第27話:勇者の発狂〜神の姿勢は、僕が直します〜
「はは……あはははは!!」
「物理が効かない? 最強の魔法が効かない? 冗談じゃない、そんなふざけたことが……」
「そんなデタラメがあって、たまるかぁぁ!!」
もはや物理的な崩壊を待つだけとなった聖ロザリア王都。 その最深部、数千年の間封印されていた禁断の魔術地下室にて。
勇者アレクサンドは、かつての傲慢な面影を微塵も残さぬほどに痩せこけ……。 血走った目を見開いて巨大な魔法陣の中央で高笑いを上げていた。
「あいつさえ、レオンさえいなければ! 私が世界の、この歴史の中心だったんだ!」
「……堕ちろ、偽りの光よ! 私の魂を受け取れ、この国の残りのマナを、数百万の民の命運を全てくれてやる!」
「だから、アイツを……あの不遜な男を、この世から消し去れ!!」
アレクサンドが自らの腕を躊躇なく切り裂き、その深紅の血を祭壇へと注ぎ込む。
直後、王都の空が禍々しい赤黒い色に染まり……。 天を垂直に裂く巨大な光の柱が、デスバレーの地平線にまで届くほどの咆哮を伴って噴出した。
魔力嵐の中から現れたのは、美しさと悍ましさが同居した、数千メートル級の異形の超越体。
「……我は理の執行者、神罰の化身アウロラ」
「不浄なるマナを纏いし楽園……その存在の因果ごと、宇宙の塵へと回帰させよう」
自称・光の神。
その存在が放つ無差別な神威だけで、周囲の空間はひび割れ……。 概念的な「死」の波動が大陸全土を震わせ始めた。
だが、そんな終末を、村の広場から首を傾げてのんびりと見上げていたレオンは。 ひどく困ったように眉をひそめていた。
「……うわぁ。あの神様(?)、すごく背中が曲がってるね」
「魂の軸というか、マナの通りが極端に右に偏ってる」
「あんなに無理な姿勢で、歪んだエネルギーを無理やり放ってたら……」
「そりゃあ性格もトゲトゲしくなっちゃうよ。放置したらヘルニアになっちゃう」
「レオン様、あ、あれは神です! 世界の理そのものを書き換えて消去するための、審判の光です!!」
「整体院の患者さんではありません!!」
セリアが涙目で絶叫するが、レオンの耳には届かない。
レオンにとって、眼前の巨大な光は「倒すべき敵」ではなく……。 「一刻も早く直さなければならない、重度の歪みを抱えた患者」にしか見えていなかった。
「ちょっと待っててね、アウロラさん。今、すごく楽にしてあげるから」
レオンは空中に透明な「光の階段」を即座に構築し。 天空に鎮座する神の顔前まで登っていった。
「……矮小なる、塵に等しい人間め。我が光に焼か――」
「あ、動かないで。君、ここ。ここが一番因果がねじれてる」
レオンは、神が思考するよりも速く。 その巨大な光り輝く首根っこを、素手で、しかもしっかりと「ツボ」を捉えて掴んだ。
【存在の再構成:神聖カイロプラクティック(広域因果律調整)】。
レオンが、神の首をあり得ない角度へとグイッと……だが愛を込めて捻った。
空間ごと「バキイィィィッ!!」という凄まじい衝撃音が鳴り響く。
「ギ、ギャ……ギャアアアアアアアアッ!!??」
神の、銀河を揺るがすような絶叫が響き渡る。 だが、それは苦痛の悲鳴でも、滅びの叫びでもなかった。
「……あ。あ、あぁ……。なんという、ことだ……」
「数万年の間……我が背を苛んでいた、不浄な歪みが……冷たい鉛のような停滞が……」
「今、スッと透き通るように消えていく……。マナが……生命が……真っ直ぐ、清流のように流れる……っ!」
神アウロラの荒々しく凶悪だった光は、レオンの一撃によって剥ぎ取られ。 代わりに、優しく温かみのある琥珀色の光へと劇的に変化した。
神の異形だった多翼は、白鳥の羽のように白く洗練され。 その表情からは憎悪が消え去り、至高の賢者のような穏やかな表情へと「改善」されたのである。
「うん、だいぶ良くなったね。ほら、もう一箇所。腰のあたりもパキッといっておこうか」
「は、ははぁっ! ぜひ、ぜひお願いしたく存じます、我が救世主よ!!」
「おおお、なんと心地よい……存在していること自体が、もはや悦楽……!!」
最強の神が、あろうことか天空でレオンの足元に恭しく跪き……。 至高の施術を受けた常連客のように、恍惚とした表情で「再構成」の続きをねだり始めた。
「よし、これで全工程終了だね」
「君、そんなに光るのが得意なら、村の温泉街の夜道を照らす、大型の神聖照明を担当してくれないかな?」
「最近、観光客が増えてちょっと暗いって言われてたんだ」
「喜んでお引き受けいたします! 我が全神威を、唯一無二の灯として捧げましょう!」
▽ ▽ ▽
地上。
神さえも「整体」のついでに「外灯係」へとジョブチェンジさせてしまった光景を目撃したアレクサンドは。
「う、嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁ……!」
「神だぞ!? 私の魂を、国家の全てを捧げた、最後の……最後の希望だったんだぞぉぉっ!!」
魂のヒューズが焼き切れ、白目を剥いて泥のようにその場に崩れ落ちた。 彼の精神は完全な真空状態、あるいは救いようのない虚無へと陥った。
勇者が最後に召喚した最終破壊兵器は。 レオンの「健康と快適さに対する過剰な配慮」によって、村の最も豪華で便利なインフラへと生まれ変わった。
最終決戦は、もはや戦いなどと呼ばれるものではなく。 レオンによる「世界というシステムのバグ修正」へと完全に移行していた。
一方その頃、レオンに照明係に任命された元・神アウロラは。
「ご主人様、本日のライティングは暖色系にしますか? それともムーディーなパープルですか?」
と、レオンに熱烈なアピールを始めるのだが、それはまた別の物語の主軸となるのである。




