第20話:神々のフリーマーケット〜不用品(国宝)はお早めに〜
デスバレーの中心部。
天を突くタワーマンションが並び、黄金色のマナを降らせる世界樹の葉が風に揺れるレオンの村は。 かつてないお祭り騒ぎに包まれていた。
「さあ、みんな! 今日は村の新旧住民の親謀を深めるための、第一回・不用品交換バザーだよ!」
「家に眠っている『ちょっとしたもの』を持ち寄って、みんなで楽しく交換しよう!」
村の広場に特設された木造(ミスリル強化済み)の屋台。
レオンが拡声魔法を込めたメガホンで朗らかに宣言すると。 村の住人たちが各々の「いらなくなった不用品」を抱えて集まってきた。
だが、この村における『不用品』の基準は。 世界の常識から銀河の彼方へと乖離していた。
「おう、わしからはこれじゃ。昨日、酒を飲みすぎて火力を上げすぎた打ち損じのゴミだ」
「切れ味だけは保証するから、薪割りや魚の三枚おろしに使ってくれい」
ドワーフの伝説的名工バッカスが、道端の石ころのように並べたのは……。 純度100%のオリハルコンを贅沢に使い、数万回の鍛錬を施した『神殺しの魔剣』の試作品。
一振りすれば小山の一つも地図から消し去り。 王国の聖騎士が全財産と一生の忠誠を捧げても手に入れられない、歴史に刻まれるべき聖遺物だ。
それが今、ここでは「採れたてトマト三玉分」程度の極小の銅貨数枚で、年配の元騎士に買い取られていった。
「私からはこれをお出しします。先日のガーデニングの剪定で出た、邪魔な世界樹の小枝ですね」
「燃えにくい性質があるので焚き火の薪にもなりませんが、魔力の通りだけは良いので……」
「お孫さんの知育用の杖にでもいかがでしょうか?」
エルフの王女ルナリスが束にして出品したのは……。
一本で魔導師の魔力容量を十倍に拡張し、死者すらその芳醇な息吹で蘇生させるという伝説の『霊木』の端材。
それが「邪魔なゴミ」として。 近所の子供たちがチャンバラごっこをするための叩き売り品として並べられていた。
そんな、見ているだけで空間が歪みそうな狂気のお祭りの片隅で。 全身をガタガタと震わせ、今にも泡を吹いて卒倒しそうな男が一人いた。
神聖ロザリア王国の諜報部から送り込まれた極秘潜入員、コードネーム『狐』である。
彼は一般の行商人を装い、死の谷に現れたという異常な勢力の実態を探るべく、命がけで潜入していたのだが――。
(ば、馬鹿な……。私は死んだのか? それとも、魔王の強力な精神崩壊魔法にでもかけられているのか!?)
『狐』は、自分の眼前に並ぶ「商品」たちを鑑定魔法で一瞥し……。 そのあまりの価値の高さと、扱いの雑さに計算機能がパンクし、目から血を流しそうになっていた。
(あ、あのそこら辺で転がっている石……!?)
(我が国の宝物庫にすら親指の先ほどの欠片しかない、全知全能の素材『賢者の石』の原石じゃないか!)
(なぜ……なぜ漬物石としてキャベツを潰すのに使われているんだ!?)
(隣の店で売っている布きれは、魔法耐性カンストの聖布『天上の衣』だぞ! 三枚セットで百円って、雑巾以下の扱いじゃないかぁぁ!!)
彼は必死に正気を保とうとしたが、とどめは主催者であるレオンが出した目玉商品だった。
「あ、僕はこれかな。昨日、寝ぼけて作業してたらできちゃった『どこへでも行ける不思議な扉』だよ」
「設置型の次元回廊転移魔法陣を内蔵してるから、国境の壁も深海もドア一枚で一瞬で繋がるんだ」
「ただ、扉を開けるたびにマナが爆発的に増えちゃうから、試作品として格安にしとくね。ルナリスさん、交換にトマトもらえる?」
(……ッ!?)
『狐』は、世界中の軍事バランスを根底から無に帰し。 全国家を同時滅亡・あるいは一瞬で統一させうる核兵器以上の戦略級アーティファクトが……。
子供のままごとの道具のようなノリで売買されているのを見て、ついに脳のヒューズが物理的に焼き切れた。
「ヒヒッ……。綺麗だなぁ……。世界は、平和なんだ……」
「俺が必死に守ろうとしていた王国って、何だったんだ……?」
彼はもはや上官へ報告する気力も、恐怖も、愛国心すらも完全に失い。 その場で幼児のように座り込むと、世界樹からこぼれ落ちた聖なる土で無心に泥遊びを始めた。
その後、彼はレオンに「あ、精神的に疲れちゃったのかな。温泉入ってゆっくりしてね。今夜は美味しいカレーだよ」 と優しく肩を叩かれ、完全に牙を抜かれ……。 そのまま村の「ただの平和主義な庭師」へとジョブチェンジすることになる。
結局、バザーは「金銭」という脆弱な経済概念が入り口で死滅した。 レオンの村独自の「超・物々交換経済」によって大盛況のうちに終わった。
「あー、楽しかった。みんな良い掘り出し物が手に入ったみたいだね」
レオンは、自分が一国の国家予算数百年に匹敵する価値のものを市民からトマト数玉で買い取った(あるいは投げ与えた)ことなど微塵も気にせず。
夕暮れの世界樹の下で、満足げに微笑むのだった。
▽ ▽ ▽
一方その頃。 デスバレーの上空五千メートル。
漆黒の雲を切り裂き、村へ向かって音もなく接近する一筋の巨大な影があった。
「……香る。マナの芳香。これほどまでの清浄なエネルギー、我ら龍の王族が数万年生きて、一度も嗅いだことがない聖域の香りだぞ」
それは、この世界の生態系の頂点であり。 その気まぐれな一息で小国を滅ぼすと言われる『伝説の黒龍』であった。
龍は、バザーの熱気から漏れ出した異常なマナフレアに吸い寄せられ。 死の谷へとその翼を翻したのだった。
龍がもし、バザーに売られていた「龍神の逆鱗(ブラッシングで抜けたもの)」を見れば、どんな反応をするのか――。
その遭遇は、すぐそこまで迫っていた。




