでいた貴族たちも。 今やボロ布を被り、空腹で節くれ立った泥だらけの手で互いを支え、幽霊のように列をなしていた。


だが、デスバレーの境界線を一歩越えた瞬間。 彼らの五感は、想像を絶する別世界によって暴力的なまでの祝福を受けた。


「……あたたかい」


「それに、この空気を吸い込むだけで……震えが止まる……!?」


「見てください、あそこ! 黄金の光を放つ巨大な街灯……」


「そして、空を優雅に舞うあの漆黒の影は……伝説の黒龍クロ殿か!?」


漆黒の谷間に現れたのは、世界のどこにも存在しないはずの……。 魔導と自然が高度に調和した超近代都市だった。


世界樹ユグドラシルが放つ圧倒的な生命の香りと。 巨大な温泉施設から立ち上る心地よい湯気が……。 凍てついた民たちの心身を、内側から優しく解かしてゆく。


境界の門の前に、数万の民が絶望と期待を抱いて膝を突き……。 国王が最前列で泥に額を擦り付けていた。


「レオン殿! 我らは、我ら愚かなるロザリアの一族は……」


「貴殿を『無能』と嘲笑い、あまつさえ追放した大罪人です!」


「我ら王族の命はどうなっても構わぬ、どうか、どうかこの飢えた民たちへ……」


「パンの一片だけでも、お恵みを……っ!」


国王の慟哭。


それは、積み上げてきた虚飾のプライドを完全にへし折られた男が……。 魂の底から絞り出した、真実の謝罪だった。


「あ、国王様。お久しぶりです」


「そんなに固くならなくていいですよ、床が汚れちゃうし」


門の中から現れたレオンは、昔と変わらぬ穏やかな……。 それでいてどこか神性すら帯びた悟りの笑顔を浮かべていた。


「レ、レオン殿……謝っても、許されることでは……」


「許すとか許さないとか、そういうのはもういいんです」


「ちょうど、村の人口が増えてきたから新しい集合レジデンスの設計をしていて……」


「土木作業の手が足りなくて困ってたんですよ。みなさん、働けますよね?」


レオンは、かつて自分を鼻で笑い、「無能」の烙印を押した大臣や将軍たちに……。 ミスリル強化済みのスコップと特製肥料袋を次々と手渡していった。


「はい、国王様はあそこの神樹の剪定をお願いします」


「元・大臣さんは通りの自動清掃魔法のバックアップ」


「あ、王妃様と令嬢の皆さんは、新しくオープンしたスパの受付と、トマトの収穫を手伝ってくれるかな?」


「一生懸命に汗を流して働いたら、夜は神から整体を受けた後に……」


「最高に美味しい特製カレーと温泉があるよ!」


「……ト、トマトが……」


「こんなに、こんなに甘くて、魂を震わせるものだったなんて……っ!」


かつて世界中の美食を極めたはずの王妃が、泥にまみれて収穫した一個のトマトを口にし……。


そのあまりの生命の輝きと、自分がこれまで空虚なものを守ろうとしていた愚かさに気づき、赤子のように嗚咽を漏らした。


彼らは身をもって理解したのだ。


自分たちが追い出した「無能な聖職者」こそが、世界の理そのものであり……。


その彼が「ちょっとした改善」として無自覚に撒いていた慈悲だけで、自分たちは生かされていたのだということを。


こうして、神聖ロザリア王国は事実上の消滅を迎え……。 デスバレーの「一つの自治区」として平和的に統合された。


かつての支配者たちは、レオンの厳しい指導のもと。 草むしりや農作業という「真の人間的労働」を通じて、歪んだ自尊心を浄化していくことになる。


     ▽ ▽ ▽


そんな幸福極まりない再出発の様子を……。 デスバレーの外壁、因果がねじ曲がった荒野の影から、一人見つめる影があった。


「……あは。あはは化はははは!!」


「みんな、みんなレオンに、魔王に魂を売り渡したんだね!!」


ぼろぼろに欠けた聖剣を杖代わりにし、髪を振り乱したアレクサンドが……。 黒ずんだ魔力の血管が浮き出た瞳を歪ませて狂笑した。


「なら、私が……私が本当の正義のために、この汚れきった世界を『リセット』してあげるよ」


「……来い、裏の世界の神々よ。僕と一緒に、レオンも、王国も、全部無かったことにしよう?」


アレクサンドの黒く変色した右腕から、ドロドロとした黒い泥のような魔力が溢れ出し、周囲の現実を腐食させ始める。


真の最終決戦。 物語は、救われた世界の繁栄か、絶望の全消去かを巡る、クライマックスへ。

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