第24話:温泉街落成〜裸の付き合いは種族を超えて〜
「……レオン様」
「住民がこれほどまでに増え、多種多様な種族が集うことはこの上ない喜びですが……」
「現実問題として、元・人間の兵士たちと我らエルフ、そして武骨なドワーフ殿の間には、まだどこか拭いきれないよそよそしさが漂っておりますわ」
エルフの王女ルナリスが、世界樹の葉がそよぐ村の広場を俯瞰しながら、懸念を小さく吐露した。
確かに、共通の主であるレオンには皆一様に忠誠を誓っている。
しかし、夕食の席や共有スペースの休憩中……。 どうしても無意識のうちに種族ごとに固まってしまい、互いを遠巻きに観察するような微妙な緊張感が残っていたのだ。
「うーん、そうだね」
「やっぱり、言葉だけじゃ伝わらないこともあるし……」
「お互いの見えない壁を物理的に取り払うには『裸の付き合い』が一番だと思うんだよ」
レオンはポンと手を叩くと。 かつて自分とセリアのために作った「ただの露天風呂」を、現在の村の規模、そして多種族の体格に合わせて一気にリニューアルすることを決意した。
「よし、やるぞ!」
「【広域変換:聖大理石の白亜宮殿】、そして【深層脈抽出:神聖源泉・八重掛け流し】!!」
レオンが地面を杖で力強く叩くと。 デスバレーの地下深く、これまで世界のどの探求者も到達できなかった「純粋なマナの結晶層」まで即座に神聖な管が通り……。
そこから黄金色に輝く超高濃度の温泉がゴボゴボと噴き出した。
さらにその周囲には……。 古代神話の宮殿を思わせる白亜の大理石で作られた巨大な大浴場。
世界樹の根がフィルターとなって癒しの香りを漂わせる薬湯。
さらには龍のような巨体でも余裕を持って浸かれる広大な大露天風呂が……。 ものの数分のうちに完璧な造形美を伴って構築されていった。
「お、おいおい! これが風呂……なのか?」
「王都で見た最上級の保養施設ですら、この入り口の装飾一つに及ばねぇぞ!」
「見てください、このお湯……」
「ただ浸かっているだけで、十年前の戦傷で動かなくなっていた肩が、まるで生まれたてのように滑らかに……っ!」
元・王国の兵士たちが、恐る恐るその神聖な湯気に包まれた空間へ足を踏み入れ……。
その瞬間、彼らは自分たちが単なるお湯ではなく、「生命のエッセンス」の中に身を浸していることに気づき、言葉を失った。
お湯には、レオンがかつて適当に作った「エリクサー」の成分が、源泉の圧倒的な熱量によってミスト化して充満している。
ただ呼吸をするだけで肺が洗浄され、欠損した指先すらもうっすらと再生の兆しを見せるほどの絶大な効能だ。
さらに、中央の巨龍用浴場からは、バシャーーーン!! という津波のような豪快な音が響いた。
あの伝説の黒龍こと『クロ』が、恐ろしい威厳などゴミ箱に捨て去り。 フニャフニャと蕩けたようなだらしない顔をして仰向けに浮かんで、巨大な腹を空にさらしていたのだ。
「カハァー……。これは……これはもう、龍としての誇りなどどうでもよくなる心地よさだ」
「鱗の隙間に詰まった古い魔素も、数万年分の心の煤も、全てがこの黄金の泡の中に溶けていくようだぞ……」
「わふー! 最高ですー! お耳までお湯に入っちゃいますー!」
セリアも、白銀の毛並みをさらに輝かせながら、隣の足湯で尻尾を上機嫌にパタパタと振っている。
エルフたちは最初、野蛮な人間やドワーフと同じ湯に浸かることを、長年の誇りから躊躇っていた。
しかし、お湯が放つ圧倒的な「慈愛の波動」に当てられ……。
いつしか並んでバッカスの髭の汚れを落とす手伝いをしたり、お互いの背中を流し合ったりする光景が自然と生まれていた。
「……ルナリス殿、お肌の輝きがエメラルドのようですな」
「この泉、我がドワーフの聖地に伝わる伝説の泉より、はるかに純度が高い」
「バッカス殿も、その硬く閉ざされていた心が、この温度で和らいでいるようですわね」
「……ふふ、お湯の中にでは皆、ただの命に過ぎませんわ」
湯気の中に響き渡る、種族を超えた柔らかな笑い声。
「あー、やっぱりお風呂上りはこれに限るよね」
レオンは、風呂から上がって火照った顔をした住人たちに。 村の神聖乳牛から搾った黄金ミルクに、世界樹の蜜を贅沢に混ぜた特製コーヒー牛乳をキンキンに冷やして振る舞った。
「プハァーッ!! なんだこの甘美な喉越しは!」
「これ一杯飲むだけで、魔力回路が拡張され、ランクが一つ上がった気がするぞ!」
「冷たい……。こんなに甘くて、魂の芯まで潤うような飲み物は、王都の貴族ですら一生拝めないでしょうね……」
こうして、デスバレーに完成した多種族対応型温泉スパ『レオン・グラナダ・ユートピア』。
この場所が完成したことで、デスバレーはもはや恐怖される「禁忌の地」ではなく……。
世界中の全ての種族が、全財産を投げ打ってでも一度は訪れたいと願う、文字通りの『地上の楽園』へと完全に昇華した。
▽ ▽ ▽
一方その頃。神聖ロザリア王都。
魔力の遮断により、氷のように冷たい井戸水で体を拭き、腐りかけたレーションをかじるアレクサンドのもとに……。 斥候からの血相を変えた報告が届いていた。
「報告します! デスバレーに、突如として『神々の黄金の光塔』が複数立ち上がり……」
「そこから龍の安らかな鳴き声と、全種族の感謝の合唱が聞こえております!」
「……な、なんだと!? またしてもレオンの奴……今度はどんな神罰魔法を起動させたのだ!」
「あの光は王都を焼き払うための前哨に違いない!!」
アレクサンドはさらにガタガタと震え、湿気た布団を頭から被って勝利を妄想するが……。
それはただ住人たちが温泉のライトアップで「夜景が綺麗だねー」と楽しんでいるだけの、平和な光だったのである。




