第21話:輝きの終焉〜王都の魔力が消える日〜
神聖ロザリア王都。
かつてそこは、二十四時間絶えることなく輝き続ける魔導街灯と。 常に四季を忘れさせるほど適温に保たれた豪華な王宮の回廊が自慢の、世界で最も美しいとされる魔導先進都市だった。
だが、その輝きは今、音を立てて内側から崩れようとしていた。
「どういうことだ! なぜ街灯が一本も点いていない!」
「暗くて馬車も出せんではないか! 衛兵は何をしている!」
「王子様、申し訳ございません!」
「王都中央のマナ供給源である『心臓部』が、三日前から予期せぬフィードバック暴走を起こし……」
「現在は安全装置が作動して供給を完全に遮断しております……!」
真っ暗な王宮の廊下。 重い、重い純鉄の自動扉を自ら肩で押し開けながら、勇者アレクサンドは額に大粒の汗を浮かべて吠えた。
本来ならば、この扉は人の接近を感知し、プログラムによって音もなく滑らかに左右へ開くはずのものだった。 だが今や、それはただの無機質で重厚な、呪われた金属の塊に過ぎなかった。
原因は明白だった。
王都の人々が「当然そこにあるもの」だと思って甘受していた……。 ある一人の青年がこの街から消えたことだった。
「……レオン。あいつがいなくなってから、まだ一ヶ月も経っていないぞ」
「なぜ、なぜこれほどまでに国中が不便なのだ!」
アレクサンドの叫びは、そのまま王都中の貴族、そして市民たちの悲鳴でもあった。
レオンは、王都全体の魔導インフラの「メンテナンス」をたった一人で任されていた。
誰もが、彼はただ魔法陣にマナを定期的に注ぎ。 汚れを払うだけの簡単な、誰にでもできる仕事をしていると思っていた。
だが、事実は残酷なまでに違った。
彼は、数百年前に設計された非効率な古代魔法陣を独学で構築し直し。 一人の魔力で国全体を賄えるほどに超効率化・並列化し……。
さらに数千箇所の微細な魔力漏れを毎日欠かさず一箇所ずつ調整し続けていたのだ。
その「神業」のような支えが失われた今。 王都のインフラは、賞味期限の切れた古いプログラムが次々とバグを噴出させ、機能を停止させていた。
「冷たい……! お湯が出ないなんて、これでは未開の野蛮人の生活じゃない!!」
王立劇場の高慢な令嬢たちが、氷のような冷水しか出なくなった魔導浴室で悲鳴を上げる。
「自動洗浄魔法」の加護が切れた豪華なドレスは。 わずか一日の外出で泥汚れが激しく目立ち始め……。
それを洗濯板で自ら手洗いしなければならないという衝撃的な現実に、貴族たちは発狂せんばかりだった。
さらに、王殿の厨房では「常温保存・鮮度維持魔法」が切れた最高級の食材が腐臭を放ち始め。 王都の食卓からは美食が姿を消し、代わりに黒パンをかじるような日々が訪れた。
「馬鹿な……レオンの担当していた魔法陣を再起動させるだけだろう!?」
「我が国のエリート魔導師たちが、何百人もいるではないか! 手を動かせ!」
アレクサンドに促され、王立魔導院の賢者たちが総出で回路の中枢へ飛び込んだ。
だが……。 彼らは魔法陣の心臓部を見た瞬間、そのまま石化したように固まり、一言も発することができなかった。
「……あり得ん。なんだこれは」
「魔法文字が……互いに干渉し合い、独自の言語……いいえ、独自の『生態系』を形成している」
「これは最適化などというレベルではない。構築そのものが芸術であり、奇跡だ……」
老賢者は、震える指でレオンが書き残した調整の痕跡をなぞった。
「我ら数百人が、全知全能の神に祈りながら一生をかけて解析しても、この魔法陣の意味の一割も理解できん」
「……我々は、とんでもないものを捨ててしまった」
「この国をたった一人で背負っていた、真の天才を、慈悲深い守護者を追い出してしまったのだ……!」
城の外では、街灯が完全に消えて漆黒に包まれた市民たちが、松明を持って不満を爆発させていた。
「勇者軍はデスバレーで消え、今度は王都が闇に落ちるだと!?」
「勇者アレクサンドは何をしている!」
「無能だ! 聖職者レオンがいなければ何一つ動かせない無能を、誰が勇者と認めるものか! 彼を今すぐ連れ戻せ!」
怒れる群衆のデモは、日に日に激しさを増し、王宮の外壁を揺らさんばかりの勢いだった。
アレクサンドは、自室の暗い窓からその松明の海を見下ろし、ガタガタと歯の根を鳴らした。
「おのれ……レオン、レオン、レオン……!」
「お前がいなくても、私は……私は勇者として、この国を……っ!」
だが、その空虚な決意をあざ笑うかのように、王都の上空にさらなる絶望の影が差し込む。
厚い雲を切り裂き、月光を完全に遮るほどに巨大な、漆黒の翼。
二十話のラストでデスバレーへと向かっていたはずの『伝説の黒龍』が……。 なぜか王都の上空で足を止め、その巨大な黄金の眼で見下ろしていた。
「……マナが、腐臭を放っているな」
「この国には、もう喰らうべき価値のある命すら、一滴も残っておらぬか」
龍の冷酷な、しかし真理を突いた言葉と共に。 没落しゆくロザリア王都に、真の終焉が近づこうとしていた。
▽ ▽ ▽
一方その頃。
デスバレーの村の温泉で、エルフの王女ルナリスに丁寧に背中を流されていたレオンは……。
「あ、そういえば王宮の魔法回路の定期点検、誰が引き継いだのかな?」
「まぁ、賢者のみんながいれば、僕がやるよりずっと綺麗にアップデートされてるよね!」
と、最高級のマナ湯にプカプカと浮かびながら。 一ミリの罪悪感もなく、ただただのんびりとした時間を謳歌しているのだった。




