第25話:商人ギルドの決死の接触〜伝説は市場を変える〜
「……デスバレーに、神をも畏れぬ黄金の楽園が築かれているだと?」
「くだらん。あそこは数千年以上、生けるもの全てを拒んできた呪われた暗黒の地だ」
「そんな三流小説のようなデマに踊らされるほど、私は焼きが回ってはいないぞ」
世界最強の組織『大陸商人ギルド』の総帥、シルバ・ゴールドマンは。 執務室の窓から、急速に活気を失いゆく神聖ロザリア王都の街並みを眺め、冷徹に鼻で笑った。
だが、その手元にある魔導報告書――。
かつて王国が送り込み、今や村の「ただの庭師」にジョブチェンジした間者から届いた。 信じがたい「バザー」の極秘記録は、彼の商人の直感を暴力的に揺さぶっていた。
『賢者の石をキャベツの漬物石に、世界樹の枝を子供のチャンバラ棒に』 『神殺しの魔剣は採れたてトマト三玉と等価交換』
「……もし、これが万に一つでも事実なら」
「私がこれまで築き上げてきた世界の経済概念は、明日にも砂の城のように崩壊する」
「直ちに特級商隊を用意しろ。もしデマなら現地で奴らを処刑するし、真実なら……」
「私が奴らの奴隷になってでも、その富の端切れを掴み取ってやる」
シルバはギルドの全財力を注ぎ込み、一国の正規軍にも匹敵する完全武装の魔導商隊を組織し……。 捨て身の覚悟で死の谷デスバレーへと舵を切った。
そして数日後。
シルバがデスバレーの検問所に足を踏み入れ……。 彼の「常識」という名の強固な城壁は、予告もなく跡形もなく爆破された。
「ようこそ! デスバレー通商特区へ!」
「武器の持ち込みは村の条例で禁止されてるから、あそこの龍くんに預けて、預かり証を受け取ってね」
「……り、龍……!? ま、まさか……嘘だろ……」
巨大な門の横に鎮座していたのは。 かつて一晩で一国を焼き払い、歴史の表舞台から消えたはずの伝説の黒龍『クロ』だった。
今やその最強の龍は、胸元に大きく「荷物預かり所」と刺繍された可愛らしい前掛けをつけ……。 巨大な尾を犬のように軽快に振って商人たちの馬車を迎えている。
さらに入口の警備兵が着ているのは。 一つあれば小国が買えるとされる「世界樹の繊維編み込みスーツ」。
シルバが一生をかけてオークションを駆けずり回っても手に入らぬ聖遺物を……。 名もなき門番が「通気性がいいんだよね」と作業着感覚で着こなしていた。
(ば、馬鹿な……。なんだこの場所は……)
(ここだけ時間が数万年先へ進んでいるのか、それとも神々の遊び場か!?)
シルバが泡を吹きそうになりながら村の中枢へ入ると。
そこには多種族が同じ温泉に浸かり。 見たこともないほど瑞々しい黄金の果実が市場に投げ売りされている「地上のユートピア」が広がっていた。
「あ、あなたが商人ギルドのシルバさん? ちょうど良かった」
「村の人口が増えてきたから、日常で使う爪切りとか、歯ブラシを万単位で卸してくれる人を探してたんだ」
目の前に現れたレオンは、あまりにも無防備で。 それでいて底知れない宇宙的なマナを纏っていた。
「レ、レオン殿……。我ら大陸商人ギルドは、貴殿の持つ……その、余りある資源の……」
「独占窓口としての権利を……」
シルバは当初、商人としての矜持を保ち、優位に交渉を進めようと言葉を選んだ。
だが、レオンの背後にあった「不用品回収カゴ」の中に。 王国の国宝級アーティファクトが「鉄屑」として雑多に放り込まれているのを見た瞬間……。
彼はプライドと共に膝から崩れ落ちた。
「……あ、あの。そのカゴの中の『光る鉄屑』は……」
「もしや、神代の聖金ではありませんか? 一片で我が国の年間国家予算に匹敵する……」
「え、あぁ、それ。硬すぎて包丁にも農具にも使えなかったから、明日埋め立てに使おうと思ってたんだ」
「欲しいならあげるよ、代わりに品質の良い歯ブラシ持ってきてくれる?」
(……歯ブラシ。大陸を三つ買える神の金属と、安物の歯ブラシが等価、だと……!?)
シルバの脳内で、これまで積み上げてきた「等価交換」という名の黄金の天秤が、音を立てて粉砕された。
彼は悟った。 この男と対等に交渉しようとなぞという考え自体が、太陽に向かって石を投げるような度し難い愚行であると。
「……レオン様!! どうか、どうか我が大陸商人ギルドを……」
「この神聖なる村の末端の『使い走り』に任命してください!!」
「手数料など一銭も。いえ、むしろ権利料として我がギルドの総資産の六割を献上いたします!!」
シルバは白亜の大理石の床に力いっぱい額を擦り付けた。 世界最強の経済王が、一人の青年にして、新時代の神に平伏した瞬間だった。
「え、総資産? そんなの困るよ、仲良く貿易しようね。あ、ついでに美味しいお酢も入用なんだ」
「は、ははぁっ!! 古今東西、あらゆる次元のお酢を……」
「我が国の全商路を焼き捨ててでも明日までに揃えて参ります!!」
こうして、レオンの村は正式に世界最大の経済圏と直結し。 名実ともに『死の谷の神聖国家レオン・グラナダ』としての地位を不動のものとした。
だが、その熱狂と繁栄の様子を、魔導通信機で冷徹に伺う眼差しがあった。
軍事大国・オーディン帝国の侵略将軍、ウルリック・フォン・アイゼン。
「……商人ギルドまでレオンに屈したか。面白い」
「経済で勝てぬなら、我が帝国の誇る十万の魔導鎧兵と、空飛ぶ鉄造戦艦の軍勢で……」
「その楽園を根こそぎ略奪してくれるまでよ」
▽ ▽ ▽
地平線の彼方。 砂塵を巻き上げ、空を黒く塗りつぶして進軍を開始する帝国の影。
最強の経済力と伝説の龍を手に入れたレオンが、ついに『戦争』という名の非効率なシステムに直面する予感を残し、物語は新たな局面へ。
次にレオンが「ちょっと改善」するのは、この世界を支配する暴力そのもの、であった。




