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第19話:エルフの安住の地〜世界樹は公園の遊具感覚で〜

「……レオン様」


「タワーマンションというお住まいは、我らのような流浪の身にはあまりにも身に余る贅沢です」


「……ですが、もし許されるのであれば、この不毛な死の谷の隅に……一本でも良いのです」


「我ら一族の魂の拠り所となる苗木を植える許可をいただけないでしょうか?」


村の中心に堂々とそびえ立つ黒銀のタワーマンション。 その最上階付近の一室で、エルフの長であるルナリスは。


申し訳なさそうに、しかし魂の底からの叫びのような切実な面持ちでレオンに願い出た。


エルフという種族は、本能的にマナの循環する神聖な木々と共に生きる。 鉄とコンクリートの現代的な快適さも素晴らしいが……。


彼女たちは枯れゆく同胞の心のために、かつての故郷を思わせるかすかな「緑」を、最後の希望として求めていた。


「ああ、そうだね」


「団地の目の前に殺風景な荒野が広がってるのも寂しいし、お洒落な公園と緑地があった方が、僕も庭いじりのしがいがあるし」


「ちょうど、ガーデニングの設計をしたいと思ってたんだ」


レオンは快諾し、鼻歌混じりに裏庭――と言っても広大なデスバレーの空き地へと向かった。


「ルナリスさんたちも手伝ってよ。一緒に素敵な近所の公園を作ろう」


ルナリスたちは信じられないという顔で、顔を見合わせた。


(公園……? この、光の神に見捨てられ、古の魔王に呪われ……数千年も草木一本、一寸の苔すら生えなかったデスバレーの死土に、植樹など……)


(せめて、神聖水を何千ガロンも注ぎ、数十年かけて一株の低木が育てば奇跡だというのに……)


彼女たちは、レオンの底知れない、規格外の魔力は理解しつつも。 自然の摂理そのものを無視した「一瞬の植樹」には、生物学者としての本能的な懐疑を抱いていた。


だが、レオンの「ちょっとしたDIY」が始まった瞬間。 その常識は灰となって消え去った。


「えっと、まずは土作りからだね」


「前に作った『魔素の灰』に、神聖水を少し混ぜてペースト状にして……」


「あ、ついでにセリアちゃんの抜けた冬毛も混ぜておこう。あれ、高品質な魔力触媒(オリハルコン級)になるからね」


「わふわふ!? 私の抜け毛ですか!? お恥ずかしいです!」


レオンは適当な木桶で。 王国の国家予算が十回は優に吹き飛ぶほどの超・濃縮マナ肥料を、まるで日曜大工のセメントを練るような手軽さで調合すると……。


それを地面に掘った小さな穴にドロリと放り込んだ。


そこへ、レオンが昔、王都の下町の路地裏で拾って「なんか形が丸くて綺麗だな」とポケットに入れていたどんぐりを取り出す。


「よし、大きく育てよー。あ、日当たりを考えて左右に枝を広げてね」


レオンがどんぐりを埋め、軽く地面を優しく叩いて。 【時間加速】と【生命付与】、ついでに地形そのものを書き換える【空間拡張】の三重魔導エンチャントを込めた。


ドクン……!


大地全体が、巨大な太古の巨神の心臓が鼓動を始めたかのように、深く、重く脈打った。


ズゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!


「なっ!? なあああああかっ!!?」


ルナリスたちの絶叫が、晴天の空に響いた。


一瞬前まで、レオンの指先にあった茶色いどんぐりが。 地響きと共に猛烈な、目にも留まらぬ勢いで天へと駆け上ったのだ。


一秒ごとに数メートル、数十メートルと幹が太さを増し。 黄金色の皮を纏った枝が空を覆うほどに広がり……。


ものの数分で雲を突き抜け、太陽を背に受けるほどの巨大な神木――。 神話の時代に失われたはずの『世界樹』へと、その姿を変貌させた。


それだけではない。


世界樹から溢れ出した超濃度の、翡翠色に輝く神聖なマナの波動が津波となってデスバレーに広がり。 周囲の灰色の荒野を瞬時に、色鮮やかな見たこともない幻想的な大輪の花々と、闇を照らし出す発光キノコ……。


そして水晶のように透き通った癒しの力が宿る泉で満たしてゆく。


「ば、馬鹿な……」


「数千年の歴史を持つ我が国の、あの大賢者ですら立ち入りを禁じられた聖域の森すら……」


「この広大な森の、入り口の一角にすら及ばない……!?」


「これは……創世記にのみ謳われる、全ての精霊と命が生まれた『原初の大森林』ではないですか……!!」


ルナリスは衝撃と畏怖のあまり、膝から崩れ落ち。 ガタガタと歯の根が合わないほどに震えた。


彼女たちが求めていたのは、せいぜい「一本のささやかな苗木」であって。 神の権能によって一晩で作られる「世界を再定義する神域」ではない。


そこへ、以前から様子を伺っていたドライアド(大地の精霊の長)が。 あまりの居心地の良さとマナの芳香に我慢できず……。 花の王冠を被り、緑の髪をなびかせた幼子の姿でひょっこりと現れた。


「あー、もう我慢の限界! ここ最高! レオン、私ここを管理する係にするからね!」


「あと、このエルフの娘たちも使っていい?」


「あ、ドライアドさんだ。また増えた。うん、ちょうど造園のプロがいなくて困ってたんだ」


「ルナリスさんたちと一緒に、このマンションの周りをいい感じの癒やしスポットにしてよ」


レオンは「日陰もできて、お洒落な公園っぽくなった」と満足げに。 タワーマンションのベランダから巨木を見上げて頷いた。


「……レオン様、貴方様はやはり……いいえ、もうこれ以上の言葉は不敬です」


「我々はただ、この奇跡の森、世界樹の根元の一部として、永遠に骨を埋める所存です」


ルナリスたちは、自分たちの住むマンションのすぐ隣に出現した「神話の光景」を見上げ。 もはや驚く気力すら失い、ただただその圧倒的な恩寵と生命の輝きに咽び泣くのだった。


     ▽ ▽ ▽


一方その頃。 王都から実質的な追放宣告を受け、独りきりでデスバレーへと向かっていた勇者アレクサンドは。


遠く北の地平線に、「雲を突き抜けて生え上がる禍々しいほど巨大な植物の影」を目撃し……。


「な、なんだあの……神を殺すための触手のような巨塔は!?」


「魔王の最終破壊兵器がついに完成したというのかぁぁぁ!! 世界が終わるぅぅっ!!」


と、数キロ先から勝手にパニックに陥り、絶叫しながら震え上がっていた。 さらにその精神を、回復不可能なまでにすり減らしていたのだった。

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